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ツナギ7章(6)脅しか、守りか?

宿なし親なしで口のきけない少年に、子トンのせわをさせることになったが、じっちゃはしばらく考えて、こう言った。

「名前なしでは、みなが困るな。うむ、ソルはどうだ、おまえはソルだ、いいな」

じっちゃのひと声で、皆もその子もうなずいて、そう決まった。よごれ放題の少年を、2のカリヤの妻が、身ぎれいにすることを引き受けた。

その日の夕食時、シオヤたちの海辺での話は、ツナギたち皆を驚かせるものだった。

上芦尾村の頭領は予期せぬ木材が手に入って、新しい小船にとりかかれると喜んだそうだ。山辺村のオサは、シオヤの親父の口利きのおかげで、念願の塩と濃い塩水をもらえた上に、その後も分けてもらえることになった。

そこまではよかったのだが、シオヤの話では、上芦尾村の頭領が、苦い顔をしてこんな話を言い足したという。

上芦尾村はこの半年のうちに、4度も遠いあちこちの村の者から襲われた。あの大揺れのせいで、塩と交換する米がない連中が、それでも塩が欲しくて、山越えして数人で押しかけて来るのだと。

頭領は鉄の斧を持たせた村人たちを背に、少しの濃い塩水を与えては追い返したが、いつまた襲ってくるかと、警戒を続けなくてはならない。大風や大揺れ、海の大しけは、手に負えないと諦めるしかないが、同じ人間を相手となると、勝つか負けるか対抗せねば生きていけない・・と。

そうか、やっぱりあの鉄の斧は、脅しの武器にも、守りの武器にもなるんだ! と、ツナギは思った。ここは大丈夫か?  子トンは? あれがいっぱい  増えたら、欲しがる者がいるよな。ここにも警戒が必要じゃないのか?

ふと顔を上げると、じっちゃがツナギを見つめていた。じっちゃはかすかにうなずくと、こう言った。

「今はまだどこの村も、大揺れの被害から立ち直れていなかろう。欲しがるのは塩だけじゃない。何かありそうだと目をつければ、ここへも襲って来るかもしれん」

騒ぐ子どもたちの中から、ジンが身を乗り出して言った。

「子トンを盗られるの、いやだっ!」

「あれは隠してもムダだな。鳴き声でばれてしまう」

ウオヤがおどけるように言ったが、誰も笑わなかった。むしろ子トンをどう守るかで、意見が飛び交った。現に、ソルが今日、小屋に入りこんだのだ。

じっちゃとオサが顔を寄せ合って話し合っていたが、オサが皆を制してこう言った。

「親父さんの言うてくれた通りかもしれん。むしろ、子トンがわしらを救ってくれるかもしれんぞ。考えてもみろ。わしらは八木村から子トンをわけてもらった。八木村は中野村からゆずり受けた、その中野村も大陸から持ち帰った者からゆずられた。わしらがやれるのは、子トンをちゃんと育てて、欲しがる者に育て方を教え、分けてやれば、争いにはならず喜ばれよう」

皆がほっとしたように、そうかとうなずき合い、笑い合った。じっちゃが つけ加えた。

「その昔、米が入った頃も似たようなことがあったはずじゃ。新しい物は皆ほしがって争いも起こるが、扱いようで村と村をつなぐことにもなる。あの山辺村にも、いずれ分けることになるじゃろう」

そういうことか! 少し広い気持ちをもてば、よい方に向けることもできるんだ、とツナギはやっと安堵した。

「ただ、大事なあの子トンをこっそり盗まれぬよう、ソルに見張りさせて、何かあれば竹笛で知らせてもらおう」

と、じっちゃが言い足して、自分の竹笛を吹いてみせた。緊急信号として、短めに強く、ピッピッピッピッピッピッ・・と。

「おれたちも、順番に見張りの手伝いします。いいよな」

ジンが声を上げると、まわりの子たちがいっせいに手を叩いた。ソルまで いっしょに拍手している。

「森のキノコや木の実集めも忘れるな。おっと、水汲みもだぞ」

と、ウオヤがくぎを刺すと、今度は大人たちが笑ったり手を叩いた。

女たちの間では、ハナのまわりでひそひそと突き合っている。その横で、 じれったそうにしていたヤエが、声を張り上げて言った。

「ハナさんに赤ちゃんですって!」

おう! と一同がどよめいた。男たちに肩をたたかれて、シゲが首をすくめて照れている。

「そりゃめでたい! 家ができていくのも嬉しいが、赤子も幸先のいい印    じゃ。ほんに嬉しいのう」

じっちゃはそう言って、目をぬぐった。

ツナギの胸に温かいものが満ちてきた。ハナとシゲが幸せになれるんだ。 この1年の中でも、大きな嬉しいことのひとつに思えた。

これからも何が起こるかわからないけど、悪いことばかりではない、喜べることも笑えることもあるんだ、とあらためて思った。家ができて、いずれ村が順に整って、子トンに仔が産まれ・・。そうだ! それよりも近いうちに矢木村のチノとチカの姉妹を洞に招待したいな、来てくれるといいな・・と嬉しい空想が胸にあふれて、ツナギは思わず笑みをもらした。

「何かいいことあるんだな?  教えろよ」

と、サブがツナギの肩に頭を寄せてきた。

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