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 6章-(3) 兄貴史の帰国

香織も志織も驚いたことに、貴史にいちゃんは、翌日の日曜の10時には、もう実家の玄関に現れ、ノッシノッシと居間に入ってきた。。

「オー、みんな元気だったか? 久しぶりだなあ!」

ママもいっしょに3人は、仰天した。3人でこれから午前中の面会時間に 間に合うよう、出かける準備を終えたところだった。香織はいつもの小さなリュックを背負っていた。
香織は貴史を見て、パパにそっくりで、パパより背も巾もあるのに、驚いてしまった。こんなに大きくなっていたんだ!

「何時の飛行機に乗れたの? こんなに早く来れるなんて・・」
ママがあえぎながら言った。

「おふくろから電話もらったのが、午後の2時頃だったな。キャンパスの はずれにある寮にいて、教授はゼミの最中だとわかってたから、研究室の 外で終るのを待って、すぐに相談したんだ。教授にすぐ帰国しろ、って言われた。論文より命を先に考えろ、って言われてさ。すぐに空港に切符の手配をしたんだ。運良く19時過ぎの成田までの直行便があったんだ。乗ってたのは10時間半くらいだけど、前後に時間かかるだろ、あれが焦れったい よな」

「わかる、わかる。いいこと言ってくれる教授で良かったね、おにい」
と、志織が貴史の背中を叩いて、笑った。志織は小さい頃から、兄をおにい、って呼んでた。
「ほんとに尊敬できるすばらしい先生なんだ。時々、先生の家に招いてくれることもあってね。奥さんや3人の子どもたちも、気持ちよく迎えてくれて、ご馳走してくれるんだ」
「わあ、そんなにいい関係を持てるなんて、おにいはラッキーだね。うらやましいわ。それで、今朝のいつ頃、帰れたの?」

「成田に着いたのは6時過ぎだったけど、その後、羽田へ行って羽田から 関西空港まで1時間半で来れちゃうけど、乗り継いだり、切符買ったりで この時間になったのさ」

ママが時計を見て、貴史を急かした。
「おじいちゃんに顔を見せて、病院へ行ってきます、とだけ言ってらっしゃい。帰ってくるまで待ってて、って言うのよ」
「わかってるよ、じゃ」

志織が貴史のボストンバッグを、茶の間のすみに置いた。

貴史はすぐにおじいちゃんの部屋から戻って来て、
「急いで行こう。車はオレが運転するよ」
「大丈夫なの? スピード出さないでよ。それとハンドルが逆だからね」
と、志織に注意されながら、4人はパパの車に乗りこんだ。最後の乗りこみかけた香織に、兄は言った。

「やあ、香織だあ、大きくなったなあ。こんなちびっ子だったのに」
貴史に言われて、香織は恥ずかしそうに笑った。

「今頃気がついてるよ、こんなかわいい子、おにいのまわりには、いない でしょ?」
と、志織に言われて、貴史はシートに座ってハンドルをにぎりながら、香織をもう一度見つめ直して答えた。
「ほんとだ! こんな美人だったんだ! ヒャハハ、知らなかったねぇ、ただのちびっ子と思ってたのに」
「美人ていうのとも、違うんだよね。アメリカの美人は、すごく目鼻立ち はっきりくっきりしてるでしょ。オリは違うものね」と志織。

いいから、もうそんな話止めて、と香織は志織の腕をつついてささやいた。

車は町中を過ぎ、まもなく病院に着いた。

パパの病室に入ると、パパはうっすらと目を開いているように見えた。
「おやじ、バンクーバーから飛んで来たよ。マグレガー教授がよろしくって。回復を心から祈っている、と伝えてほしい、って言われたよ。聞こえ てる? おやじ」

香織はパパの目が、かすかに動いたのが見えた気がした。

「聞こえたんだね、パパ」
と、志織がそっとだが、感極まって言った。 

横田先生と看護師2人が、ノックと同時に入って来られた。
「お、これはお揃いで・・」
と挨拶を仕掛けて、先生は貴史の陰にいたママを見つけて、声をかけた。

「今朝、検査でわかったんだが、クリッピングに少し不具合があるようで。もう一度、やり直します。申し訳ないが、今日これから早速かかりますので、廊下か、待合室でお待ち下さい」
「はい、先生、わかりました。どのくらいかかるのでしょうか」
「開けてみなくては・・はっきりとは申し上げられません。一度お帰りに なって、昼をすませていらしてもかまいませんが・・」
「いえ、待たせて頂きます。お昼にかかるようでしたら、父が家で伏せっておりますので、一旦家に戻ることにいたします」

貴史がママを押すようにして、廊下へ向かい、香織と志織も後に従った。

「心配だわ。不具合って、何だろう。クリッピングしたのに、血がにじみ 出したりしてるのではないかしら」と、志織。

香織は両手を強く握りしめて、無事に終りますように、と祈リ続けていた。

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