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ラージダイアフラムのコンデンサーマイクがボーカル録音に向く理由の考察

ボーカル録音にはラージダイアフラムのコンデンサーマイクが適している、というのはもはや一般常識と言っていいだろう。例え現時点で知らなかったとしても、歌を録音するためのマイクを選ぼうとすればすぐにその情報に行き着くはずだ。

好みや用途の差はあれど、この定説は間違っていないだろう。市場でボーカル用として販売されている製品は、パフォーマンス用途を考慮してグリップと強度を確保しなければならないハンドヘルド型を除けば、ほぼ全てがラージダイアフラムだ。一部ダイヤフラム径が小さい製品もあるが、大抵見かけをラージに偽装しており、音質ではなくコストダウンによるものである。
少なくとも歴史上多くの人々にとって、ラージダイアフラムのマイクで録ったボーカル音源のほうが良い音に聴こえる、と判定されてきたことは間違いない。

ただし「メーカーがボーカル用マイクをラージダイアフラムで作っている」という事実は「ラージダイアフラムがボーカルに向いている」ことを直接的には意味しない。
なぜならメーカーの至上目的は「売れる製品を作ること」であり、学術的に正しい論理よりも消費者の間でまことしやかに流れる怪しい俗説をアピールポイントに取り込んで売り出すことはざらにあるからだ。
マイクならば最終的には音の良し悪しで評価は左右されるが、人間が情報を食べて生きる生き物である以上はイメージ戦略の影響無しに評価されている製品は無いと言える。

よって今回は、一般に言われているラージダイアフラムの特性を確認しつつ、論理的にラージダイアフラムがボーカルに向いている理由を帰納法的に考察してみた。
簡潔にまとめると、一般的な通説とダイアフラムの大径化による物理的な影響との整合性を確認した結果、ラージダイアフラムの音たらしめる支配的な要因はアンビエンス=部屋鳴りや呼吸音を拾いやすいことにあると推測できた。人の耳は部屋鳴りまで含めた声に慣れていることから、ラージダイアフラムには声の録音における優位性があると言える。
加えて、スモールダイアフラムの特性との対比から逆算すると、ピークへの反応が鈍いことが逆に歌の録音、および編集において有効に働いているのではないか、という結論に至った。

もちろんこれは一種の思考実験であり、科学的な論拠があるものではない。そういう考え方もある、程度に楽しんでもらえれば幸いだ。
また文章中には物理学的な解釈も出てくるが、私の知識は高校物理までであり、正確ではないことは承知の上で乱暴に処理している部分も多々ある。こうした点についてはより詳しい方がいれば後学のためにぜひご指摘いただきたい。

そもそもラージダイアフラムとは

ダイアフラムの話をするのであれば、まずマイクの仕組みをある程度知っていなければならない。
マイクとは空気の振動を何らかの方法で受信し、電気信号に変換して出力する装置である。この受信方法によってマイクの種類が大別されるのだが、そのうちコンデンサーマイクの受信器として使用されているのが先程から繰り返し登場しているダイアフラムという部品だ。
厚さ数ミクロンの極めて薄い円形のフィルムに電極を蒸着した膜(フィルム)で、これが空気の振動によって震えることで音を受信している。グリルのメッシュが粗い機種であれば分解しなくてもグリルの中にその存在が見えるだろう。


メッシュの中に透けて見えるダイアフラム

コンデンサーマイクの中でも、このダイヤフラムの直径が大きいか小さいかによってラージダイアフラムとスモールダイアフラムに二分される。
一般的にダイアフラム径が1インチ≒2.54cm以上のものがラージダイアフラムと呼ばれている。

ではダイアフラムの径が大きくなると何が変わるのか。
テンションをかけてピンと張ったダイアフラムは、弦の連続体に近いと考えられる。
弦楽器を弾く人ならば体感でわかると思うが、弦を変形させるのに必要な力は端から距離が離れるほど小さくなる。これをダイアフラムに置き換えると、ダイアフラムの径が大きくなればなるほど、より小さな力で変形するようになり、また同じ力に対する変位は大きくなると考えられる。
このことを念頭に置いたうえで、ラージダイアフラムマイクの特性を分析していきたい。

ラージダイアフラムマイクの特性

通説として、ラージダイアフラムには以下の特性があると言われている。

  1. 感度が高い

  2. 最大許容音圧≒音量が低い

  3. 壊れやすい

  4. 繊細な表現を拾う

これらの表現にはすべて(スモールダイアフラムに比べて)という補足が枕詞に入る。今後の文中でも比較対象は基本的にスモールダイアフラムである。
逆に言えば、スモールダイアフラムはこれらの逆の特性を持っているということだ。

