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演劇/微熱少年vol.3『「小医癒病」中医癒人大医癒世』をめぐって② 

誰かの言葉の意味を完全に理解することは出来ないし、いつだって言葉は誤解される。この言葉だって書いた自分でさえ、本当に理解できているかわからないし、読んだあなただって読んだ先から誤解している。だから私たちは永遠に終わらない「いいわけ」を繰り返すのだ。人はそれを「コミュニケーション」と呼んだりする。

『わかば』1992年「編集後記」より

学部時代のゼミレポート誌『わかば』の編集後記に私が書いた文章を見つけた。もう30年も前の話だ。まだこの時点で演劇に関わってはいない。映画やCMの音楽に端っこの方で関わったりはしていたが、演奏だったりアレンジだったり…。

「誤解」と「わかりやすさ」の狭間に立つ

ゼミの指導教授だった山下淳志郎は「カトウくんはハバマスとか読みすぎたな」と言ってニヤリと笑い、「しかし、果たしてそれだけかな?」とつぶやいた。

社会哲学者・山下淳志郎は、当時ゴッフマンやアンソニー・ギデンズの批判的読解を通して、冷戦終結後の社会観の構造的変動を読み解こうとしていた。もとはカントからヘーゲルの理性による社会観を研究し、唯物史観の批判的継承を試みる、いわばフランクフルト学派第一世代的な思想系譜に属する人だった。アンリ・ルフェーヴルの紹介者としての顔も持ち、思想的な根源としてはルイ・アルチュセールにも似た歩みをたどってきた。

アンリ・ルフェーヴル

まぁ、簡単に言ってしまえば構造主義と批判理論の止揚を試みる立場の人だったわけだが、つまり単なる「構造主義的決定論者」ではないという点において同時代のピエール・ブルデューにも似ていたと今でこそ思える人だった。

ピエール・ブルデュー

山下は「わかりにくいものは、わかりにくいだけの理由があるんじゃないのかな?だからわかりにくいものは、わかりにくいまま伝えるしかないんじゃないのかな?」と凡そ近代哲学の系譜にある人とは思えないような禅問答のような投げかけをしてきた。それは現実の事象を抽象化・一般化するというヘーゲル流の「対象化」の概念から歴史の法則性を導くという当時のマルクス主義的唯物史観からはズレた発想ではないのか?と返すと、「法則性を導くとしても、それぞれの地域や文化ごとの歴史を形成してきた経過がありましょう?」と返してきた。ますますわからなくなってしまった。「その【違い】を平準化してしまって革命のために括弧で括ってないことにしてしまったところに間違いがあったじゃないかしら?」

1992年である。天安門事件→ベルリンの壁崩壊→マルタ会談→冷戦終結→湾岸戦争→ソ連崩壊という世界史的大転換の最中にあって、山下はレーニン、ルカーチの誤謬をさらりと指摘した。あるいはサルトルが明確に出来なかった「文化的集合」の問題を指摘して見せたのかもしれなかった。

ジャン・ポール・サルトル

おそらく山下としても自身のフレームワークを再検証している最中だったはずで、ソ連の消滅から数か月後の対話としては核心に迫りつつも、ある種の逡巡も含んでいたことは想像に難くない。

「静かな演劇」は本当に「静か」だったのか?

そんな折、友人の友人という伝手をたどって私に舞台音楽の依頼が来た。もともとは舞台上でギターを弾ける人を探しているということで、高校時代の友人が大学の落語研究会に所属していた縁で寄席の高座で「落語にギター伴奏をつける」という経験もあったため話を聞いてみた。

上野吉池旧本店ビル
7階の和室を演芸場として使い、落語芸術協会や落語立川流の落語会が開催された。法政大学落語研究会の高座もここで開催され、本文で語られている会もここで行われた。

ところが、私が卒業論文でR.マリー・シェーファーが提唱する≪音の風景≫サウンド・スケープの社会学的援用について取り組んでいるという話題と、参考に持参したデモテープの中のミュージックコンクレート的な作品群(おそらく今ならアンビエントに分類されると思う)を気に入ってくれた相手の劇団主宰から、作品の音楽全部を任されることになった。ちょうどそのころ一番聴いていたのが武満徹だったこともあり、音楽作品の提供だけでなく生成から発信まで含めた「音楽音響」という立場でならばやらせてほしいと要望したところ了とされた。

武満徹

「今度、演劇の音楽やることになったんだ」藤沢市に住む母の妹(叔母ですな)と話す機会があり、そんな話題を口にした。叔母は私に最初のギターを買い与えた人であり、遡れば幼少期に同居していた折、スパルタでピアノを教えてくれた人でもあった。私の音楽活動は、両親からは苦い顔で見られていたが、叔母は一貫して応援を続けていてくれたので話しやすかったのかもしれない。初めての経験なので、勉強しなくちゃいけないというような話もしたのかと思う。

すると、叔母が言うには、近くの公民館に「芸術監督」という人がいて、演劇に詳しいという。せっかくだから会って話を聞いてみたらどうか?叔母はその公民館の評議員かなんかをやっていて気やすいのだという。なるほど、それは面白そうだと機会を設けてもらい話を聞きに伺った。「無言劇」で有名らしいと叔母から聞いた。知らないというのは恐ろしいもので、その「芸術監督」は転形劇場を率いていた太田省吾さんだったのだ。叔母が「公民館」と言っていたのは湘南台文化センターである。そりゃ公民館には違いないだろうけど、私の知っている公民館とはだいぶ違う。同じ「公民館」という言葉から全く違うものが出てきた。「いいわけ」が必要な状況だ。

