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(162) 自負

何事も凝り性の正が、大太鼓愛好会に加わることに決めたのは、厳しい夏の盛りの頃でした。八王子祭のハイライト、パレードの太鼓隊の勇壮なばちさばきと、音のひびきに、心奪われたあげくの決心だったのです。

ちょうど愛好会の10人ほどで、海辺の合宿所へ出かける時期だと聞かされ、正も強くお願いして、参加させてもらいました。

驚いたのは、太鼓打ちにも運動部なみの訓練があることでした。朝練に始まり、夕方もよく走らされます。

浜辺をランニングしている時、仲間の一人がある家を指さしました。

「あれが太鼓打ちの名人の家なんだ。早起き早寝の人で、気難しい人なんだって。僕らのだれも、まだ名人の太鼓を聞かせてもらえたことはないんだ」


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正は大いに気をそそられました。訪ねてみよう、当たって砕けろだ、と心に決めたのです。

翌朝5時、こっそり宿を抜け出して訪ねて行くと、老名人は家の前で体操をしていました。単刀直入に太鼓を聞かせて下さい、と申し入れると、あっさり追い返されました。

根比べだな、ようし。正は昼休みにも、夕方にも、翌朝も通い、お願いし続けました。

三日目、7回目のまだ暗い早朝の訪問で、名人のいかつい顔が、微妙にゆるんだ気がしました。根性あるぞ、と認めてくれたようです。

正に手伝わせて、大太鼓を担がせ、浜辺に据えました。正は嬉しさと緊張でドキドキしっぱなしでした。

名人は太鼓を前に、しばらく瞑目した後、おもむろに太いばちを振り上げると、打ち始めました。

ドーン、ドーン、ドドドーン,

ドンカッカッ、ドンカッカッ・・

正の全身に響き渡り、脳天までしびらせるほどの力強さです。おお!目標が見えた感じ!

浜に陽がさし始めました。朝日が昇るところでした。名人は東の空をばちで指すと、力強く言い放ちました。

「どうだ!わしの太鼓が 日を昇らせたろうが!」


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