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美しい生き方って、どんな生き方?

この問いに、スッと答えられる人を尊敬します(笑)
私はこの問いに対する自分の答えに、全力で悩みました。
“美しい”と聞いて、私の頭に思い浮かんだのは「蓮の花」

なぜなら、私が看護学校の実習で出会った患者さんとの日々のやりとりから、心揺さぶられ、今でも印象深く残っているエピソードだから。

その方は足の人工関節術後で、認知症の進行が見受けられた80代の女性。
毎日のリハビリで歩き方を習得しようとするが、昨日のアドバイスも記憶力の低下から継続は難しく、思うようにリハビリが進んでいなかった。
私はリハビリ時も見学させて頂き、どのような指導をすべきか頭を抱えていた。
リハビリ室に向かう途中、窓から見えるレンコン畑を見て、その方は「私、蓮の花が咲いたところを1度も見たことがないの」と毎日同じトークが繰り広げられた。
蓮の花が咲いていることろは見たことがないけど、その方は蓮の花が大好きなんだということは、ひしひしと伝わってきました。
それから私は毎日、蓮の花のことを調べてその方に話すというのが日課になっていった。

蓮の花は限られた朝の時間にしか咲かないこと
「清らかな心」が蓮の花言葉だということ
泥水の中で真っすぐに伸びて育つこと
光の届かない泥水に深く根を張って育つこと
咲いた花は決して泥には染まらないこと
・綺麗な水ではなく、泥水を吸って大輪となること
泥水の中でしか蓮は生きていけないということ
・咲き誇った蓮の花の上に泥は一切ついていないこと
蓮の花の中には、既に実となるものがあること

最初は、その方との会話を模索して調べ始めたが、私はすぐに蓮の花の魅力にどっぷりハマっていきました♡

『泥に染まることなく美しい花を咲かせ、泥水であればあるほど大輪の花をつけ実らす』

なんて素敵な花、、、。
この蓮の花が人生において、大事なことを身を挺して教えてくれているように感じます。

泥水をすするような辛い経験をしたとしても、その経験はきっと自分自身で浄化させ、凛とした綺麗な花を咲かせることができるということ。
私たち人間も、周囲の環境に染まることなく、清らかな心で生きれば美しく高貴な花を咲かせることができる。
むしろ、取り巻く環境が厳しければ厳しい程、それらを糧にして、未だ見ぬ未来に大輪の華を咲かせることができるのだと私は信じています。

実習最終日前日、私は蓮の花が綺麗に咲き誇った写真を表紙に、歩き方のパンフレットを作成して、その方に差し上げました。
「蓮の花は本当に綺麗ね」と目頭を熱くされながら、お礼の言葉を下さった。
そして最終日、その方から頂いたお手紙には「ただただ貴方様に出会えてよかった、ありがとう。私は、決して貴方様のことを忘れません。」と書かれていた。
今でも私の実習ファイルにそっと、その手紙を挟んでいます。

耐え難いことや辛いことがあっても、それを糧にして、何にも染まることなく、自分自身で決めた『自分の人生を歩む生き方』が、私の思う“美しい生き方”。






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