不正事案の対応ってこんな感じ(1)

 私はサラリーマン時代はコンプライアンスの責任者で、主な業務は不正の調査でした。詳細は墓場まで持っていくとして、不正事案について対応イメージを紹介します。

 ある日、コンプライアンス担当宛てに匿名の封書が届きました。営業部門の丸川一郎(仮名・管理職)が取引先の三角企画(仮名)からキックバックをもらっているという内容でした。

 まず、こうした封書は月に3~5通くらい届きます。ほとんどは、対象者が特定できなくて調査ができなかったり、事実無根の嫌がらせだったりします。今回はしっかりと対象者と取引先の名称が書かれていたので、まずは、三角企画への支払いについて調べてみました。

 会社から三角企画へは年間2,3回、クライアントへの企画提案業務のサポートの名目で、各々数百万円の支払いがあり、取引は7年前から始まっていました。取引自体には特に不審な点はありませんでしたが、1点だけ、この三角企画への発注には7年間丸川ひとりしか関与していませんでした。

 みなさん、すぐに「丸川を呼び出して、問い質せばいいじゃないか」と思いませんでしたか?

 会社は警察ではないので、逮捕して何日も勾留し、じっくり事情聴取するわけにもいかないので、呼び出して話を聞くといっても、対象者の体調や人権に配慮しながら、せいぜい2時間くらいの面談が限度です。また、証拠もなしに丸川を呼び出しても、正直に話す保証はありません。仮に丸川が不正をしていたとすると、コンプライアンスの部署から呼び出されたことで、丸川は不正がバレたと確信します。そして、面談が終わった後に証拠隠滅を図ったり、人によっては命を絶ってしまうかもしれません。

 一般の社員への影響も考える必要があります。証拠もなしに圧迫面談で強引に自白させるようなやり方をすると、コンプライアンス部署の対応に悪評がたち、ほかの事案で社員の協力が得られなくなることも想定されます。コンプライアンス体制を維持するためには、個別の事案で強引な対応は避ける必要があります。

 ということで、まずは不正の証拠を集め、一度の面談で必ず白状させると確信できたら、対象者を呼び出すことにしています。

 調査の間も不正をし続けるかもしれないので、手際よく証拠を集める必要があります。とはいえ、誰か協力者がいるかもしれないので、むやみに周辺にヒアリングすることも得策ではありません。見落としがちなのが、対象者と周囲との人間関係です。不正をしても長期間発覚しないケースでは、対象者と周囲はとても良い関係であることが多いです。特に上司からは評価が高く信頼が厚い場合がほとんどです。それはそうですよね。発注権限等、それなりの権限をもらい仕事を任されていないと、不正をするチャンスもないですから。世間で局長とか支社長とか本部長とか「長」がつく人の不正が多いのはこうした理由かと思います。

 証拠集めの手法は公開できませんが、調査の結果、①クライアントおよび上司からの信頼は厚いが、業務実態は誰も把握できていない、②三角企画への支払総額は7年間で約1億円、③クライアントへ提出していた企画書は丸川が作成したもの、④三角企画は所定の手数料を控除した残りを四角氏へ支払っていた、⑤四角氏は丸川の学生時代の友人、⑥丸川は月収の半額くらいの家賃を払い、高級外車を所有、知人の劇団へ100万円程度を支援、年に2回は家族と海外旅行に行き300万円程度を消費、子供はアメリカンスクールへ通学、実家は自営業だが経営は芳しくない、妻はかなりの浪費家、というような事実が分かりました。

 これだけ証拠が集まれば、一度の面談で話させることができます。面談日が決まったら、丸川の上司に事情を話し、面談直後の丸川のケアを頼みます。所定の手続きが終わるまで、丸川は社員ですので会社には安全配慮義務があるからです。

 さて、丸川を呼び出すアポ取りが大きな山です。丸川は自分が不正をしているのは分かっているので、コンプライアンスの部署から呼び出されれば、バレたと思い、面談に応じないことがあるからです。上司へ事前に協力を依頼するのは、面談の連絡しても返事がもらえない場合に、丸川を面談に連れてきてもらうためです。上司は自分の管理不行き届きという負い目があるので、たいていはなんでも協力してくれます。今回のケースではこうしたことは杞憂に終わり、丸川は面談に応じました。もちろん、「何ですか?」という態度でしたが。

