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日本語と英語で名前を書く順序の違い

かつては教科書に出て来る日本人の名前は「名+姓」の順で表記されていました。しかし、日常生活ではそのような順番で名乗ることもなく、日本の文化としてはどうなのかという議論もあり、2000年の第22期国語審議会答申では、日本人の姓名については、ローマ字表記においても「姓+名」の順とすることが望ましいとされました。さらに2002年から中学校の英語教科書もこの表記が採用され、2020年1月からは政府の公用文等も原則として「姓+名」の順で表記されています。

日本だけでなく、中国、韓国、モンゴル、ベトナム、そしてヨーロッパのハンガリーも「姓+名」の順ですが、英語表記の際に「名+姓」と順序を変えるのは日本だけです。では、なぜ日本だけがそのような表記をするのでしょうか。

実は日本が昔からそのような表記順を採用していたわけではないようです。少し話はそれますが、江戸時代、鎖国中だった日本に開国を迫ったペリー総督(Matthew Calbraith Perry)は、オランダ人通訳Anton. L. C. portmanを通じて英語をオランダ語に翻訳して伝え、それを日本人通訳者の堀達之助が日本語に通訳していたのです。英語⇔オランダ語⇔日本語という奇妙にも思える対話だったのも面白いのですが、そのペリー総督の報告書には、堀達之助の名前が “Hori Tatsunosuke” と記されています。ちなみに、このとき幕府の交渉役であった香山栄左衛門と中島三郎助の名前は “Kayama Yezaiman” そして “Nagazima Saboroske” と記されています。

日本人の名前を英語で表記する際に、「名+姓」の順で書くようになったのは、明治政府が欧米諸国に合わせていったからだと言われています。欧米文化にあこがれて鹿鳴館を作り毎晩のように舞踏会を開いたように、どうも文化理解よりも形から入っていったのではないかと思えてしまいます。

ここまでの内容で既にタイトルにある疑問は解消されているのですが、もう少し歴史をたどってみましょう。

そもそも明治8年(1875年)に、明治政府が「平民苗字必称義務令」によって苗字を名乗ることを義務化するまでは、姓を公の場で名乗ることが許されていたのは身分の高い人たちだけでした。その姓の起源は、飛鳥時代にさかのぼります。大化の改新が行われる前の4世紀末から5世紀頃にヤマト政権が同一血族を中心とする集団に対して氏(うじ)を与えました。これは住んでいる土地や、祖先、あるいは世襲する職業の名前からとることが多かったようです。その氏には、それぞれの役職に対して姓(かばね)を与えられていました。姓は地位を示す称号のようなものでした。

ここまで日本の姓の歴史をたどってきましたが、英語はどうでしょうか。

古英語期の名(first name)は、その多くが戦いに関連するゲルマン語彙に由来するものでした。8世紀後半頃には現代にも見られる -son(~の息子)が表れ始めました。JohnsonならJohnの息子、HarrisonならHarryの息子といった具合です。11世紀初頭のノルマン・コンクエスト後には、これらの名前の多くが古フランス語に置き換わっていきました。その後も16世紀には宗教改革によってカトリックの聖人に由来する名前が廃り、聖書に由来する名前が増えていきました。17世紀になると清教徒たちが旧約聖書に基づく名前や美徳を表す名前を使い始めました。

日本語には、ひらがな、カタカナ、漢字の3種類の文字があり、同じ読み方でも異なる名は多いのですが、英語の名はこのような歴史をたどってきたので、日本語と比べて種類が限られています。その結果、ノルマン征服以降の中世イングランドでは姓(last name)の使用が広がっていきました。

日本語も英語も、姓を名乗るようになったのは個人を明確に区別するためという点で共通していることが分かります。これは、税金を確実に徴収するという目的が理由の一つだったという背景も共通しているようです。

1413年にランカスター朝のイングランド王に即位したばかりのヘンリー5世が最初の議会で “the Statute of Additions” を制定しました。この法律によって、法的書類には職業と居住地の記載も義務となり、これが姓の由来となることも多かったようです。ヘンリー5世は政府公式文書で英語の使用を促し、ノルマン・コンクエスト以来初めて個人書簡に英語を使用した王としても知られています。また、Baker(パン屋)やCarpenter(大工)、Smith(鍛冶屋)、Parker(庭師)のように職業に由来する名前は現代でも多く使用されています。

日本語でも「源頼朝」を「みなもと『の』よりとも」といったように、英語でも “Harry Potter” が “Harry of Potter” (陶芸家のHarry)というように呼んでいたのが、前置詞が脱落していったと考えられます。

さて、それぞれの歴史に共通点を見出すことができましたが、現代では日本人名を日本語本来の語順である「姓+名」と表記することが一般的になっていくと、海外の人たちは混乱しないのでしょうか。

どうやら、その心配はないようです。もとより、日本人の名詞には漢字で「姓+名」が書かれているのに、その下に付されるローマ字が「名+姓」であったことの方がむしろ混乱を招いていたようです。とはいうものの、「姓, 名」のようにカンマを使用したり、姓をすべて大文字で表記したり、姓であることを明確にする方法もあります。

日本ではフルネームを名乗るのがマナーとされていますが、海外では個人情報だという理由であえてフルネームを名乗らない場合も多く見られます。たとえば、先ほど例に挙げた “Harry Potter” の作者である J.K. Rowling は、“Harry Potter” シリーズが主に男の子を
ターゲットとした作品であったために女性作家だと知られない方が良いだろうということで、Joanneをイニシャルにしたそうです。彼女はミドルネームを持っていなかったので、母親の Kathleen にちなんで、ペンネームをJ.K. Rowlingとしたそうです。彼女は Robert Galbraith という男性の名前で2013年に探偵小説も発表しています。

外国人名をカタカナで表記する際には、「=」や「・」を使用することもあります。元の名前にハイフン「-」がある際には、日本語の伸ばし「ー」と区別がつきにくいので「=」や「・」に置き換えます。また、名(first name)と姓(last name)を区別する目的や、姓(last name)が父方と母方のそれぞれを含む場合につなげる目的で使用することもあります。

また、面白いことに実生活では「名+姓」の順が一般的ですが、世界の約98.5%の国のパスポートは「姓+名」の順で表記されており、EUでは運転免許証やビザ、滞在許可証なども「姓+名」の順が採用されていますが、これは国連の付属機関であり、世界190か国以上が加盟するICAO(国際民間航空機関)の規格なのです。

このように正式な文書では「姓+名」となることからも、どうやらその順が正しい順のようです。今回の結論としては、個人主義と家族主義の違いから、姓と名のどちらを先に名乗るようになったかということになりそうです。このあたりは、もう少し深掘りする価値がありそうですね。



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