見出し画像

 7章-(7) 贈呈式の日

直子は香織のニットの仕上がりのアイロンかけを、内田さんの小型アイロンに奪われて、少々むくれていたが、短い時間で〈額縁アジサイ〉に仕上げて帰る、当番の2人のことを知ると、仕方がないと諦めてくれた。

香織の勉強のカレンダーは順調に○が続き、ニットの方も週に3~4枚ずつ仕上げていると、、2月の2週目のおわりには、24枚がそろった。支援隊6人のおかげでアイロンかけと額縁入れを終えて、箱に重ね入れてあった。

香織はさっそくさくら班の渡辺さんに、出来上がったことを伝えた。
「まあ、頑張ってくれたのね。それでは、さっそく〈贈呈式〉ね。もう、皆には大体のことは話してあるの。2階のラウンジに集まって、さくら班から順に、ご自分の選んだ柄のを渡してもらって、皆でその額縁を持って、記念写真を撮りましょう、ってね。2年生の宮城さんに写真は頼んでおいたわ。あの人いつもカメラを抱えてるから」
「何日にします?」
「明日の午後2時にしましょうか? 日曜日だから、教会にお出かけの人が、お帰りになる頃だと思うの。今から皆さんにその事を伝えて、準備しておいてもらうわね」
「よろしくお願いします」

香織はひと仕事終えた喜びで、足取りも軽く、10号室の直子を訪ねた。あすの〈式〉のことを伝えて、額縁ニットを入れた箱を、運ぶ手伝いを頼むためだった。
「こんなに早く終えられてよかったねえ。よく頑張ったよ、オリ。運ぶの
くらい手伝わせてよね。あたしも、その〈式〉を見ていたいもの」

その翌日の午後2時に、直子と箱を支え合って、2階のラウンジへ行って みると、3年生たち全員が、それぞれよそ行きの服装で集まっていた。  2年生の宮城さんがカメラを首にさげ、そのまわりには新聞部の人たちや、他の2年生も噂を聞きつけて、へやの隅にえんりょがちに固まって見つめていた。

「笹野さん、このテーブルの上に額縁を置いて、お渡ししてある〈名前と 希望の柄番号〉の一覧表を見ながら、お渡ししてくださいね」
と、渡辺さんに言われて、香織は一覧表を机の上に置き、直子が箱の中から額縁ニットを柄ごとに、重ねて並べた。

さくら班から香織が名前を読み上げ、柄の番号を言って、直子にそれを渡してもらい、ご本人にお渡しした。6人目が渡辺さんだった。受け取った人 たちは、それぞれに、自分の選んだ柄を見ながら、嬉しそうに抱きしめて いる。こうして24人に渡し終えると、自然に拍手が起こった。

その拍手の中で、渡辺さんが、白い厚めの封筒を、香織に渡して言った。
「あなたのお時間を頂いて、このあじさい寮の記念となる額縁アジサイを 作って頂き、ほんとうに有り難うございました。これは材料費と、ミス・ ニコルにご相談して、伺ったあなたへの御礼のお代です。少ないですけど、お許し下さいね。有り難うございました」

元寮長の声に合わせて、全員が「有り難うございました」と声を揃え、香織におじぎをした。香織は恥じらいながら、その白い封筒を受け取った。

「それじゃ、記念写真を撮りましょう。宮城さん、お願いしますね」
並び方まで決めてあったみたいに、スムーズに班ごとに並んで、額縁ニットが見えるように、皆が右胸の辺りに捧げ持った。

「笹野香織さん、あなたがこの前列の中央に入ってね。作者はあなたなのよ!」
と、渡辺さんが大きな声で言い、前列は椅子に座っているのだが、その中央が空けられていた。

直子に背中を押されるようにして、香織は真ん中に座った。

宮城さんが、3年生に注文をつけて、顔を重ならないようにさせ、「にっこりして」と声をかけながら、2度3度と写真を撮った。

終って、ほっとすると、だれかが大きな声でこう言った。

「ねえ、卒業式の日に、西寮の玄関の前で、この額縁アジサイを持って、 記念写真を撮りましょうよ。今日のもいいけど、晴れ姿で寮といっしょに 撮れたら、もっとステキな気がするの。江元先生も入って頂いて!」
さんせーい、さんせい、それいい、の合唱が続き、渡辺さんも笑いながら、
「それいいね。それまでにテストや大学受験などあるけど、みんな頑張って、笑顔でその日を迎えましょう」 

そのうちに、ラウンジにいた2年生たちが騒ぎ出した。
「あじさい寮の記念の品を作ってもらって、あんな記念写真を撮ったり、 卒業式の日にも、あの額縁アジサイを持って写真を撮るなんて、私たちも やりたいよ」
「そうよ、ぜったいやりたいわ。作者といっしょの寮にいるのよ。作って もらいましょうよ。あと1年しかいられないもの」
「お願い、笹野さん、私たち2年生にも作ってください」
「卒業するまででいいから、時間はありますから、ぜひお願いします」
その中に、宮城さんの声もあった。香織を見つめながら、お願いしますと、はっきり言った。皆が香織の答を待ってるみたいに、香織を見つめていた。

香織は言わなくてはならなかった。
「私のクラスの人たちのが先にありますけど、1年先の卒業式までなら、 なんとかできると思います。・・私がこの寮にいられましたら・・」
後半は口の中でつぶやくように言った。パパのことが、ふいに浮かんで来たのだ。約束を簡単にしておいていいものか、と不安になっていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?