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椿屋四重奏への感傷

2020年となる今年、2000年に結成された椿屋四重奏は結成より20周年という節目を迎えた。

椿屋四重奏は私が一番好きなバンドだ。

椿屋四重奏を知ったのは2011年の春頃だったと思う。今では無くなってしまった地元のTSUTAYA。田舎の中学生だった私にとっては音楽の最先端のような場所だった。当時ジャニヲタ真っ盛りだったので少ない小遣いを貯めてCDやDVDを購入していたし、レンタルしていた。当時、レンタル5枚で1000円だったか500円だったか、まとめてレンタルするほうが安いという理由で借りたいCDとあと間に合わせで当時流行ってたドラマの主題歌だとかなんだとかをよく借りていた。そんな中の1枚が椿屋四重奏「RED BEST」だった。なんで手に取ったのかあまり覚えていない。バンド名に惹かれたのか、「BEST MATERIALS」が新作で(新作はまとめて割に入ってくれないのだ)同じベスト盤というので借りたのか。ちょっと心当たりがあるのが、当時我々にとって最先端の流行とかわいさが詰まっていたSeventeenというティーン向け雑誌(桐谷美玲とか大政絢、武井咲の時代)で誰かが名前を出していたような気もしなくもない。

帰ってリビングにある家族共用のデスクトップパソコンで、借りてきたCDを12の誕生日に買ってもらったソニーのウォークマンへ取り込む。もちろん目当ては別のCD(たぶんKAT-TUNだろうと思う)だったので、件のRED BESTはすぐには聴かなかっただろう。でも何かのタイミングで再生した。当時、ジャニーズひいてはKAT-TUNが好きで、ああいうロックっぽいのが好きだった(今でも変わらず好きだ。)私は群青や空中分解を気に入った。その頃はアルバムを通し聴きするのではなく気に入った曲をプレイリストに入れてずっと聴くスタイルだったので、私が満場一致でプレイリスト入りさせた。それが出会いだった。

たぶん今ならそこから椿屋四重奏を調べて、何かしらに行き着くだろうが特に調べもせず、ウォークマンのプレイリストに入れてよく聴くだけだった。

高校時代はどっぷりジャニヲタとして過ごし、大学に進学した頃、電車通学で時間を持て余してやっとRED BESTを全て聴いた。少し大人になって紫陽花なんかが良いなこの曲と思った。その時、やっとスマートフォンで椿屋四重奏を調べた。なんと解散していた。それもそのはず、2010年の終わりと2011年の始まりの時に散ったバンドだ。すでに5年ほど経過していた。RED BESTをTSUTAYAで手に取った時には解散していたのだ。わりと滑稽だと思った。


解散してたんかーと思いつつ、YouTubeでpvなんかは見ていたわたし。

その後、水曜歌謡祭へゲスト出演していた中田裕二を見て、というか歌声を聴いて群青の人の声がする????→この人椿屋のボーカルなん!!ソロやってたん!!!???となり、無事中田班の仲間入りに。

そこからは椿屋も中田裕二ソロもどちらも聴くようになり、ライブに行くようにもなり彼の音楽に魅せられるばかりだ。
そんな中で当時に熱量を持って追いかけていた、椿屋四重奏を目撃した人とはやはり違うなーとふと思うことがある。目の当たりにしていないのだ。椿屋四重奏を好きだという気持ちに偽りはない。でも時々、ふと思う。わたしは椿屋四重奏の幻想を追いかけ続けているのかもしれない、と。全てのロック幻想を受け止めた彼らの魅せていたであろう幻想を。

だからもしタイムスリップできたら、椿屋四重奏を目撃しに行きたいと思う。できれば薔薇とダイアモンドがリリースされた頃に。

中田裕二のソロに不満があるわけでは全くない。ソロだからこそできている曲がたくさんあるし、彼の音楽への才能に驚かされるばかりだ。今年なんてフルアルバムを2枚もリリースするのだ。伊達にアルバムリリースツアーのパンフレットでもう次のアルバム1枚分曲ができてるんですよね〜という男ではないなと思う。

ただ椿屋四重奏というバンドが滾っていた頃を観てみたかった。幻想を追いかけるのではなく、幻想に魅せられたかったなと思う。

何が言いたいかって、好きなバンドも好きなアイドルもアニメもなんでも好きと思ったら推せ、ライブとかイベントとか無理のない範囲で行け。なぜなら気づいた時には推しはいないかもしれないから、ね。

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