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 4章-(1) 花鉢の人来訪

夕食の買物に、お向かいのスーパーへ出ようと、扉を閉めていると、目の前の道に立ち止まって、紙切れを見ていた人が、みゆきの姿に気づいて近づいてきた。

あれ、あきおばあさんに似てる、とひと目見てみゆきは思った。あきさんと同じほどやせていて、でも、あきさんよりはやつれて見え、髪の毛はずっと白い。手に白、ピンク、赤、紫と緑の小ぶりの花束を抱えている。

「市営住宅はここらでしょうか?」
と問われて、みゆきはうなずいた。自分でも気づかずに言ってしまった。

「あきさんなら、あの真ん中の家にいます」
と、エイの家の向こう側を指さして言った。

「え? 姉をご存じなんですか?」

やっぱり身内だったのだ。姉妹だったのか。
その人はすがるように、みゆきに話しかけてきた。

「あの、あの、お願いですから、姉のこと聞かせて頂けないでしょうか。  30年以上、花を贈っても、音沙汰なくて・・」

みゆきはふっと、あの見捨てられた花鉢の群れを思い出した。姉妹なのに、何かのせいでこじれているのか・・。

「今日はどうしても、伝えたいことがあるのですけど、姉がどう受け止めてくれるのか不安で・・」

そう言われても、みゆきはその姉について聞かれても、と答えに困った。

「私、お話できるようなことは・・そう、1度友だちといっしょにお会いしただけで・・その友だちは、お隣なので、毎日のようにお話してるみたいですけど」

「そのお友達の方を、ご紹介いただけます? ほんとにごめんなさいね。 私ごとに巻きこんで・・でも、姉に会う前に、何か少しでも知っておきたいと思いまして・・」

みゆきは迷った。ついさっき別れたばかりのエイを、どこでこの人と逢わせるか、そんな場所はこの近所には見当たらない。

「ちょっと待ってて・・。友だちを呼んできます」

みゆきは自分がこんな風に、人に対していることに、自分でも驚きながら、エイを呼びに走った。

エイは弟たちを置いて、すぐについてきた。エイはその人を見ると、すぐに声を上げた。

「あきさんのご家族ですね。そっくりだわ。私は野間栄子です。あきさんのお隣に3月末に引っ越して来て、毎日お話しています」

エイは自己紹介をすませると、あたりを見まわしてから言った。

「ここにはお話できる場所はないから、みゆきのへやに入れてよ」

みゆきは仕方なく、自分の家の扉を開けて、2人を招き入れた。
入れたばかりのテーブルと椅子に、2人を座らせた。

「妹さんかお姉さんかわかりませんけど、仲たがいしてるんでしょ? 
どうしてなんです?  ずいぶん長そうだし・・」

エイらしく単刀直入だった。その人はたしかに、あきさんよりも老けて見える。エイもあの花鉢の有様から、あきさんが贈り主にたいして、激しい怒りか憎悪を抱いていることを見抜いていたのだ。みゆきにも察せられたほどの異様さに思えた。

「私はあきの妹で、ふきと申します。こんな話をお若い方たちにお話して いいものか・・でも、恥をしのんでお話ししないと、解って頂けませんものね。悪いのは私なんです。姉が結婚するはずだった人を、私が奪って結婚したものですから・・。姉はその人をほんとに愛していたのを、私は知っていたのに、私もその人を姉にとられたくなくて、姉が病院の仕事で忙しかった最中に・・」

その人は言いよどんで、口をつぐんだ。みゆきとエイは、そっと目を合わせた。2人にも事情はなんとなく想像がついた。あきさんは愛する人を妹に奪われて、許せないまま今まで長い間、苦い思いを引きずっていたのだ。  よしのさんの面倒を見ることにしたのは、自分の気持ちを鎮めるためだったのかも・・と、みゆきはなんとなく謎が解けたような気がした。

「入院中の夫は、もう自分の最期を悟っていて、あきに逢って、詫びを言いたい、それだけが心残りで、死ぬに死ねないと・・」

エイはみゆきを見た。さすがにすぐには答えられないのだ。みゆきにもわからない。あきさんなら、拒否しそうな気はする。エイがゆっくりと答えた。

「あきさんがどう答えるか、私にもわからないけど、その通りを伝えるしかないんじゃないですか。あの花鉢はあなたが贈ったのでしょう? あきさんは全部外の西側に放りっぱなしにして、枯れさせてました」

エイは事実そのものを話してしまった。ふきさんは、うなだれてつぶやく ように言った。

「そうでしたか・・せめてお詫びにと、毎年姉の誕生日に贈ったのですけど、そうですか・・」

エイは続けて言った。

「でも、あきさんに詫びたい、という人の気持ちを伝えてあげた方がいいと思います。今から行きましょう。時間がもったいないですよ」

エイはすぐにも立ち上がった。みゆきはエイの決断の早さと的確さに、見直す思いがした。

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