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終わらないポリオ~世界ポリオデー(10月24日)に思う

 ガザにおけるイスラエル、ハマスの紛争で、短い時間だが、休戦が成立したことがあった。

 その理由はポリオのワクチンの接種のためだ。

12日間にわたる集団接種活動では、入念な計画と調整を経て、55万8,963人の子どもに新規2型経口生ポリオワクチン(nOPV2)が投与されました。これは、保健施設や出張所などのあらかじめ決められた一定の場所でワクチンを投与する、広範なチームネットワークを活用した取り組みでした。

上記記事

 ガザ地区では衛生状況の悪化で、ワクチン由来のポリオの感染が報告されていた。

世界保健機関(WHO)は23日、戦争で荒廃状態にあるパレスチナ自治区ガザで保健・衛生状況が劣悪となり、ポリオウイルスが地区内外で拡散するリスクが高くなっているとの見解を示した。

ガザ・ヨルダン川西岸のWHO健康緊急事態チーム責任者は、ガザの下水サンプルから伝播型ワクチン由来ポリオウイルス2型が分離されたと説明。

「ガザで伝播型ワクチン由来ポリオウイルスが拡散するリスクが高くなっている。ウイルスが検出されたからというだけでなく、水の衛生状況が非常に劣悪なためだ。非常に高レベルで国際的に広がる可能性もある」と述べた。

https://jp.reuters.com/markets/global-markets/7ODVFQ4V2ROULOUYNT5PAOKUC4-2024-07-24/

 この伝播型ワクチン由来ポリオウイルスとは、以下のようなものだ。

ワククチン由来ポリオウイルスは、経口ポリオワクチンにもともと含まれていたポリオウイルス株が変異したもので、よく知られているものです。経口ポリオワクチンには弱毒化した生きたポリオウイルスが含まれており、腸内で一定期間複製することで抗体ができ、免疫力が発達します。まれに、消化管内で複製する際に、経口ポリオワクチンの株が遺伝的に変化し、ポリオワクチンを十分に接種していない地域、特に衛生状態の悪い地域や過密な地域で広がることがあります。集団の免疫力が低いほど、このウイルスは長く生き残り、遺伝的変化を遂げます。

ごくまれに、ワクチン由来のウイルスが遺伝的に変化し、野生ポリオウイルスと同じように麻痺を引き起こすことがあり、これがワクチン由来ポリオウイルス(VDPV)と呼ばれるものです。少なくとも2つの異なる感染源から、少なくとも2ヶ月以上の間隔をおいてワクチン由来ポリオウイルスが検出され、それが遺伝的に関連し、地域社会での伝播の証拠を示している場合、「伝播型」ワクチン由来ポリオウイルス2型(cVDPV2)として分類されます。

https://www.forth.go.jp/topics/2023/20230423_00002.html

 このcVDPV2だが、ここ数年でも、衛生状態の悪い地域での発生が報告されていた。

 こうした状況のなか、ガザ地区で1回目のワクチン投与が行われたのだ。

 ところが、2回目の投与が戦闘の激化で行えるのか危機的な状況にあるという。

 公衆衛生的な危機を引き起こす可能性がある。早期に停戦し、子供たちへの2度目のワクチン投与が行われることを強く願う。

 さて、このポリオだが、日本でも1960年くらいまでに多数の感染者を出し、小児麻痺等を引き起こしたことがよく知られている。

日本におけるポリオは、1940年代頃から全国各地で流行がみられ、1960年には北海道を中心に5,000名以上の患者が発生する大流行となった。そのため1961年にOPVを緊急輸入し、一斉に投与することによって流行は急速に終息した。引き続いて国産OPVが認可され、1963年からは国産OPVの2回投与による定期接種が行われて現在に至っている。1980年の1型ポリオの症例を最後に、その後は野生型ポリオウイルスによるポリオ麻痺症例は見られていない。その後に報告されているのは全てワクチン株由来の症例(ワクチン関連麻痺:VAPP, vaccine associated paralytic poliomyelitis)である。

https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/386-polio-intro.html

 最後の野生型ポリオウイルスによる麻痺症例が出てから44年。ポリオ感染は過去のものになった。

 しかし…。

 忘れてはならないのが「ポリオ後症候群」だ。

ポリオ後症候群は、ポリオウイルスによる感染症から数年ないし数十年後に筋肉の疲労と筋力低下が起きる病気です。

https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/16-%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9/%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%82%AA%E5%BE%8C%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4