 面談では単刀直入に、「四角さんからお金をもらっていますね」と切り出しました。指導や教育の場ではなので、叱ることもなければ声を荒らげることもありません。YesかNoで答える質問が効果的です。ウソをつけば、突っ込みやすいからです。

 面談で丸川は、何とか平静を装おうとしながら、「何のことかわかりません」と答えたので、「コンプライアンスの部署は会社のメールを見る権限があることを知っていますか」と聞いてみました。(発注があると三角企画は丸川に対し、四角氏への支払金額をメールで確認していました。)

 かなり長い沈黙の後、丸川は「どこまで知っているのですか」と言いました。

 こちらからは、奥さんとお嬢さんの名前を出しながら、昨年家族で行った海外旅行の行程とホテル名、旅費・宿泊費の金額を伝えました。不正の内容について説明してもよいのですが、動機や手口については推測の部分もあるので、いろいろ調べてますよ~ということが伝わるように話をしました。また、丸川に「どこまで知っているんだろう?」と怖がってもらう効果も狙いました。

 丸川は「関係ないですよね」と言って沈黙してしまったので、「では三角企画への発注について話して下さい」と質問を変えました。

(丸川)クライアントへ提出する企画書作成を依頼していました

(コンプラ)三角さん(三角企画の社長)が企画書を書いているのですね

(丸川)そうだと思います

(コンプラ)思います?丸川さんが書いていますよね?

(丸川)実は四角さんという知人が書いています。会社から個人への払いができないので、三角企画に間に入ってもらっていました。

(コンプラ)なるほど。この100ページを超えるクライアントの事業戦略に関する企画書を、音楽関係の仕事をしている四角さんが書いたのですね。企画書はどうやって納品されていましたか?丸川さんの会社のメールには納品された形跡はありませんが。

(丸川)・・・私が書いていました。

(コンプラ)そうですか。では、三角企画へ支払ったお金はどうなったのですか?

(丸川)三角さんは四角さんが企画書を書いていると信じているので、源泉徴収して四角さんへ支払っています。

(コンプラ)四角さんは何者ですか?脅されているのですか?丸川さんが被害者という事であれば、会社として警察へ被害届を出します。

(丸川)・・・私が四角さんからお金をもらっていました。

(コンプラ)そうですか。では、この7年間の取引について、お金の流れを教えてください。(会社から三角企画への支払い履歴を提示)

(丸川)全て同じです。

(コンプラ)総額で1億円くらいになりますが、丸川さんにすべて戻っていたということですか?

(丸川)いえ、三角企画も四角さんも少し利益をとっているので、全額ではないです。

(コンプラ)それを証明できますか?例えば通帳のコピーを提出するとか

(丸川)わかりました。やってみます。

(コンプラ)最後に聞きますが、丸川さんは周囲からの評価も高いし、さらに上を目指せたのに、なぜこんなことをしたのですか?

(丸川)きっかけは10年くらい前、上司の管理職が大して仕事もしないのに交際費を独り占めし、私が頼んだ少額のタクシー代すら認めてくれなかったことに不満をもったことです。自分は稼いでいるので、それ相応の経費を使うのは当然だと思ってしまいました。

(コンプラ)そうですか。では、本日お話しされたことを顛末書にまとめて提出してください。

(丸川)わかりました。

 面談はこんな感じで1時間弱で終わりました。後日、丸川は自分の気持ちについて、周囲に隠し続けるのはかなりのストレスだったので、発覚してホッとしている。途中で止めようと思ったが、不正に得たお金ありきの生活になってしまい、生活レベルを落とすことができなかった。皆さんにご迷惑をかけてしまい申し訳ありません。と答えています。

 会社ではしかるべき手続きを経て懲戒処分を実施し、不正に取得した金額については、公正証書を巻いて分割で弁済させています。








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