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2章-(5) エンドレス追憶

たぶん、エイがクラス1背が高く、重いだろう。そして1番声高く笑っているのが、栄子自身だった。みゆきはひとことも口をきかず、うつむいているだけ。

そんなみゆきが気になるのか、松尾先生はみゆきの席の方に近づいて来ながら言い足した。

「体操服とか、上靴とかもう準備できたの?」

「まだですよ、先生。何色のを、どこで買うのか聞いてませーん」

 と、エイが遠慮もなく脇から答えた。

まわりの連中が、口ぐちに声を上げた。

ブルーのジャージー!

上靴は白!!

駅前のエルムで買えるよ!

「先生、リコーダーも注文するんだよ」

誰かが叫ぶと、そうだよ、希望者はね。先生、忘れたの、とこれも遠慮が  ない。

先生は騒ぎをよそに、みゆきの方をのぞきこんだ。

「内藤さんもまだかい?」

あ、先生はわたしの名前を知っている!

みゆきはどきどきして、うなずくしかなかった。

「きみたち2人は、後で必要品のリストを渡すから、なるべく早く用意しておくといいね」

先生はそれだけで終わって、みゆきはほっとした。

とにかく押し入れの中で昼を食べ終えると、みゆきはまた明かりを消して、布団にあおむけに寝転がった。暗い中にほんのひとすじ、ふすまのすきま  から外の光がさしこんでいて、外は晴れた春の昼間なのだと告げている。

押し入れの中でひとり静かにしていると、必ず浮かんでくる情景があった。まるでドラマのシーンのように浮かび上がり、エンドレスであの日を再現 しはじめるのだ。

池の流水の他は、シーンと静まり返っていた土屋家の庭。塀からはみ出していたハナズオウの枝。みゆき姉妹のひな人形の飾られた8畳の和室。ちらしずしの、甘酸っぱいにおい。ボトルを片手に、廊下に並べた花鉢に、水やりしていたみゆき。

みゆきがいくら頭をはげしくふって、消し去ろうとしても、決して消えてはくれない。

それといっしょにみゆきの胸に浮かんでくる言葉は、いつも決まっていた。

(どうして明美は、わたしに黙って消えたの?)

親たちはお金がからんで黙って消えるしかなかったとしても、明美はわたしに言ってくれたっていいじゃない。わたしの何倍もよくしゃべって、何でも打ち明けてくれてたのに。

「いっしょに行く約束だったけど、香園女学園には行けなくなったの。この家にも住めなくなって、遠くへ行かなくちゃならないの。ごめんね」

空想の中では、あの誇り高い明美がそこでみゆきに頭をさげ、涙をはらはらと流すのだ。
わがままで、いつも輪の中心にいないと気がすまない人、みゆきを妹分か 子分みたいに引き回していた明美が、初めて弱みを見せる場のはずだった。

でも、気がついてみると、現実はなんというちがい! 恨みいっぱいの、 みじめなみゆきが、ひとり取り残されているだけなのだ。

スーパーでの買い物をすませて、戸口の鍵をかけた時、ジャラーンリリリリとケイタイの音がした。

開けると、ちはる姉からのメールだ!

「別居メール、第一号! おひさしぶり! みゆき、どうしてる? 私はへやの片づけでへとへとよ。みゆきは転校のこと、ショックが大きすぎると思うけど、くよくよしないで!  いい?   過去はふり返っても、絶対もとには戻せ ないし、わたしたちにはどうしようもないでしょ。だから、忘れるのよ、わ・す・れ・る・の! いい!   で、入学式はどうだった?   きかせてね。ママは忙しがってる。担任はなくなったけど、ピアノ発表会が月末だからね。パパのことも知らせてよ。ちはる」

お姉ちゃんらしいな。前だけ見つめて、まっしぐら。何もかもけちらして、踏み越えて、ばく進だ! みゆきにまねのできるはずがない。

わ・す・れ・る・の! だって。 忘れられたら、どんなにラクだろう!

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