太田省吾 作・演出「水の駅」男:大杉漣

そこに至るまでの経緯を簡単に話すと、太田さんは「今度、今一番面白い劇団の公演があるから観に来たらいい」と招待券を2枚くれた。日本統治下の朝鮮半島を舞台にした話だというので、山下淳志郎を誘い湘南台で待ち合わせた。それが青年団『ソウル市民』だった。

青年団公演「ソウル市民」

平田オリザは知っていた。自転車で世界一周した少年として話題になり、その記録を記した本を読んでいた。大検を取得して大学に入学し、受験本を書いたり、大学入試に関する政府会議なんかにも呼ばれていたのを知っていた。朝日ジャーナルの「新人類」というシリーズにも登場したのを見た記憶がある。しかし、劇団をやっていたのは知らなかった。

筑紫哲也編「新人類図鑑」より平田オリザ(学生)

白状してしまうと、私は演劇、就中小劇場系の演劇が苦手だった。狭い舞台で遠い目をしながら大きな声でおよそ普通の日本語の会話では使わない言語形態で演じるスタイルにどうしても没入できない違和感というか客席にいながら感じてしまう疎外感のような苦手意識があったのだ。

しかし、今目の前で演じられている京城の文具屋さんの一日は、まるでこちらが覗き見でもしているような、日常の会話の集積で、聞き取れないくらいボソボソした声で喋ったり、客席に背を向けたり、何人かが同時に話し始めたりと、そんな舞台だった。

観終わってから気がついた。最初から最後まで「音楽」がなかった。いや、正確には登場人物たちが歌うのでまるで存在し無かったわけではないが、演出効果として使われる音楽が存在していなかったのだった。舞台音楽の勉強をしたいという人間にこれを紹介した太田省吾という人はただ者ではないと思った。しかも作品は作者の主義主張をアウトプットする独白型の作品ではなく、登場人物たちの淡々とした日常会話が「外」で起こっていることとのズレを大きくしていき、視る者に「考えさせる」余白の多いもので、これも衝撃だった。山下は帰りの電車内で「演劇の構造主義だね」と評した。それは、私の中でまるで啓示のように響いた一言だった。

演劇/微熱少年vol.3「小医癒病」中医癒人大医癒世


しょういはやまいをいやす、ちゅういはひとをいやす、だいいはよをいやす

作・演出 加藤真史
2022年10月22・23日(4ステージ)

太田市学習文化センター視聴覚ホール

2006年6月、沼田中央病院では7名の研修医たちが日々切磋琢磨している。1年目研修医はそれぞれの技術習得に夢中、2年目研修医はそろそろ研修終了後の進路も気になり始めている。ある日、診療参加型医療実習「クリニカルクラークシップ」に参加するため医学生がやってくる。医療者にとっては日常になってしまっていることが医学生にはまだ珍しい。そんな素朴な疑問や驚きが池に投げられた小石が起こす斑紋のように研修医たちの間に静かな波を起こす。
「生きる」とは何か?「死」とは何か?答えの出ない問いに挑む研修医たちとそれを取り巻く医療人の群像劇。

【出演】
新井聖二 成澤陽子 入内島優奈 村山朋果 赤井那帆 武藤真大 木田恭平 佐藤壮成 山﨑香 川原崎晴紀 東雲楽 栗原一美 みずだけ豆太 加藤亮佑 酒巻誉洋 久保田雅彦 滝川いくた 根岸佐千子 荒井正人 中村ひろみ

【美術】濱崎賢二(六尺堂・青年団)
【照明】深町友基(TM Light Company)
【テーマソング】入内島詩織
【医事監修】鈴木諭(利根中央病院 総合診療科科長)
【映像記録】岡安賢一(あがつまご縁屋)
【チケット情報】
 一般    3,000円
 U-22・学生 1,000円
 ※「困った割」身体の不自由な方・経済的に困難な状況にある方は無料でご観劇頂けます。お問い合わせください。
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 お電話予約: 0120-240-540*通話料無料
(受付時間 平日10:00~18:00※オペレーター対応)
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 オンラインチケットレス予約が出来ます。
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【その他注意事項】
未就学児童はご入場いただけません。
マスク着用など新型コロナウイルス感染対策にご協力ください。
【協力】
劇団ブナの木 a/r/t/s Lab 松竹エンタテインメント 邑楽町民劇団 すたりあ倶楽部 フォセット・コンシェルジュ 演劇プロデュースとろんぷ・るいゆ Ota Art Garden 新日本演劇 ぐんま演劇商店街(順不同)
【後援】
群馬県 群馬県教育委員会 群馬県教育文化事業団 太田市 太田市教育委員会 エフエム太郎
【助成】
文化庁ARTS for the future! 2 文化芸術振興費補助金(コロナからの文化芸術活動の再興支援事業)
【制作】演劇/微熱少年 加藤総合研究所 【制作補】新井由美 武井道子 本木薫 嶋村友希
【主催】演劇/微熱少年

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