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それ本物?それとも偽物?

悟りは何十年も修行してやっと得られるものと言われています。私も何年か僧堂で修行しましたか、悟りなど開くことは到底できませんでした。

江戸時代になると、禅問答の解答集が作られ巷で広がりました。今でもこの解答集は存在し、私のお寺にもそれが伝わっています。この禅問答の解答集を隠し持ってこっそりと見てから修行に行く雲水もいます。

しかし、そんな禅問答の解答集を手に入れて見ても、決して悟りを開くことはできません。悟った証明書である印可状ももらえません。なぜなら、悟りとは以心伝心するものだからです。心で伝えるものなのに、文字で書かれた解答集には答えはないからです。

一休和尚はこんなことを言っています。

禅問答の解答集で知る答えは、竹できている刀を鞘(さや)に入れて、あたかも真剣を持っているかのように振る舞っているのと同じだ。周りを騙せても自分自身は騙せん。他人の評価ばかり気にして偽物の悟りを誇らしげに周りに披露する偽物の禅に何の価値もないわ!喝!

実際に一休和宗純頂相には、竹でできた刀が大きく描かれています。これはニセモンじゃダメだぞ!と後世に伝えてるためかもしれませんね。

真珠庵 蔵


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