6章-(6) 香織の質問への答
その時、星城の監督がタイムの手を上げた。結城君が、武田君に代るべく 登場してきた。左指に真新しいテープが巻いてある。香織が見つめていると、結城君の目が香織を認めた。そのまま香織に張りついたまま、数歩行きすぎて、やっともぎ離すように、前方に視線を移した。その間、にこりともしなかった。張りつめた戦いの気力が、全身にみなぎっていた。
香織は厳粛な気迫に打たれて、思わず座り直した。
〈阿修羅〉というのは、それからの結城君の戦いぶりだった。その右腕からの力一杯のサーブは、敵の防衛陣へのすさまじい破壊力を見せた。ボールは右へ左へはじけ飛び、敵は混乱した。
星城側は勢いづいて、返ってきた球をフェイントで、スパイクで、リバウンドで反撃し、かき乱し、リードして、ぐんぐん盛り返していった。7対8.ついに逆転。館内は熱狂の渦となった。
サーブ権が恒成に移ってもすぐに取り返して、ポールが続いて活躍した。 勝利は勢いのあるチーム側に落ちる。ついに第3セットは星城のものと なり、2位の準優勝を得たのだった。
その夜11時。香織はさんざんためらったあげく、直子のカレンダーの上のメモを書き留めて、結城君の電話番号をまわした。ポールが出て、驚きの声を上げた。香織は一度も自分からTELしたことはなかった。ポールは直子の電話を待っていたのらしい。殆ど毎晩、2人は長電話を楽しんでいたのだ。
ポールに代って、結城君が出た。
「おうおう、どうした? 雪でも降るんじゃないの?」
香織は一気にのぼせた。指の痛みはいかがですか? と、第一声は神妙に 言うつもりだったのに、その代わりに、なんと電話の一番の目的の質問が、ぶっきらぼうに飛び出してしまった。
「結城さんは・・どうして・・星城にいるんですか?」
結城君はいっしゅん絶句した。しばらく沈黙して、それから、ガハハハと 身体を折り曲げて笑っているらしい気配が続いた。
「香織は、まったくトロイやつ! プハハハ! そういう質問は、とっくの昔にやっておくべきだったんじゃないの? ビリから8番目だったオレが、なぜ星城に入れたか。今、星城でビリじゃなくやってるのか、と聞きたいんだろ?」
まったくスルドイやつ! 香織が唐突にひとこと言っただけなのに、ズバリ正確に言い当てていた。香織は口をとがらせたまま、言い返せずにうなずいた。気配で察したらしい。またしばらく笑い声が続いた。憎らしいったら!
やっと笑い納めて、結城君はまじめな口調になった。
「簡単に言えば、好奇心かな。アメリカでは勉強はわりと身体で覚えるんだ。1ヘクタールはどのくらいの広さか、運動場や野原に出て、測ってみるし。町のあちこちを探って、ここでいつどんなことが起こったか、目で確かめるんだ。
オレは、5年の間に習うはずの日本のことなど、ろくに知らない、と思い 知ったからね。新聞、テレビ、本、図鑑、博物館、映画、何でも利用して、オレのいる世界を知ることにしたんだ。成績の順番を上げることより、オレの頭の中の世界を充実させるように、本もいっぱい読んで、一生懸命やったのさ」
「それが好奇心?」
「そう。好奇心が一番根元にあると思う。知りたいことを追っかけて、積み重ねていくのは、まわり道に見えるけど、本物の力になる気がする。おかげで今上位だぜ。それと・・」
「え? まだあるの?」
「もううんざりしたのか? 先に聞きたがったのは香織だからな。ついでに言っとくけど、何かやるとなったら、パワー全開、全力で集中するんだ。 時間の長さじゃなくてね・・これでおしまい」
結城君のおしゃべりは。そこでふっと途切れた。香織は圧倒されて、口が はさめなかった。
バレーの時のギラギラした目の結城君。半分からかっているような、空っとぼけているような結城君、さまざまな結城君の顔が、香織の目に浮かんだ。
受話器の向こうで、クックッと笑っている気配が、また伝わってきた。
「参っちゃったらしいね。参考にはならないだろ。香織は香織流でいいよ。ドジっぽくて見てられないけど、意地っ張りで根性あるから、なんとかなるでしょ」
「ふん、だ」
「ハハハ、そらね、怒らせると、そのエネルギーでなんとか進むんだよね」
カチャッ。香織はふくれ口のまま、受話器を黙らせた。
確かに、香織には参考にはならなかった。あまりに違いすぎる。分らない 部分を1つ1つ実地で確かめるとか、図鑑や何かで調べるとか・・。好奇心か! 香織は好奇心を強く持った覚えがあまりなく、ちょっと遠い存在の感じ。ただ、全力で集中、の言葉は、心に残った。彼のバレーでは、まさにその姿だった。まずは小テストで満点は目指せるかも! そうしよう!
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