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1章-(1) 寮に戻り直子と再会

わあ、懐かしい!まだ暑くてたまらないけど、正門を入って、けやきの高い木や、桜並木の影のおかげで、香織はかすかな風を感じながら、西寮に着いた。1学期のようにビリ到着ではなかったけど、ほとんどの人がとっくから着いてるらしく、寮内は騒がしかった。

かえで班1号室は元のまま、直子の羅針盤は在室だ!香織が笑顔いっぱいでドアを開けると、テーブルの上の、ダンボール箱の荷物が目にとびこんで きた。ママが送ってくれた香織の荷物、3箱だ。

「オリ!お帰り!」

直子が飛んできて、香織を抱きしめた。お久しぶりと言わないのは、8月の高尾山登山の後、香織といっしょに、大阪の香織の家に3泊したからだった。香織のパパと再会し、ママには香織がお世話になって、と礼を言われ、姉の志織といっしょに、服部緑地園にも行った。香織の祖父にも気に入られて、直子としては最高に居心地のいい旅だった。

直子はいつも通り、香織の荷物の整理を手伝ってくれた。箱のひとつは、 仕上がった例の〈額縁入りアジサイモチーフ〉14個入りと、余分に新品の額縁も10個 加えられていた。これは大阪で、直子はもう見せてもらって知っていた。

もうひとつの箱は、着がえと秋用の衣服に、毛糸のグレーを中心に、様々な色の玉が、まとめて空き箱に詰めたもの。これは、香織の才能に気づかされた、ママからのプレゼントだった。最後の箱は、香織が食べられるようにと、クッキー、せんべいなどの菓子類、ブドウ、ナシなど果物類、ナッツ類、チーズ、チョコレートなどが詰められていた。

「ありがたいねえ、香織のママ、こんなに色々入れてくれて」
と、直子の方が、困ったようにため息をついた。

「あたしは見るだけにしとくけど、たまーに、ちょこっとおすそわけをね・・」
「クフフ、もちろんよ。ダイエット続いてて、えらいな」

直子は一学期の最初にくらべたら、4キロくらいやせたようで、すっきりと美しく見える。

「この額縁入りのモチーフを、教室に持って行く時は、あたしに任せて。 これ、重いよ。オリが持ちきれなくて、落したらガラスがわれちゃうもの」
「ありがとう、お願いね。いっしょに持ってくれたら、私も助かる」

直子は他のことが気になるらしく、こう言い出した。

「10月になったら、お部屋替えになるよね。オリと別々の班で、別々の 部屋なんて、いやだなあ。でも、1年間続いて同じ部屋の人は、一度もないそうだし・・」                          「部屋を行き来すればいいのよ。私には直子は恩人で、親友なんだもの。部屋が変わっても同じよ」と香織が言えば、
「あたしも。この友情は一生ものだと思ってる。大人になっても結婚しても、ずっと友だちでいようね」

香織も同じ気持ちだけど、つい笑ってしまう。早くも結婚なんて言葉が出るなんて、直子はそんなことも考えてるんだ。長女だし、家の跡をつぐことも考えてるのかしら。ポールとはどうなるのだろう。直子はいつも、香織の 一歩先を生きてるみたいだ、と香織には思える。

香織は荷物を整理し終えると、早くも編み物を取り出して、編み始めた。 9月末の土日の文化祭までに、あと少しでも増やしておきたかった。ママは香織が勉強のかたわら編み物をしても、もう何も言えなくなっている。  ミス・ニコルが香織の特技と認めてくれたことを知り、香織が作った実物を見て、禁止するのは才能を潰すことだと悟り、毛糸の玉を荷物に入れてくれるほどに、考えを変えてくれていた。

「オリ、一学期みたいなカレンダーの印はどうするの?」
「続ける、やっぱり勉強をちゃんとして、編み物もするって決めてるから」
「じゃ、あたしもそうする。勉強とダイエットとね。オリ、なんだかしっかりしてきたみたい。志織おねえさんに会えたからかなあ」  

「そうね、それだと思う。おねえさん、いっぱい大変な思いしてて、2学期は亡くなった親友の裁判の証人にもなるはずなの。他にもいろいろ教わったの。男の人とのお付き合いのこととかね。私にはどうしていいのか、よくはわからないけど」

直子はちょっと考えこんで、それから言った。
「おねえさんは2歳年上だけなのに、大変な体験をしてるのね。あたしたちもどんな事に巻きこまれるかわからないけど、その時せいいっぱい考えて、しっかりやっていこうね」

香織はその言葉を聞いて、江元寮監先生が話してくれた、ユキさんが1年の3学期に体験したという、寮での盗難事件の証人の立場になった話を思い出していた。ユキさんみたいに、なるべく毛高くをモットーにしていよう、とあらためて思った。  

 (画像は 蘭紗理かざり作)

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