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3章-(7) ノースポール

明日から連休という日。

図書室から教室に帰ると、エイがみゆきを待ちかねて足踏みしていた。その顔は今にも吹き出しそうな、それをがまんして何くわぬ表情にしていようと苦労しているような、奇妙な気配だった。

「みゆき、ちょっと来て」

みゆきが本を机の中に入れるのももどかしそうに、エイはみゆきの腕をひっぱった。引きずられるようにしてついて行くと、下駄箱でくつをはかされ、校門のほうへつれて行かれた。抵抗して手をもぎ離そうとすると、エイはいっそう力をこめて引きよせた。

「いいから来るの」

ようやく2人が立ち止まったところは、校門の近くの花壇の前だった。

「これ見て。みゆきは何を植えたの?」

みゆきは目を見はった。〈内藤みゆき〉の札の1画には、1面にびっしりとみどりの芽が吹き出していた。たたみ半枚ぶんの区画に、丸い豆つぶのような若葉と、細長い針のようなのと2種類の芽が!  あまりに密集し過ぎて、真ん中はもりあがり、3角に持ちあがっている。

みゆきはすみの2か所に置いた石を取って、その下にかくしてあった種の
袋を2枚、エイに見せた。

「ノースポールと、矢車ギクだったの!」

エイはすっとんきょうな声をあげた。

「まさか、まさか、2袋ぜんぶ植えちゃったんじゃ・・」

だめなの?  こんどはみゆきがびっくりする番だった。種ぶくろをエイの手からうばって、裏側の説明書を指さした。30x30の数字のところを。

「・・・」

エイは笑い出しながら言った。

「この数字は、その広さに1粒植えなさい、ってことなの」

みゆきの目が丸くなった。知らなかった!  説明書をちろっと見て、なんて簡単、と気らくに手シャベルで土をほんの少し掘り、種を2袋ぜんぶばらまいて、その上から土をうすくかけておいた。5分もかからない作業だった。

「ノースポールはね、とってもじょうぶで元気で、1株で白菜ほどの大きさになったりするんだ」

「・・・・」

それじゃ、この区画ではノースポールを5株植えたらいっぱいじゃない!

みゆきの目に、花たちが押し合いへしあいしている様が見えた。70粒は あったかも。その上ノースポールの側には、矢車ギクの群れが押し合いすることになるのだ。

エイは声をたてて笑っている。みゆきもくすぐったいような、おかしいような、あまずっぱい温かいものがこみあげてきて、膝を抱えて座りこんだ。

そんなみゆきを、豆つぶのような小さな葉っぱの群れが見上げていた。
種をまくと、こうして植物は芽を出してこたえてくれるんだ。なんだか心の底まであたためられて、そのうち何かの小さな芽が開いてきそうだった。

「あーあ、おかし。みゆきはなんでも知ってると思ってたのに。でも、心配しなくてもいいよ。もう少し大きくなったら、植え替えすればいいから」

エイはそう言って、花壇を見わたした。植えかえの場所はどこにもなさそうだ。エイの持ち場の1画には、予告通りコスモスが植えてあって、5センチほどに伸び出していた。

火曜日の放課後、園芸部の活動日は、みゆきの〈失敗ばなし〉で大にぎわいになった。みんなはみゆきの花壇をとりかこんで見物し、笑いに笑った。

「こんなの初めてだね。かーわいい、内藤さんも、種も」

川井部長の言葉に、またみんなは笑いくずれた。みゆきには笑われることが苦痛ではなく、気持ちはかえって安らいでいるのが、ふしぎだった。

どこへ植え替えするかを、みんなで考えてくれた。このときもエイが意見を出した。

「花壇のまわりをぐるっと全部、ノースポールで囲んだらすてきだと思いまーす。残ったら、他の場所を探してもいいかも・・」

「さんせーい」

「それいい、30センチおきに1株ずつ植えるといいわ。1週間待って、 根がもう少ししっかりしてきたら、みんなで植えかえしましょ」 

川井部長の結論に、みんな賛成した。

「花壇大改革のきっかけを作ってくれて、ありがと、内藤さん」

このひとことに、またまた笑いがはじけた。

「よかった、ふふ、よかった」

エイは帰り道、かばんを頭上のマテバシイの木に投げ上げるようにして、 くり返し叫んだ。並木は今、やわらかな葉をしげらせ、歩道にレースもようの影を落としていた。

みゆきがエイを見上げると、エイは歌うように言った。

「だーれかさんのえくぼを初めて見ました。だーれかさんはたぶん知らないでしょう。だーれかさんは笑えるのですねえ」

え、わたしのこと? 笑ったっけ?   知らないうちにみんなといっしょに? 

エイは先に立ってスキップを始めた

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