ISDEを捉えなおしたい。

2019年のISDEポルトガルに関して、ご支援頂いた皆様への報告は、そろそろできる予定。大変おそくなってしまって恐縮なのだが、これも今2019年組織の弱さなのだと思う。おおよそのところを言わせて頂くと、例年の数倍かかってしまった車両調達費の一助となった次第です。詳しくは、JECプロモーションからの発表をお待ちください。

ISDEとは一体なんなのか

1913年からはじまり…歴史をもった…というくだりは散々各所で説明されてきたことだから、ここでは必要に応じて歴史をほじくりかえすにとどめたい。今、やりたいのは、2020年代においてISDEとは一体なんなのかを捉え直すことだ。ゆっくり一つ一つ、要素を書きだしていきたい。

これまで、僕を含めたISDE関係者が散々PRしてきたのは、オンタイム制エンデューロの素晴らしさが中心だったと思う。だが、これは正直なところ瓦解しつつある。もちろん、幻想とまでは言わずとも、この20年ほどの間で進んだ環境保全のムードなどを鑑みて、いかにそのオンタイム制を続けることが困難か、関係者は実感として蓄積してきたはずだ(その上で、今なお、燦然と輝く「ヒダカ」は素晴らしい大会なのだと思う)。日本は、選手権のハシリとして2003年のSUGO2デイズエンデューロを皮切りに、ここまでよく普及できたものだとも思う。

日本のエンデューロ文化の歴史は長くはない。トシ・ニシヤマ氏による活動をリスペクトし、それをひもといたとしても、氏が活躍していた時代にエンデューロ文化が成立していたとは言いがたい。氏は、日本にエンデューロ文化を根付かせようと、必死に孤軍奮闘し、その細い糸を、2000年代の人間が受け取った。

たまたま、そのタイミングにヤマハがWR250Fをマーケットに投入したことで、一斉に4ストロークがレース会場を席巻。欧州でも、やはりヤマハの力が急速に強まって、「日本はエンデューロバイクを作っている」と思われていたように思う。だけど、もっとロングスパンで振り返ると、やはり日本のメーカーはエンデューロバイクの新参者だ。ライダーも、やはり新参者なのだ。これは、クラシックエンデューロの現場にいくと、とてもわかりやすかった。あるいは、現ISDEにもヴィンテージトロフィーというレースがあるので、エントリーリストをみてみるとわかりやすい。エンデューロの祖先は、イギリスで生まれて海峡を渡り、イタリアで大事に育てられてきた。ガレージファクトリーと呼べるレベルの小さなブランドが、エンデューロでしのぎを削り、エンデューロの黄金時代を作りあげた。Betaは、僕の取材した中で、今もそのイタリアのエンデューロソウルを受け継ぐ数少ないブランドだ。彼らは、アジア諸国をメインマーケットと捉える日本のメーカーとも、欧州のスポーツバイクマーケットを狙うKTMとも違う。RR2Tが、最も売れている機種というから、そのエンデューロに傾け(あるいは、傾けすぎた)個性がわかるはず。

オンタイムエンデューロ、というからわかりづらい。これは欧州型トラディショナル・エンデューロだ

オンタイムエンデューロの素晴らしいところは、その数分の間に出し切るタイムアタックの尊さだ。実は持久力が重要な鍵を握るモトクロス(全日本で30分+1周。それを2ヒートでおこなうわけだから、これは常人には全力アタックできる時間ではない)よりも、さらにそのスプリント性が煌めく。6日間にわたるシックスデイズではなく、2日間のEDGPにはさらに研ぎ澄まされたスピードが持ち込まれる。

エンデューロ、つまりエンデュランスの要素は、元々がISDEから持ち込まれたものだろう。ISDT(トライアル)の時代から変容していくなかで、より耐久力がクローズアップされるようになっていき、そのタイトルにも「エンデューロ」を冠するようになった。つい近年まで、この「エンデューロ」性は生きていたと思う。

