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2章-(10) 香織 落ち込む

若杉先生は,取り巻きの上級生たちに言った。
「君たち、また今度ということだ。先生の大事な仕事だからな」

「ええっ、先生、まだ途中なのに、行っちゃうの?」

「記事が中途半端になっちゃう」

「インタビューの途中なのに。こっちも新聞部の仕事なのにぃー」

「だれ、あの子、先生をひとりじめするなんて・・・」

ちくちくする視線を背中にあびながら、香織は先生の後について、職員室へ入って行った。

先生には、丸印の並んだカレンダーを見せて、近況を伝えるだけなのに、 2年生たちを誤解させてしまって、香織は居心地悪い思いだった。


その日、夕食が終って、黙学時間が始まるまでの時間に、野田圭子に電話  をした。

「わあ、お久しぶり、私もお話ししたかったの」

と、圭子ははずんだ声を上げて、言った。

「あのね、実力考査の結果が出てみたら、私かなりいい方がだったの。一流校に入ってたら、びりっけつだったと思うけど、ここ、私にちょうどいいのかも、と思えた。クラスで8番だったって、担任が教えてくれて・・。うれしかったぁ」

「すごいねぇ、8番!」

香織は目を丸くして、ドキンとしていた。自分の今の状態をとても言えない、と思った。もともと圭子と話す時、話すのは圭子の方で、香織は口数少ないのだけど、今はいっそう口を閉ざしていたくなった。圭子は続けた。

「自分にあった所で、やればできるんだ、って思えたら、勉強やるぞ、って気になるものだね。今がまさにそれなの」

いいなあ、圭子は。香織は場違いな所にいるんだ、と気が沈んだ。ほんとは何もかも現状を話したいけど、あまりにみじめすぎて・・。

「ね、寮の話をしてよ。決まりが15もあって、ひどいって言ったじゃ  ない。オリは偏食で貧血ぽいから、毎日掃除なんて、参ってるんじゃないの?」

それなら、話せるわ、と香織はほっとする。

「あの15の決まりは、ほとんどが上級生がでっちあげた、いたずらだったの。掃除当番は1週間ずつ、廊下と、洗面所と、トイレの当番がまわって くるけど、8人で交代でやるから、毎日じゃないの」 

「なんだ、よかったじゃない。勉強の方は?」

「なんとかなってる。担任の先生がカレンダーをくれて、予定した勉強が できたら、丸つけて、1週間目に見せてる」

「へえ、面倒見がいいのねぇ。でも、なんだか小中学生みたい」

「フフフ、そうね。でも、私、補欠で入ったんだから、みんなについてくのは、特別に勉強がいるのよ」と、それだけ言うのが、やっとだった。

「そうか、それで、苦労してるんだ。頑張ってる人に、それ以上頑張って とは言わないからね。なんとかなるさ、で行こうね」

「そう、なんとかなってる、と思う」                と、香織はつぶやくようにそう言った。。

今日、若さまに丸7個つけたカレンダーを見せて、よくやってる、続けろよと短く言われて、それだけですんだのだから、この調子で行けば、なんとかなる気がするけど・・。

その日、廊下ですれちがった江元先生が、思い出したように、こんな話をしてくれた。

「日曜の教会で、ミス・ニコルとお会いしたら、カオリ、どうしてますか? ニッテイング進んでますか、と聞かれましたよ。あの子、いい子ですね、 ビー、ブレイブと伝えて、とおっしゃってた。気にかけて下さってるのね。編み物はどうしてますか?」

「・・とても・・そんな・・」

「でしょうね。若杉先生からも実力考査の結果をどう伝えようかと、相談 されたのだけど、そのままお伝えしたほうが、笹野さんはきちんと受け止めます。弱そうで、芯はあると思っていますよ、とお伝えしたのです」

香織は、ズシンと背に頭に心に、衝撃を受けた感じだった。先生たちはそれぞれに、気にかけて下さっているのだ。ビー、ブレイブだって? 弱そうで、芯があるだって? どうかそうなれますように! ユキさんみたいに、成績そんなによくなくても、人の心に灯をともせるような人になれますように・・。なるべく気高く、の半分でもなれますように・・。でも、ユキさんの成績は、香織ほどひどくはなかったんだよね。あーあ!

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