危機は待ってくれない 再エネの「社会的受容」に必要なこと 

 人類が引き起こした、より正確には化石燃料依存の世界経済が招いた今日の気候や生態系などあらゆる危機は、待ってはくれない。パリ協定のもとで気温上昇を1.5℃以下に抑え、不可逆的な連鎖反応を食い止めて被害を緩和させるには、最大の要因である化石燃料の燃焼を止める他ない。対策が遅れる程、新型コロナのパンデミックやロシアによるウクライナ侵攻の戦争のように問題は複雑化し、連鎖していく。にもかかわらず、世界各地で化石燃料への新規投資が今日も続いている。

 ちょうど一年前の国連のグテーレス事務総長による演説の一部を抜粋:

第一に、石炭やその他の化石燃料は、人類を窒息させようとしています。

すべてのG20諸国の政府が、国外の石炭火力発電事業への資金提供を停止することに同意しました。次は、直ちに国内でも同じ措置を講じ、石炭火力発電所を解体しなければなりません。

石炭火力発電事業に未だに融資している民間セクターの資金提供者は、責任を問われなければなりません。

巨大な石油ガス企業とその出資者も、警告の対象です。

自社の計画や事業が2050年の排出量正味ゼロ目標を弱体化させ、2030年までに起こらなければならない大きな排出削減を無視しているにも関わらず、グリーンだと言うことはできません。

人々は、この煙幕を見透かしています。

経済協力開発機構(OECD)加盟国は2030年までに、そしてすべての非加盟国は2040年までに、石炭火力発電を段階的に廃止しなければなりません。現在の世界のエネルギーミックスは、破綻しています。

現在の出来事からあまりにも明らかなように、化石燃料に頼り続けていると、世界の経済とエネルギー安全保障を地政学的な衝撃と危機に対して脆弱にさせます。

世界経済の脱炭素化を遅延するのではなく、今こそ再生可能エネルギーの未来にむけてエネルギーの移行を加速させるときです。

化石燃料は、私たちの地球、人類、そしてそう、経済にとっても袋小路です。

再生可能エネルギーに迅速に適切に管理しながら移行することが、世界が必要とするエネルギー安全保障、普遍的なアクセス、グリーン・ジョブに通じる唯一の道です。

 同じくグテーレス事務総長による昨年秋のCOP27開催後の演説から抜粋:

私は、損失と損害(ロス&ダメージ)の基金を設立し、今後運用するという決定を歓迎します。

明らかにこれは十分ではありませんが、壊れた信用を再構築するために非常に必要とされてきた、政治的なシグナルです。

気候危機の最前線に立たされている人々の声を聞かなければなりません。
国連システムは、あらゆる局面においてこうした取り組みを支援します。

正義は、他にもいくつかのことを意味していなくてはなりません。

開発途上国に対し、年間1,000億ドルの気候変動対策資金を提供するという、大幅に遅れている約束をようやく履行すること。

適応資金を倍増させるための、透明性と信頼できるロードマップ。
多国間開発銀行や国際金融機関のビジネス慣行を変えること。

これらの機関は、より多くのリスクを受け入れ、開発途上国向けの民間資金を合理的な利率で体系的に活用しなければなりません。

しかし、はっきり申し上げましょう。

私たちの地球は、いまだ緊急治療室にいるのです。

私たちは直ちに排出量を劇的に削減しなければなりませんが、この問題は今回のCOPでは取り上げられませんでした。

損失と損害の基金は欠かせませんが、気候危機が小島嶼国を地図上から消し去り、アフリカの一国全土を砂漠に変えてしまうようであれば、解決策にはならないのです。

気候野心という点で、世界にはまだ大きな飛躍が必要です。

越えてはならない一線は、私たちの地球が1.5℃の気温上限を超えてしまうという線です。

1.5℃の希望をつなぎとめるためには、私たちは再生可能エネルギーに大規模な投資を行い、化石燃料への中毒を断ち切らねばなりません。

 一方で、世界で第3位の経済大国で第5位の温室効果ガス排出国でエネルギー資源ほぼ全量を輸入頼みの日本では、化石燃料への投資の問題提起や反対するメディアの報道が余りにも少なく、反対する市民の声も日常にかき消される程に小さい。国内の風力発電など再エネの普及をめぐっては、戦争やパンデミックから切り離され、一向に解消しない反科学やNIMBYの問題も立ちはだかっている。解消しないのには、それなりの理由や原因がある。それは、より身近なところに目を向けると見えてくる。

 あえて苦言するなら、社会学者らが提唱する再エネの「社会的受容」は、対象の地域住民に対して角を立てない物言いのつもりなのだろうが、研究者ら自身が根本的な問題と対峙しないまま、解決には取り組んでいるかのように振る舞い続けているようにしか見えず、コミュニケーションが破綻している。しかも「グレーゾーン」という言葉自体が「脱法」的意味合いが強く、脱炭素の「ニュートラル」にすら及ばず、世間に否定的な印象をよりいっそう与えるだけ。いわば反科学やNIMBYを助長するような表現であり、そのような感情が滲み出ている。心理的作用によって、無視出来る程の僅かな影響まで増幅させてしまうなら、事業計画を審査する厳格な環境アセスの意味もなくなる。

つまり、「社会的受容」が成立するには、あらかじめ住民らの不安や恐怖、憎悪の要因である「風車病」「温暖化は嘘」などの疑似科学やデマを一掃しなければならない。また、仮に施設稼働後に大なり小なりの問題が発生する可能性も、「グレーゾーン」のような曖昧さではなく、事業者や行政の義務や責任を明確にしておけば、混乱せずに済む話。「結論」よりも「過程」が大事。

 先のグテーレス事務総長の言葉にあるように、現実では化石燃料が脅威であり、気候や生態系は危機で、あらゆる場所や地域で毎年のように発生している甚大な被害は、火を見るよりも明らか。それらをこの社会特有の「なあなあ」では説明も対処も出来ないのも明々白々。すでにゾーニングの協議など社会学者ら研究者自身が助言する立場にいるのだから、科学や公正、交差性や多様性について、本来どう伝えていくべきなのかくらいは分かっているはず。どんな研究であれ、後ろ向きや脇にそれるようなのではなく、生活者すべてに前向きな言葉や思考を与えるものを望む。

 繰り返しになるが、危機は待ってくれない。化石燃料の燃焼を止めるしか、もう掘り起こさずに地中に留めておくしかない。再エネ転換を急ぐこと。一日でも一分一秒でも早く。そのための議論に蓋をしないでほしい。


参考:

COP27閉幕にあたってのアントニオ・グテーレス国連事務総長声明 (エジプト シャルム・エル・シェイク、2022年11月19日)
https://www.unic.or.jp/news_press/messages_speeches/sg/45560/

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)報告書の発表に関する記者会見に寄せるアントニオ・グテーレス国連事務総長ビデオ・メッセージ(ジュネーブ、2022年2月28日)
https://www.unic.or.jp/news_press/messages_speeches/sg/43499/

「再エネの影響は白か黒かでなく、グレーなまま信頼感で乗り越える道も」、名古屋大・丸山教授
https://project.nikkeibp.co.jp/ms/atcl/19/feature/00007/00073/?ST=msb

風力発電所による近隣住民への影響に関する社会調査 本巣 芽美, 丸山 康司https://www.jstage.jst.go.jp/article/jwearonbun/44/4/44_39/_pdf/-char/ja

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