5章-(2) みさとあんちゃん
白神のおくさまに頂いた、いつものお金は、かあちゃんの仏壇の引き出しに
入れておいた。とうちゃんに見せられなかったけど。
夕方、あんちゃんが帰って来るころには、家中がきれいになり、3つのへやには布団が並べてあった。
かよがみさを紹介する前に、とめ吉が大きな声で言った。
「あんちゃん、こん人、ねえちゃんの字の先生なんじゃ。あんちゃんのも とうちゃんの名前の字も、みさ先生が教ぇてくれたんで。なっ!」
かよもうなずき、みさは首をすくめた。
「かよが世話になっとんじゃなぁ。あんがとな」
あんちゃんはみさに丁寧に深くおじぎした。みさはニマァと笑顔を見せて、おじぎを返した。
「ええな、かよちゃんは。あんちゃんまでおってじゃが。うちはあんちゃん2人亡うしてしもうて、うちひとりじゃけん、ほんま、つまらん。弟も妹もおって、ええなぁ」
みさがしまいに泣き出しそうになって言った。あんちゃんが頷いて返した。 「そうなんか。うちなら、ひまができたら、いつでも来りゃええで」
かよとみさは顔を見あわせた。
「うちら、秘密の友だちなんじゃ。どっちのとうちゃんも、つきあうな、 て言うとんじゃ」 と、かよは真面目な声であんちゃんに、ほんとのことを話してしまった。
「今日はみさちゃんのとうちゃんは、泊まりで屋根の結いで出かけとるし、うちのとうちゃんは、お屋敷のじいちゃんとこに泊っとるじゃろ。せぇで、来られたんじゃ」
あんちゃんは、唸った。 「なんで2人のとうちゃんが、そげんこと言うんじゃ」
すぐにみさが応えた。
「うちのとうちゃん、あばれの作造て言われとるん。お屋敷へよう文句言いに行きょうるん。とうちゃんは正しいと思うたり、ええ方になるように言うとるだけじゃけど、嫌われるんじゃ。そのせいじゃと思うわ」
みさの話に、あんちゃんはちょっと考えていたが、こう言った。
「大人にゃ、大人の理由があるじゃろけど、子どもが巻きこまれんでも ええ。今日みてぇにうめぇ日を見つけて、また来りゃええ。わしら、大歓迎じゃ、のう、とめとすえ!」
とめ吉もすえもウンウンうなずいて、笑った。かよとみさは、ほっとして 笑顔でうなずき合った。あんちゃんが認めてくれて、かよはほっとして肩の荷がおりる感じがした。
それでも念のために、とうちゃんが帰って来ても、みさが泊ったことはないしょにして、と3人に頼んでおいた。とうちゃんはあまり口をきく方ではないので、問われることはないだろうけど・・。
その夜の食事は、子どもたちばかりで、にぎやかにおしゃべりが飛び交い、楽しい場になった。麦入りの米の飯に、青大豆と干し大根、干しいもの茎、ニンジンも入って、塩味だったが、彩りもよく、胃がおどろいてしまうほどうまかった。
お屋敷のおトラさんがいつもくれる揚げせんべいが、食事を締めてくれた。かよはふいに、シカ婆を思い出して、今からでも行って来よう、と思った。
食事のかたづけも終って、みさがもんぺの物入れから、お手玉を取り出して、ろうそくの灯の中で、3つの玉を交互に投げ上げてみせた。
「みさちゃんは、100を目指してがんばっとって、いま106まで進ん どるんじゃ」 と、かよが言うと、みんな目を丸くして、とめ吉はますます尊敬の目で、 みさを見ている。
あんちゃんも感心して、わしにも貸してくれ、と手を出した。それを見て、かよは皆に言った。 「うち、ちょっとシカ婆を見て来るわ。揚げせんべいをまた持ってくる、 てこないだ約束したのに、忘れるとこじゃった。おせんべを上げて、すぐ 戻るけん、遊んでてな」
かよはせんべいを布巾にくるんで、暗い道を隣へと走った。
シカ婆はいっそう弱ってはいたが、かよを見ると、歯の無い口をあけて、 笑う顔を見せた。
嫁さんがかよの渡した揚げせんべいを、割って湯に浸して、前回と同じようにして、持って来てくれた。
「忘れんで持って来てくれて・・」 と、シカ婆は、かよに手を合わせて拝むようすを見せた。
「三途の川ぁ渡るときにゃ、この味思い出すじゃろな」 そう言いながら、シカ婆は柔らかくしたせんべいを、もぐもぐと噛みくだき、ゴクリと飲んだ。
「ああ、うめぇ。ほんにうめぇ。かよ、ありがとな。あんたんこと、忘れんで、あっちから守っとるけんな」 うなずきながら、かよは涙ぐみそうになった。もうほんとに先が短いことを感じているのだ。
「婆ちゃん、せんべが食べられるんじゃけん、まだ大丈夫じゃ。うち、また持って来るけん、待っといてぇな」 シカ婆の両手を柔らかく強くにぎって、揺すった。
その夜、みさと並んで寝床の中で、手をにぎり合って、約束し合った。 「生きとる限り、友だちでいような。秘密の友だちじゃ」
みさはさらにつけ加えて、クフフフと笑った。 「うち、あんたのあんちゃんが、好きじゃ。うちとお手玉の競争してな! 初めてやのに、うめぇんじゃ。お手玉作ったげるて、約束したんで、フフ、うれし!」
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