 原因は残存する神経の疲弊ではないかという説があるが、完全には解明されていないという。だいたい感染後40年くらいまでに発症するという。

 40年以上ポリオの感染がなくなっているとしても、まだかつてポリオに感染した患者さんがご存命であり、ピークは越えつつあるとはいえ、ポリオは過去の話ではない。

わが国では1964年にポリオ生ワクチンが集団投与(予防接種)されるまで、毎年多数のポリオ患者(ほとんどが幼小児)が発生していました。この時期に全国各地でポリオにかかり、ポリオ後遺症をもった人たちが、現在それぞれの分野で活躍していますが、これらの人たちが50~60歳前後に達したころに手足の筋力低下、しびれ、痛みなどの症状が発現して、日常生活ができなくなったとの相談をしばしば受けています。これはポストポリオ症候群(PPS、またはポリオ後症候群、ポリオ後遅発性筋萎縮症)と呼ばれるものです。

https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n239/n239_02-01.html

 実はこのポリオ後症候群に思い当たる節がある。

 今は亡き父のことだ。

 亡き父が小学1年生のときにポリオに感染し、1年生の1学期を丸々休んだという話は、どこかで以前に書いたことがある。

 このとき、足に若干の麻痺が残り、足を引きずるように歩いていた。足に力が入らず、運動などは不得意だった。ポリオの後遺症だ。

 そんな父がまだ会社員だった40代から50代のころ、調子が悪くて歩けなくなったといって、会社を休んだことが何度かある。私はまだそのとき医学部に入る前なので、大変だなあと思っただけであったが、今考えるとあれはポリオ後症候群だ。

 医学を学ぶということは、こうした家族の病気の意味が解像度高く理解できるようになるということでもある。ああ、あのときのあれはそれが理由だったか、と。

 でもたいてい遅い。思い出の中で振り返るしかないのがちょっと悲しい。

 父は幸い回復し、会社員としても仕事を続けていたが、子供たちには見せない苦しみがあったのだろう。

 そんなポリオ後症候群だが、医学界でもあまり認識されていないという。

 日本はポリオ後症候群のピークを越えた。症状に苦しんだ父も亡くなった。世界でも、アフガニスタン、パキスタン以外の地域では、天然ポリオは根絶された。

 しかし、中低所得国では、ポリオが根絶されたのがまだまだ近い過去の話だという国が多い。感染者の実態が明らかにされておらず、サポートも乏しいという。

大きな問題は、特に低・中所得国において、ポリオ生存者数の公式データがないことである。 1970年代には年間20万人もの新規感染者がいたインドでは、ポリオから生還した人の数は数百万人にのぼるだろう。 これらの生存者の多くが、現在LEoP(ポリオ後遺症)やPPS(ポリオ後症候群)に直面している可能性がある。

上記記事

 ポリオ後遺症のために、日常生活に支障が出ている様子は非常に痛ましい。

資源の乏しい多くの国々では、下肢が麻痺したポリオ生存者が這うようにして生活している。 また、片足でつまずいたり、飛び跳ねたりする人もいる。 歩くときに膝を安定させるために手を使う人もいる。 これは二次的な変形につながる。

上記記事

 日本では過去の話になりつつあるが、ガザ、ポリオ後遺症、そしてポリオ後症候群と、今後数十年間は公衆衛生学の問題であり続けるのだ。

 10月24日は世界ポリオデーだった。

 ポリオがまだまだ過去の感染症ではないことを改めて認識し、関心を失わないようにしていきたい。

 タイトル画像は「農村でワクチンを子供たちに投与している医師たち」By adobeの生成AI。

 さて今回は公衆衛生の問題なので、ほぼ全文無料にした。以下は購読者限定にする。医師になってから家族の病気を理解することに対する思いなどを書きたい。

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