とにかくバイクが壊れなくなった。元々、バイクと、ライダーのリライアビリティ(信頼性)をテストするためのISDE(ISDT)が、バイクが壊れなくなったら、目的の一翼を失ってしまうのと同じだ。たまたまかもしれないが、それと時を同じくして、世界のダートバイク愛好家のスキルが上がり、ISDEに完走目的で参戦するようなライダーは少なくなってしまった。時代をへるごとに、ISDEはアマチュアイズムを高めてきたはずだが、そのアマチュア自体の全体レベルが上がったのだ。2006年のISDEでは、5日目のワーキングタイムで、涙を流すライダーや、恋人と抱き合うライダーがそこらかしこにいた。完走を、喜んでいるのだ。でも、2019年はあまり多くない。だから、バイクが壊れにくくなり、ライダー達の信頼性も問われづらくなってきた。ISDEは純粋に「速さ」を戦う場に、変容しつつある、あるいは変容した。渡辺学も、「これはモトクロススキルを高めないと話しにならない」と言う。

さて、見出しに戻ろう。現代は、オンタイムかどうか、はあまり問題ではない。「より洗練されたスピードを競うための競技フォーマットをもった、欧州型トラディショナルエンデューロ」へ進化したのだ。もしかすると、ダカールラリーの変容にも、似ているのかもしれない。

ISDEは、より煌めいている

本来の目的を失ったエンデューロは、どうなるのだろうか。衰退をはじめるのだろうか。ISDEに限っては、その煌めきを増しているように思える。

多くの競技フォーマットは、プロとして活動できるものだ。国や地域によって、それが成り立っていないのは重々承知だが、賞金があり、ファクトリーシートが用意されている。最近では、その一つにWESSが参入してきた。だけど、ISDEはこれらとは関係ないように思える。

以前は欧州型エンデューロの世界大会たるEnduro GPのライダーが、年に一度の世界一を決めるような立ち位置にいたISDEだけど、今は決してそんなことはないどころか、EDGPのメンバーは主戦力になっていない。アメリカ、オーストラリアがつよいから、だけではなく、EDGPのチャンピオン達がなかなかそこに顔を出さない(今年は久々にB・フリーマンが参戦した)。

タイヤ交換だけをショウアップのためにライダーがおこなうEDGPと、トラディショナルなスタイルから離れないISDEでは、今はだいぶ競技自体が異なるものだとも言える。同種、でもないのかもしれない。2018年EDGPの最終戦を取材にいったときに思ったのは、国によってはEDGPは日本のレースと大差ないルートの大きさでやっていること。殊、ドイツGPにいたっては、贔屓目を差し引いても日本のヒダカのほうが素敵なフィールドで競技をしているなと思い知らされた。

話をもどそう。

ISDEは、EDGPとは別次元で、この2010年代に煌めいてきた。それは、ライアン・サイプスや、ザック・オズボーンらスーパークロスライダーが、本気で取り組むような競技になったことにも、象徴される。取材に行っても、思わされる。ISDEは、その人気を決して衰えさせてはいない。世界的に、欧州型エンデューロの頂点を競う場として、あるいは国別対抗の場として、輝いている。

※EDGPについては、昨年世代交代が発表された。日本人のチャレンジも、快く受け入れてくれていたEDGPのフロントマン、バスチャンが今後のGPを握る。これからの変容を楽しみにしたい

ISDEのスペシャリストなんて存在しない

ちょっと視点を変えてみたい。

そんなこんなで、ISDEはその「エンデューロ」のという特別な競技から変貌して、相当部分ジェネラルな性質を帯び始めていると言えると思う。年によって、開催国も違うから、その争うフィールドも様々。国やクラブ(ISDEは、ローカルのクラブが主体となる)の考えるISDE像によっても、その特性が左右される。

