6章-(4) 結城君の決勝戦
若杉先生に言われたことがある。
「中間や期末テストで、一度に成績を上げようとしても、笹野にはムリだ。が、ふだんの小テストの時に、満点を目指して精一杯やるんだ。その小さな精一杯が集まって、大きな力になるんだよ。野球選手がコツコツとバットの素振りをしたり、ランニングを続けて、筋力を養うのと同じなんだ」
香織はそれならできる、とうなずいたのだ。時間をかけて繰り返して、積み上げるしかないんだ。編み物の1針1針の積み重ねで、1つの物を仕上げていくのと同じなんだ。
直子から電話が入ったのは、2時を回った頃だった。週番の連絡を受けて、電話に出ると、興奮した直子の声が、耳に飛びこんできた。
「オリ、今からすぐおいでよ。ポールたちが決勝に出るんだよ。すっごい シーソーゲームで、マッチポイントがなかなか取れなかったの。スリルよ。わくわくしちゃって、応援もすごい騒ぎなんだ。これ見ないなんて、一生の損よ」
思い出のない青春なんて・・ふいにパパの声が重なった。
「30分の休憩に入ったから、電話ボックスを探し回ったの。早く来て! 小テストなんて今夜頑張ろう、手伝うからさ」
息抜きのない勉強なんて・・誰がいったのだろう、あれは・・。
「いいわ、行く!」
「そうこなくっちゃ。体育館の入り口で待ってる。服はそのままでいいよ」
香織はクフッと笑った。今朝も直子はコイン様の登場を願って、白開襟シャツにシーンズのタイトスカートという、すっきりスタイルで出かけて行ったのだ。
香織はミニスカートに、ベージュの T シャツ姿のまま、ポシェットを腰の バンドに下げて、駆け出した。
サクラ並木は重そうな緑のトンネルとなって、香織の頭上におおいかぶさっていた。カバンもノートも持たずに、この道を走るのは何日ぶりだろう。 清和の校門を出るのも久しぶりだった。
直子に迎えられて、体育館に入ると、館内は大変なこみようだった。星城の男生徒たち、教員たち、父母たちもいる。清和の女生徒も寮生たちも大勢 来ていた。
「おう、笹野も来たか」
とつぜん左肩をつかまれた。あ、先生。若杉先生だ。香織はどぎまぎした。
「今日のは見逃せないよな。しっかり応援してやれ」
香織は驚いて先生の顔を見返した。時間のムダをして、と注意されるかと 思ったのだ。先生はもう一度、香織の肩をトンとたたいた。
「笹野はよくがんばってる、と職員室で評判だぞ。英語の近藤先生も国語の田辺先生も認めておられた。小テストを手抜きせず、コンスタントに点を 重ねているのは、えらい、ってね」
香織は耳まで真っ赤になった。胸の中がじわあと熱くなって、涙が滲み出してきた。うれしい。頑張ってることが、先生たちに伝わっていたのだ。
香織は先生のまわりを目で追った。今日も宮城千奈が来ているはずだった。が、先生の側には音楽の日野先生や、坂田先生など、清和の若い先生たちが5人ほど固まっているだけだった。
どっと会場がわいた。拍手も起こった。選手たちの登場だ。いよいよ決勝戦が始まるのだ。
直子に押し出されて、チビの香織はネットの近くの最前列に座った。観客席は1階と2階にある。2階は手すり沿いに見下ろす形だが、1階は縄を張り巡らしただけの簡単なものだった。
香織の席からは、前衛のポールや結城君の姿がよく見えた。2人とも観客席など目もくれず、仲間たちと打ち合わせをしている。
笛が鳴った。選手整列、一礼。ジャッジが位置につき、サーブ権が決まった、さっと選手たちがコートに散った。
先攻は相手チームの恒成高校。優勝候補ナンバーワンだ。ボールが上がった。いっしゅん、息をのむ気配が館内を走る。キューンとカーブを描いて、ボールが星城のコートに落ちた。
星城の後衛が受ける。ポールにトス。結城君のスパイク! 敵はあっという間に回転レシーブで打ち返す。
息詰まる戦いの始まりだった。ボールは激しく行き交った。ナイスプレー、ナイスレシーブのたびに歓声が沸いた。
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