順番に考えていこう。
まず1.の感度についてだが、前項で述べた通り、同じ力=音量の入力に対してより大きく変形するため、出力される電気信号が大きくなるということである。
レコーディング時の音量についてはマイクの感度よりもプリアンプの性能による影響が大きい。十分な性能のマイクプリがあれば多少の感度の差によってレコーディングで音量が問題になることはない。
マイクゲインが小さければノイズフロアも低く押さえられるため、確かに音質という面ではマイク自体の感度が高いほうが良くなる。しかし一般的に言われる「ボーカルとしての魅力が増す」というニュアンスではないため、感度はボーカルへの適合性に関する要因では無いと言える。
なお実際の製品においてはダイアフラムの厚みや材質、テンションにも差異があるため、同じダイアフラム径でも製品ごとに感度は変わってくる。

2.および3.についてはネガティブな面が表れている。
ぶつけたり落としたりしたときの直接的な衝撃に弱くなるのはもちろん、振幅が大きくなりやすいために、強い音圧で強度の限界を超えて破損してしまいやすくなる。
とはいえ、コンデンサーマイクの最大許容音圧は人間の耳の限界と同程度であり、ボーカル録音ではそのような音圧が発生することはないため、今回の論旨には無関係だろう。

問題は4.である。「繊細な表現」の対象が極めて曖昧で、人によっては1.の感度と同一に扱っている場合がある。
感度の単位はmv/Paであり、1kHzの正弦波で1Paの圧力を与えた時の電圧を表す。つまり規定の入力音量に対して発生する出力音量の問題であり、音の拾いやすさとは関係がない。

ここで言う「繊細な表現」とは歌の中に入る息遣いや声の消え際などの小音量の部分のことを指していると考えられる。
前項で触れた通り、ダイアフラム径が大きくなることで僅かな音量でもダイアフラムが変形し、電気信号に変換できるようになる。ボーカルの微細な表現を捉えられるという面では明確な利点と言えるが、発声の端々まで意識を行き渡らせられるボーカリストばかりではない。万人が音の良さを感じる理由としては少々弱いとも思える。

部屋鳴りを使える

小音量に反応しやすくなることで影響を受けるのが壁からの反響音である。
日常で意識することはないが、室内で発生した音にはほぼ全て部屋鳴りが混ざって聴こえている。開けた屋外と締め切った屋内では同じ人の声でも違って聴こえるはずだ。人の耳は反響音が混ざった状態で人の声を聴くのに慣れているため、部屋鳴りが無い声には違和感を覚えやすい。歌のように声量のある発声ならばなおさらだ。
実際の部屋鳴りを取り込めるというのは声の録音においてはメリットと言えるだろう。

ただし反響音はMIXまで考えると扱いが難しい。意図しない反響音は編集時に位相の問題やカット処理などで問題となるため、基本的にはなるべく防ぐべきもの、というのは覚えておくべきである。しかしよく響くホールでの歌声やカラオケのエコーなどからわかるように、適切な響き方であればボーカルにとってプラスになる。
もしボーカルのレコーディングにおいて部屋鳴りを一切除去した状態がベストだと考えられているのであれば、プロ用のレコーディングスタジオは無響室のような構造になっているはずだ。実際のスタジオはそのような作りになっているイメージはない(存在はするのかもしれないが)ことからも、不要な反響音は排除し、望ましい反響音は活かすというのが基本的には良いと考えられる。

もちろんアマチュアレベルの環境では部屋自体で反響音をコントロールすることは不可能だが、マイク自体を移動して響きが良い場所を探すくらいはできる。
せっかくラージダイアフラムを使うのであれば、部屋鳴りまで含めた全体の音をうまく使った方が特性を活かすことができるのではないだろうか。

特性を活かせるかは使い方次第

1つ勘違いしがちなのが「ラージダイアフラムのマイクを使えば自然に反響音が混ざる」という点だ。
確かに間違ってはいない。マイクとしては反響音は捉えているだろう。問題は同じ声量ならば反響音の音量は常に同じだが、歌声自体の録音音量はマイクとの距離で変わるということだ。
具体的に数字で示すと、100という声量で発声した場合の反響音は常に1だが、歌声の録音音量はマイクとの距離によっては100にも50にも1にもなる。

基本的にボーカルレコーディングの際は、歌声の音量を基準にプリアンプで任意の音量まで持ち上げた状態で記録される。この時、反響音が混じっている場合は歌声との相対的な音量の比率が維持されたまま音量が持ち上がってくる。
こちらも数字で表してみよう。最終的に合計100の音量で記録したいとする。
極端な例だが、マイクからかなり距離を取って歌声1:反響音1で録音すると、記録音源では歌声と反響音が50:50の同じ音量で聴こえるように記録できる。
逆にマイクに可能な限り近づき歌声99:反響音1とした場合、当然バランスは99:1のままだ。まず反響音は聞こえないだろう。
つまり、ラージダイアフラムであることを活かして録音するならばオフマイクで録らなければあまり意味がない。マイクに近づき反響音の比率が小さくなるほど、スモールダイアフラムマイクやダイナミックマイクとの音質の差は小さくなっていくだろう。

繊細であることは正確とは異なる

特性として繊細という言葉で表現されるラージダイアフラムマイクは、時として表現力に長けると言われることがある。しかし実際には、波形の正確な再現能力という点では径が大きくなるほど弱くなっていく。高周波の短波長で振動がばらつくためだ。
径が大きくなるほどダイアフラムとしての重量が大きくなっていくため、慣性が大きくなり高音域の波形に追いつけなくなるというのが主な理由らしい。(回折等の影響もある)

