5章-(2) 圭子との電話
直子が諦めきれないのか、星城高の映画会参加をしつこく誘うので、香織はとうとう成績が学年最下位で、勉強に打ち込まなくてはならないのと、打ち明けるほかなかった。それを聞いて、直子は吐息をつくようにして言った。
「そうだったの、オリ、話してくれてありがと。言いにくいよね。それで 若さまが特別に気にしてくれてるんだ・・」
さすがに直子も口が重くなった。
「わかった、オリ。私も協力する。静かにするだけじゃなく、オリがわかんないところ、あたしに説明ができるかもよ。期末にはぶっちぎりで成績を あげよう!」
「ありがと、直子。誰にも言わないでね、恥ずかしくって・・」
「わかってる。もち、約束する、ほら、指切りげんまん!」
直子のふっくらした小指と、香織の細い小指がしっかりと絡み合った。
その夜、野田圭子から電話があった。
「中間考査すんだでしょ。わたしもよ。オリより1週間早かったから、もう答案は返ってくるし、クラスで何番とか教えてもらえたの。だんぜんアップしてたよ! バンザイだ! 5番になってた!こうなると、やる気出ちゃうよ大学もねらうことにして、ほんとに頑張ろうって、思ってる」
その嬉しそうな声! 香織はおめでとう、を連発した。
「オリもきっと上がってるよ。頑張ったんでしょ? オリは上がるしかない、幸運な人なんだからね。だって、補欠ってことは、最下位ってことで、それ以上、下がりようがない、ってことだもの」
フフフ、香織は笑ってしまった。まさにその通りだ。圭子らしい、言い方 だった。事実をそのまま、思ったことをそのまま言う人だから。香織はほんとにそうだ、と思えて・・。
「面倒見のいい担任の若さまに、ちゃんと教わったりしてるんでしょ。どうなの?」
香織は答えないわけにはいかなくなった。
「実はひどく叱られちゃったの。中間テストの3日前まで、先生の山用の 靴下を編み続けて、出来上がったのを、ちょうど先生の誕生日の日に、差し上げに行ったら、何やってんだ、君はって、怒鳴られて、受け取ってもらえなかった」
「そりゃ、当たり前だわ。怒られて当然だよ。オリは本気で勉強してないんだ。3日間で10科目もあるテストをやれるわけないでしょ。どうかしてるわ。オリ、こうなったら、そっちは落第して、また都立高の編入試験受ける? 試験やってくれる学校があれば、だけど・・」
厳しい言葉だった。とんでもない、そんなのいやだ! 香織は宣言した。
「今度こそ本気でやろうと思って、予定表作ったところなの。期末でなんとかしないと、夏休みに大阪の家へ帰るのも、帰りたくないし・・」
「そうか、オリは大阪へ帰るのか。夏はいっしょに映画とかコンサートとか行こうよ、と誘うつもりだったのに」
「ありがと、当分むりだわ」
「オリは運がよさそうに見えて、その女学園に入れたのは、オリには逆に 試練になってるね。試練続きじゃないの。楽しいことは、何かあるの?」
「・・あるよ」
試練、という言葉が、強く心に残った。「ぶつかる苦難によって、精神的に鍛えられる場合についていう」と、説明してあった辞書もあった。
香織はちょっとためらって、楽しかったことを思い浮かべてみた。ワンゲルのペア登山、ポールとの会話勉強、結城君の夜の差し入れ、直子と何でも おしゃべりできること、そして編み物。でも、話し出さないうちに、圭子の方がはずんだ声で、自分の楽しいことを打ち明け始めた。
夏休み中に、クラスで10月初めの文化祭の準備を始めるのだって。演劇の脚本探しから初めて、係や配役、舞台装置など、手分けしてやることにしているのだ。楽しいよう。皆勝手に言いたいこと言ってるけど、圭子のボーイフレンドの辰夫君が、まとめ上手なリーダータイプなんだって。
「え?ボーイフレンドがいるの?」
「あったりまえでしょ、男女クラスだし、ペアの人ずいぶんいるよ」
「いいなあ」
「あれっ、オリにはいないの?」
「いるような、いないような・・」
「またぁ、オリはそういうとこが、にぶくてトロイんだよね。私なんか、あ、あの人、私に気がある、ってすぐピンとくるよ。3人くらいいたけど、辰夫君がサイコーなの」
いいなあ、圭子ははっきりしてて、積極的で、自分から告白だってできそうだもの。
「オリは女子校だけど、チャンスはあるでしょ。せっかくの15歳を大事にしてよね。夏休みに大阪に帰るのなら、10月の文化祭にはぜったい来て、約束よ!」
圭子は言いたいだけ言い尽くしたらしく、じゃまた、と電話を切った。
香織はへやに帰るとすぐに「予定表」を作り始めた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?