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おばあさんの足跡を消した雪

寒さが厳しい冬のある日、村におじいさんがやってきました。ボロボロの着物を身にまとったおじいさんは、この数日間ほとんど何も食べてなく、足取りもフラフラ、今にも倒れそうな状態です。

おいじさんは食べ物を恵んでもらおうと、力を振り絞って一軒一軒訪ねて歩きました。
「どうか食べ物を分けてくださいませんか。少しでも結構です」

しかし、どの家も村の外から来たおじいさんを相手にしませんでした。
「あなたに食べ物を与えるほど、うちは余裕がなくて…」
「あんたみたいな乞食はお断りだ。小汚い格好で家の前をウロウロしないでくれ」

冷たい風が吹くなか、おじいさんはブルブルと震えながらも「きっと一軒ぐらいは親切にしてくれる家はあるだろう」と歩き続けました。日が暮れる頃に、村の外れにある家を見つけました。

しかしその家は見るからに貧乏です。しかし日も落ちかかっている状態で寝るところも食べるものなく、このまま野宿すれば凍え死んでしまいます。おじいさんは、しかたなくドアを叩きました。
「こんな時間にどなた?」
ガタガタと音を立てて滑りの悪い戸が開き、おばあさんが出てきました。
「このあたりでは見かけなお顔じゃが、この老婆に何かご用ですか」

おじいさんは、力のない声で話しかけました。
「お腹が空いているのですが、何か恵んでいただけますでしょうか。数日間何も食べてなくて…」
「それは大変なことでしたな。さあ、寒いのでまずは中にお入りください」
おばあさんはフラフラなおじいさんに肩を貸して、なんとか家の中に入りました。しかし、おばあさんの家はとても貧乏で、囲炉裏には火すらも炊けていません。
「こんな貧乏なところですみませんなあ」

おじいさんは、寒さを凌がせてもらえるだけでもありがたいと思いました。外に比べれば家の中はとても暖かく感じられました。

他の家から門前払いされてきたおじいさんには、おばあさんの心優しく親切な対応はとても嬉しく感じられました。しかしおばあさんの家には食べ物はありません。
「何か食べ物を差し上げたいのですが、こんな貧乏な家には食料がなくて…。そうじゃ、今から食べ物を探しに行ってくるので、しばらくここで待っていてください」

おばあさんは外に出て行きました。おばあさんは日が落ちた真っ暗な道を歩いて、数軒ある集落に来ました。
「すまないが、客人が来たので何か食べ物を貸してもらえんじゃろうか。後で必ず返しますから」
「そんな余裕はうちにはないよ」
おばあさんは断られると、次の家に行って頼みました。
「うちも家族が食べるのが精一杯で…」
次の家でも、またその次の家でも断られました。
結局、おばあさんは何も食べ物をもらえず、帰路につくことになりました。

お婆さんは、昨日から何も食べていないおじいさんに何とか食べさせてあげたいと思いました。
「あのおじいさんは、きっと期待して待っているに違いない。何とか食べさせてやりたい。どうすればいいだろうか」

おばあさんは、肌に突き刺さるような寒さも忘れて、道端で考え込みました。しかし食べ物を恵んでくれる家は一軒もありません。諦めようと思った時に、目の前に大根畑が広がっていることに気がつきました。
「この大根を煮て食べさせてあげれば、おじいさんは喜ぶだろう」

そう思ったおばあさんは、無意識のうちに畑の中に足を踏み入れ、大根を夢中で数本取って、すぐに家に戻りました。
               *
翌日の早朝、集落では畑から大根が盗まれていることが騒ぎになっていました。畑の持ち主は怒り心頭です。
「この不作な時に、誰が大根を盗んだんじゃ。犯人を絶対探し出してやる」
「おい、これを見ろ。これはきっと大根を盗んだ奴の足跡にちがいない。この足跡を辿って行けば、犯人の居所がわかるぞ」
「足跡を残すなんて馬鹿な奴だ。今から皆で犯人を吊るし上げに行こう」

集落の人たちは、早速足跡を辿って犯人を捕まえに行きました。足跡は、もちろんおばあさんの家に通じています。おばあさんが犯人だとわかれば、村八分になって、生きてはいけません。

集落の人たちが足跡を辿ってしばらく経った頃、何だか空模様が変わり始めました。急に曇り始めて、あっという間に雪が降り始めました。
「お、雪になって来たぞ」
数分も経たないうちにどんどん雪が激しく降ってきました。
「皆、雪で足跡がわからなくなるから急ごう」
「急げ、急げ、足跡が消える前に犯人を探すぞ」

雪が降り始めた頃、お婆さんの足跡は、まだうっすら積もる雪の下に見えていました。しかし段々と雪が降り積もるにつれ、足跡はすっかり雪に埋もれて、全くわからなくなってしまいました。集落の人たちは必死になって雪をかき分け、足跡を探しますが、雪も激しさを増して降ってきます。

結局、足跡が見えなくなって、集落の人たちは諦めて各々の家に帰っていきました。雪は止む気配もなく、一晩中降り続け、心暖かいおばあさんの足跡の上をすっかりと覆い隠してしまいました。

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