だから、ISDEにおいては個人のオーバーオールは、毎年違う。今年のダニエル・サンダースは明らかにポルトガルと4ストビッグボアの相性がよかった。明確に言えるのは、様々なシチュエーションに強い国が、安定して戦えるということだ。EDGPを全戦まわったことがないので、どうも言えないのだけれど、ISDEとEDGPで活躍するライダー層が若干ことなるのは、この辺に理由があるんじゃないかとも思う。ISDEでものすごい活躍をしたライダーが、選手権であまりめだたないことも多い。2013年のダニエル・ミルナーは、その後成績ふるわずGNCCを去った。ミルナーは、固めの路面を得意とする。2017年のフランスも、これまたフランスが得意とするグラストラックばかりだった。とにかく、ISDEは国の個性が強く出るのだ。

ともかく、そんなわけでISDEにスペシャルに強い…というライダーは存在しない。オフロードに強いライダーが、ISDEに強いとは言えるかもしれない。

逆に言えば、ISDEに通用するライダーを日本で育てようと思えば、これは本当に大変なことだ。いわゆる欧州型のエンデューロの普及とは、ほとんど無関係だろう。

エンデューロ、クロスカントリー、モトクロス。ホビー間闘争

エンデューロの歴史はあまり深くない、とは言ったものの、それは長い目でみた場合の話。日本は、2000年代に急激に多くのエンデューロフリークが、そのオンタイムレースの普及に努めてきたし、ジャパニーズオリジンのエンデューロカルチャーを形成してきた。だが、残念なのはそれがあまり異種と混合されてこなかったことだ。日本の欧州型エンデューロは、クロスカントリーと同じように独自の進化を続け、今日に至る。参加者層は、かなり明確に別れてしまっている。

このことは、モトクロスとエンデューロの関係にも似ている。

エンデューロは、生粋のエンデューロライダーの成長を喜んできた。前橋孝洋はその筆頭だ。これは、勝手な推測なんだが、オトナになってからはじめるライダーが大多数のエンデューロと、子供時代からオートバイの教育を受けるのが大多数のモトクロスでは、互いに受け入れがたいのかもしれない。エンデューロは、どちらかといえばマジメな風潮にあるし、モトクロスは横乗りカルチャーと距離が近くて、文化的には距離が遠い。スクールカースト的な話しも、ここに混じると思う。

だけど、2020年へ向けて、スクールカーストは瓦解しはじめていて、うわべだけのかっこよさは、SNSによってメッキが剥がされ始めている。各々のホビーは、おおくが競ってその深遠さをPRしはじめている。さらに言えば、そのホビーはどんどん新しいものが生まれていて、ホビー分野内の人間としてよくいえば「若い人間を熱中させる」し、ホビー分野外の人間としてわるくいえば「若い人間の時間を奪う」。SNSだけが、時間を奪うわけではない。ホビー間で、時間を奪い合う闘争にある。

近いホビーの間で結託し合うのは、当然のなりゆきだ。それがうまくいっていると感じるのがオーストラリア。サンデーレースでは、40分と90分のモトクロスが多く、仲間内や家族で参戦するためのきっかけになっているらしい(90分は、リレー形式)。さらに、たまたま僕が見たゴールドコーストだけかもしれないけど、TTコースがさらなる異種の仲間を引き込んでくる。誰にでも走れる簡単なハードパックのフィールドには、普段ダートで遊ばないハーレー好きな人間も誘う。1台や2台じゃなく、ハーレーだけでレースができるくらいにだ。

実は、2020年に取材したいと思っているのが、この流れと同じものを感じる日本の「中部」。ゆとりカップや、ワダポリスジャム、多くのイベントがモトクロスやエンデューロ、クロスカントリーを分け隔て無くつなぎ、そしてエントリー層を育んでいるのだと聞いた。

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無期限で、利益のすべてをISDEワールドトロフィーチーム運営費に寄付します。日本のエンデューロを取材するチーム「Enduro.J」のよしな…

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