ここでもダイアフラムを弦の連続体として考えると、定常波の影響もあるのではないかと思われる。定常波は固有振動とも言われ、弦長の2倍の波長の周波数、およびその整数倍の周波数の波形が強く現れる。
ラージダイアフラムの1つの基準である25㎜を弦長として考えた時に、音速を極めて乱暴だが空気中と同じ340m/sとすると、固有振動は6.8kHz、13.6kHz、20.4kHzに現れる。可聴音域の周波数範囲内に3倍振動が入るか入らないかといったところ。
これよりもダイアフラム径が広がる=弦長が伸びると、固有振動の周波数は下がっていくためよりはっきりと3倍振動が現れるようになるだろう。この辺りが高域への影響と振動の乱れに影響しているのではないだろうか。

また、基本振動が表れている6.8kHz付近や2倍振動の13kHz付近は、ボーカルMIXの際にEQでブーストされるポイントになることもある。固有振動の音は強く出るため、録音の時点でブースト気味になっているとも言える。
これもラージダイアフラムがボーカルに向くと言われる理由の1つにあたると見ていいだろう。

一方、スモールダイアフラムで一般的な16㎜径の場合、2倍振動が可聴音域から外れ、基本振動のみが可聴音域に影響を与えることになる。
当然振動はクリアになるため、クセがなく高音域まで広く録音できるのがスモールダイアフラムの強みの1つである。

なお実際にはダイアフラム上の音速はダイアフラムの重量や張力によって変化するため、空気中の音速と同じ結果にはならない。勝手な想像だが各メーカーはこのあたりでも製品のクセをコントロールしていると思われる。

スモールダイアフラムマイクの特性から逆算

上でラージダイアフラムマイクの特性を列記した際、スモールダイアフラムマイクとは逆の特性になることを述べた。
ここでスモールダイアフラムマイクの特性としてよく語られている特性を見てみよう。

  1. 高音域がよく伸びる

  2. 最大許容音圧≒音量が大きい

  3. 音の立ち上がりがいい

1.および2.に関しては前項で述べたラージダイアフラムの特性の逆だ。ダイアフラム径が小さければ重量が小さいため、高音の短波長にも追従しやすくなる。また固有振動の影響も小さいため高音でも音が乱れにくい。
またラージダイアフラムよりも変位に対する抵抗力が高くなり振幅が小さいため、大音圧にも耐えられる。これは同時に感度が低いという短所にも繋がっている。
3.の音の立ち上がりがいい、というのはパーカッションなどの破裂音をはじめとした、瞬間的に音量のピークが発生する音源をしっかり捉えられる、という文脈で使われている。この特性も振幅が小さく、重量が軽いという物理的な特徴から表れていると見て間違いないだろう。
これらの特性を合わせて、スモールダイアフラムマイクは主にパーカッションやピアノなど、アタックが強く出て高音域をキレイに録りたい音源の録音で使われることが多い。

反応の鈍さもメリットになる

面白いのは、音の立ち上がりに対する追従性は、スモールダイアフラムとの比較で触れられることはあっても、あまりラージダイアフラム単体の特性としては語られないことだ。しかしここまでの比較を考えれば、ラージダイアフラムには逆の『アタックに対する反応が鈍い』という特性があると考えられる。
ここにスポットがあまり当たっていないのは、ラージダイアフラムマイクの用途がボーカルやアンビエンス(部屋鳴り)、その他特定の楽器の録音に限られ、多くの人がその他の用途に使うことなど考えもしないということなのだろう。

個人的な意見だが、このアタックに対する鈍さはボーカル録音においても好意的に作用する特徴なのではないかと思っている。
具体的にはサ行の歯擦音やパ行の破裂音といった、瞬間的にピークが出る不要な音を拾いにくいことはメリットだろう。とくに歯擦音は基本的にMIXの段階でディエッサーにより削られる要素だ。もちろん完全に無くなると歌声全体のスピード感が無くなるため不可欠な要素ではあるのだが、強く出るのは好ましくない。ラージダイアフラムマイクの中でも特にボーカルに向くと言われる製品は、この辺りがマイクから入った段階でちょうどいい塩梅になっているのかもしれない。

まとめ

おおよそもともと知られている特徴を、曖昧な感覚的な表現を避けて再確認する記事となった。
個人的に自分が理屈から納得していないと使う気にならない性格なので、完全に正しくはなくとも自分の考えを整理するにはいい機会だった。
かなり無理矢理な解釈をしている部分があるのは承知の上だが、この記事を書きながら改めて調べ直すことで得られた知識も多かった。

繰り返しになるが、この記事で述べているのはあくまでも独自解釈であるので、これが必ずしも正しいと言うつもりはないし、保証もできない。
極めて自己満足な内容だが、これを読んだ人の何かしらの助けになれれば幸いだ。

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