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8-(6) ろうかに座っとれ!

ベルが鳴って決闘が終り、皆がぞろぞろと教室へ戻ると、中野まゆ子たち 数人だけが、座席についていた。教卓の前には、田中先生が腕ぐみをして、しぶい顔で待ちうけていた。

「どこへ行っとった! 授業は始まっとる!」
窓ガラスが、ビビィンとひびいた。みんなぎょっとして、あわてて席につこうとした。

「遅れたもんは、立っとれ! いや、黒板の前へ並べっ!」

ノロノロ、ぞろぞろ、皆押し合いながら前に出た。人数が多いせいで気強いのか、にやにやしている者もいた。それでますますタヌキのきげんが悪くなった。

「横山っ、三上っ、学級委員までいっしょに何をしとった? 決闘したのは、ほんまか?」

まゆ子たちが告げたのだ。

「ほん・・」言いかけたマリ子の手を、三上裕子が強く引いた。
言わんの! わかった? わかった!

マリ子はだまった。急にひらめいたのだ。先生をますます怒らせるだけだ。理由をすべて説明するとしたら、ひいきをした先生を、みんなの前で責めることになる。しかも、怒った先生が、昭一をまたこっぴどく、しかることになるに決まってる。

さんざん説教された後、みんなは席にもどされた。先生は怒りで赤黒くなった顔をそむけるようにして、つけ加えた。

「戸田と大熊はろうかに座って、頭をひやしとれっ。鐘が鳴ったら、職員室へ来い!」

やっぱり、まゆ子たちが伝えてあったのだ。決闘の張本人はマリ子と昭一だ、と。クラス中がどよめいた。マリッペがすわらされるんじゃて!

マリ子は少しも悪びれずに、外へ出た。先生に罰を与えられて、むしろせいせいしていた。これであのいやな〈がんじがらめ〉から解放される! 昭一の方はむくれ顔のままついてきた。

マリ子が並んですわろうとすると、昭一はさけるように遠ざかった。それで2人は1メートルほど離れてすわることになった。

「怒っとるん? なんで?」

と、マリ子が聞いても、昭一は返事もしない。マリ子がそっぽをむくと、ぶつぶつ声が聞こえた。

「決闘やこ始めやがって、ええめいわくじゃ。どはちまんの、おとこ女!」

聞き捨てならない。

「そう言うあんたは、女男か? すんだことに、ぐずぐず言わんの!」

「ひいきもんにひいき言うて、何が悪い」
「ふーん、だ。ひいきしてもらいたいのに、してもらえんけん、そう言いたいんじゃ」

ついマリ子の口がすべった。昭一はとびかかってきた。痛いところをついたのだ。マリ子はひょいとよけた。どたっと音を立てて、昭一がろうかにたおれた。

とたんに、教室の戸ががらっと開いた。

「うるせぇ。まだこりんのか。静かにせい!」

タヌキが首だけ出してどなると、また引っこんだ。昭一はふくれ面のまま、もとの位置に戻った。

「人のいやがること言うて怒らせると、こういうことになるの、わかった?」

マリ子のおどしがきいたのか、返事なしのままだった。ほんとは、もっと  ちがったふうに昭一と話したいのに、ついねじれてしまう。マリ子はため息をついた。

教室の中は、ようやく落ちついたらしく、国語の教科書を読む声が、ばら  ばらと聞こえて来た。ろうかに近い座席のまゆ子の声が、大きく聞こえて  いた。しっかりと正確に読んでいる。委員に立候補するだけのことはある、とマリ子は見なおした。

じっとしていると、じんじんと体のあちこちが痛み出した。血のにじんだ  すり傷が、両うでから首すじにいくつも、顔にも、それからズボンの下の  脚にもあるらしい。ポケットの赤チンは、ほこりまみれで使えそうもない。ろうかに正座というのも、脚の痛む元だ。

決闘は、痛いものだ。気分はさっぱりするが、それでも痛いのはたしかだ。昭一もそう思ったにちがいない。傷口に息を吹きかけたり、すわり方を変えたり、身動きばかりしていたから。

ふと見ると、そうかの窓の外のサクラの木の枝に、スズメがとまっていた。マリ子が気をとられていると、外のわたりろうかのふみ板が鳴った。どっしどっしと大人の足音が近づいてきた。

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