見出し画像

くず葉の里にある希望

強い日差しが照りつける真夏、ひとりの男が足を引きずりながら、ふらふらになって道を歩いていました。男は今でも倒れそうで、体力は限界に達していました。

足は傷だらけ、伸びきった髪や髭は乾ききった道の砂埃でうっすらと白くなっています。男は国の事業である都の建設のために労役として召集され、任務を終えて実家に戻る帰り道でした。

一日でも早く実家に帰って両親に会いたいという願いのみが、重たい足を一歩一歩前に動かしていました。しかし、男は体力と気力が尽き果てついに道端に倒れこんでしまいました。
「水が飲みたい…」カラカラになった喉を潤したいと思えば思うほどのどが渇きます。
「このままだと、道でのたれ死んでしまう。このまま死にたくない…」
そんなことを考えていると、どこからか川の流れる音が聞こえてきましたが、それも幻聴、目の前には陽炎に揺れる一本の道しかありません。男は、そばに転がっていた棒を手に取って、その棒を支えにして力を振り絞って立ち上がり、再びふらふらしながらゆっくりと歩き始めました。

しばらくすると雨がぽつりぽつりと降ってきました。男は口を空に向かって大きく開けて、口に入った一粒一粒の雨をごくりと喉の音を立てて渇きを癒そうとしますが、雨はすぐに止み、戻ってきた強い日差しによって上がった湿度が、さらに喉の渇きを誘発させます。

それでも男は何とか力を振り絞って一歩一歩確実に足を進めて行くと、しばらくして一軒の家を見つけました。男は助けを求めて家に入ったのですが、玄関先にあった水がたっぷり入っている甕を見つけ、家の人に尋ねることもせず、目の前にあった甕に頭を突っ込んで水をがぶがぶ飲みはじめました。
水を思う存分たっぷりと飲んだ後に顔をあげると、そこには家の主らしいおじいさんが立っていました。
「労役が済んで家に帰る途中ですか。ご苦労様でした。あなたのように水を求め、心も身体も疲れ果ててやっとこの家にたどり着いた人を今までたくさん見てきました。その人たちの中には無念にもここで力尽きた人もいます」

男はおじいさんの手にすがって言いました。
「…何か食べるものをもらえますか。三日間何も食べず飲まずで、何とかここまでやって来ました」

しかし、おじいさんは顔を横に振って応えました。
「差し上げたいのですが、残念ながらここには食べるものは何もありません。私も水を飲むだけの生活になって数日が経ちます。すみません。このままでは私も何日生きていられるか…」

この男のように、やっとここにたどり着いた人たちに食べ物を与え続けた結果、食料は底をついてしまっていたのです。

男はあることを思い出して、おじいさんに言いました。
「ここから数十里歩けば、くず葉の里があったかと。そこには行基様という高僧が開いた布施屋という食べ物を恵んでくれたり、困った人を助けてくれたりするところがあると聞いたことがあります。行基様は、橋を作ったり、池を作ったり、世の助け人として名高い偉いお坊様です。きっと私たちのことも助けてくれるに違いありません。おじいさん、私と一緒にくず葉の里に行きましょう。私がおじいさんを背負ってあげますから」

おじいさんは冷静に答えました。
「とてもうれしいが、あなたのその弱った身体では無理じゃ。私のことはいいから、あなただけでも早く行きなさい」

男は自分に体力があればおじいさんを背負って行けたと思うと、急に悔し涙が溢れ出てきました。男はおじいさんの手を強く握って言いました。
「くず葉の里に無事に着いて元気になったら、必ずおじいさんを迎えに来るから。それまで何とか待っていてください」

男にはおじいさんの家に着いたときの絶望感はもはやなく、新たな希望と目標を持っておじさんの家を後にしました。何度も振り返って、見送ってくれているおじいさんに手を振り、足を引きずってよろよろしながらも、確実に足を一歩一歩前に進めました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?