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1章-(10) 事件の話続きと

「それで、その疑われた友だちは・・?」と、言いかけた香織に、先生はすぐに答えた。

「ユキさんは嘘のつけない人で、神さまに嘘はつけないと、はっきりほんとのことを証言したのです。つまり、その友だちは盗みをしたのに認めず、 もう少しで、週刊誌に自分の無実を訴えて、学園のひどさを日本中に知らせ、学園を貶めようとまでしかけたので、ユキさんは証言を決意して、学園は守られ、友だちは病気になってしまって、救急車で入院しました。

学園側では先生たちで相談し、その人を〈迷える子羊〉として許し〈退学〉にはせず、〈休学〉にしました。お預かりした生徒を、よく導いて、守りぬくことが、この学園の方針ですものね。   [註『あじさい寮物語 (3) 』]

私は神さまに支えて頂いているけれど、実際にはどれほど、寮生の皆さんやまわりの人に、支えてもらっていることかと、しみじみ思います。あなたにも聴いて頂いて、少し救われる思いです」

江元先生につられて、香織も頭を下げながら、先生はこんなにくわしく、  卒業生の話を香織に伝えていいのかしら、とちらとそう思った。でもきっと、ビリ以下で入学することになった香織も、学園でよく導いて守りますよ、心配しないで、と言って下さっているのではないか、と香織はぼんやりとそう思った。

「ユキさんはクリスチャンではなかったけれど、チャペルの椅子に座って、お祈りする姿を見かけたものです。

長話をしましたけど、あなたに関係ない話ではないのです。あなたはなんとなくユキさんに似てるところがある気がしました。ユキさんにくらべれば、元気さはかなり足りない、おしゃべりでもないみたい、友だち作りも、あの人ほど広くはできないかもしれない。もう少し元気になって、思っている ことを表に出すと、友だちも増えますよ。

でもね、あなたがユキさんによく似てると思えたのは、あなたがとても正直で、自分をかざらない、心のまっすぐな人だと思えた点でした。

あなたは編み物が好きで、仕上げて、人に差し上げて、喜んでもらえるのが嬉しいと書いてましたね。それはあなたには、根気があって、粘り強い、ということ。心の温かい人でもある。ユキさんもひとり暮らしのおばあさんを訪ねて、励ましあったりしていたようです。あなたもユキさんみたいなところがあるの。あなたのいいところに、自信をもつことね」

あの短い自己紹介の作文で、先生はこんなにも、香織のことをくみ取って くれた。そして、ユキさんというすてきな先輩の話をしてくれた。香織は 胸がいっぱいになって、心があったかくなるのを感じていた。先生は直接には、香織の成績の悪さには、何もふれなかった。でも、ご存じなことは察せられた。

「おかあさまのお話では、あなたには偏食があるので、心配なさっておいででしたけど、食堂の栄養士の先生にも相談してみましょうね。何が食べられないのか、お伝えしたりして。少し散歩をするとか、運動するとか、身体を動かした方がいいかもしれませんね」

そこまで考えてくださるのだ、と香織は申し訳なくてうつむいてしまった。

「最後に、もうひとつ言っておきますね。寮生活では、掃除や、食器洗い当番、週番など、時間にしばられますけど、時間を守ることは気をつけてくださいね。共同生活では大切なことだから」              と、先生はそう香織に注意をしてくれた。今日の入寮日に、たったひとり遅刻してきた香織には、痛い言葉だった。

1号室に戻ると、内山直子がもうパジャマに着替えて、ラジオ体操を、自分でメロディを口ずさみながらやっていた。

「ちょっとはやせないとね。今日の寮の夕食、おいしかったよね。あんなの続いたら、あたし、ダイエットしても効き目はあやしいわ」

香織は苦笑いした。自分には食べきれなかったのだから。

「江元先生に何言われたの」と直子。

「う? あのう、いろいろ・・。遅刻しないこと、とか。偏食だから、運動した方がいいとか・・。お腹減らしなさい、ってことかな?」

「そうよ、オリったら、あの夕食をずいぶん残してたじゃない。そりゃ助けてあげられるけど、オリが自分でエネルギーをちゃんと取らないと、勉強もクラブ活動もちゃんとできないよ。ほら、いっしょに体操しよう。そして、明日の朝食はちゃんと完食するのよ!」

直子にひっぱられて、香織もむりやりラジオ体操に加わることになった。 直子はすでに入浴はすませていたので、体操をすませてから、香織は1階にある浴室へ、初めて入りに行った。

6人ほどが入っていて、瀬川春子班長もちょうど入浴中だった。湯船の中で、瀬川さんが言った。

「あとで背中を流してあげるね。ここでは、友だち同士でそうしてるの。 あなたも今度から、内山さんとそうするといいわ」

お風呂で温まって、気持ちよくなって、ひとりでへやにもどりながら、ユキさんも入寮の時には、上級生たちのいたずらにひっかかって、大騒ぎしたり泣いたりしたのかしら、とふっと思い出して、同じだったのかもとクフッと笑ってしまった。

寝る前に〈試練〉を辞書で調べてみた。「信仰・決心・実力の程度を試み
ためすこと」「心の強さや実力の程度が厳しくためされるような苦しみ」「人生のある局面で遭遇する苦難」ですって・・。試練は、のりこえるものみたい、と香織は思った。

何もかもが初めてだらけの、忙しく刺激的な1日だった。

(2章に入る前に、雑記を1つ入れさせて下さい。最新の月刊誌の記事に私の文が掲載されましたので)

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