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(81) 誤解

みっともないな、朝子は洗面台の鏡の前で、けんめいに前髪をなでつけました。りっぱなおでこが、ぬれて張りついた前髪のあいだから、丸見えです。猫っ毛のほそーい髪で、ひたいがやっとかくれるほどの、薄い量しかないのに、ぬれるとバーコードみたいになって、隙間だらけになるのです。気になりだしたのは、S君の視線を意識し始めたからでしょうか?

ほかの女の子のだれより、おでこが広いのです。うすい前髪をたいらになでてみても、むき出しみたいに見えてしまうおでこが恥ずかしい、と思い始めたその日から、朝子には妙なくせがつきました。 


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廊下でだれかとすれ違うとき、ふっと後を向いて、対面するのをさけるのです。相手がS君となるとなおさらです。よそ見して早足で逃げ出し、その後でチャンスを逃したような、悔いを感じるのでした。

ある日、カバンの中に、男文字の手紙が入っていました。

S君だ、と胸とどろかせて封を切ると、他のクラスの知らない人からでした。

「君はぼくのことが好きなんですね。最初は信じられなかったけど、今はぜったいそうだと思えて、廊下で会うのが楽しみになりました。いつもふり向いて、ぼくを見つめてくれるからです。明日の昼、図書室で待っています。M.M.」

どうしよう! うしろから来る人なんて、気にもしていなかったのに! その人の顔を見てもいないのに! おでこが気になってただけなんて、とても言えやしない。どう返事したらいいの?

この誤解をどうとくべきか、朝子は悩みぬいています。


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