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ツナギ 1章(5)じっちゃの話

炉の部屋と1の広間に別れて、みなで食事した。少しの米とアワとヒエ、里イモが大部分の熱々の雑炊を、2本の松明の薄闇の中で食べた。食べている間にも、揺れは何度も繰り返した。

食事がすむと、じっちゃは炉の部屋と広間の間に立ち、両方を見やりながらこう言った。

「先に言っておくが、こうして食べられるのは、せいぜいもって、あと3日だ。この人数だからな。蓄えは心がけてきたが、去年の寒い夏のせいで、森の木の実もきのこも少なく、わずかしか残せなかった。

今年はたぶん去年よりはましだ。明日からは何としても、食料探しをせねばな。しかも冬のための備蓄もせねばならん。仕事はいくらでもある。子どもたちも頼むぞ。どんぐり集め、きのこ探し、木の実集め、干し草作りもだ。焚き木もいる。魚が獲れたらありがたいが、森のウサギやイノシシ、シカなど獲れれば、毛皮も使える・・」

すると、暗い中で声を上げる者がいた。「外の持って来た稲穂はどうする?あれも食料になるが・・」

「半分はモミとして、種用に残しておこう。残りは脱穀して、正月にでも みなで祝いに使うのはどうだ?」

じっちゃの提案に、同意の声がいくつも上がった。

ツナギは食料が3日分しかないと知って、急に不安になった。森にどれほどの食べ物があるだろ。こんなに大勢を養えるはずがない・・。じっちゃに何か策があるのか。昔からの言い伝えが、役に立つのか・・。もっと聞いて おけばよかった、とツナギはじっちゃを頼みに耳をすましていた。

オサがそれぞれ得意分野をもつ人たちに、仕事を割り振った。脱穀用の道具も、モッコウヤが引き受けた。

じっちゃは洞の外に炊事場を作る提案もした。岩場に柱は立てられず、岩に竹や笹を斜めに立てかけて、なわで縛って作るしかないが、明日からとりかかることにして、まずは材料の竹と笹の準備を、5のシオヤ、8のカジヤと7のナメシヤが引き受けることになった。

じっちゃは食事の終わる頃合を見て、ツナギとサブにそれぞれ松明を渡して、壁ぎわと後ろに立たせ、自分は広間の壁一面に描かれた印の前に立つと、いよいよ話を始めた。

「もう100年以上も前のことだ。わしの6代前のドンじいが、所帯をもって息子と娘ができた頃に、今くらいのものすごい大揺れが起こってな。そのじき後に、海から大水が押し上がってきて、その頃10軒ほどあった野毛村が流されて、全滅になったそうだ。あっという間に、家も田も村人も、残らず海へと持っていかれたそうな。

揺れの後にあの遠い海から水が来るとは、ドンじいは聞いたこともなくて、妻の親兄弟も村の誰1人も助けられなかったのを悔やんでな。これは代々 伝えねば、また繰り返すかもしれん、と壁にこうして残すことにしたのだ。

よく見ろ!ここに大きく、波の印があるな。1本の太い縦波は大揺れ、3本の太い横波は大水だ。なぞり書きして、よけいに太くなってるがな」

と、じっちゃは壁の1番上の左端の、大きく4角に囲んだ印を示した。みな、身を乗り出して見入った。ツナギは松明を動かして照らした。

「最初ほどではないが、かなり大きい揺れがその後何度もあって、ほれ、小さめの縦波が何10本かあるだろ。ドンじいは、いつでも消せるように消し炭で、満月から満月までの間によほどの大ごとがなければ、白丸を1つつけることにした。12個そろえば、1年が無事だったと黒丸1個に変えて、 12個の白丸を消した。10個黒丸が続けば、4角一個に変えて、10年 無事だったことにした。ドンじいの後、代が変わるたびに縦に長い線を引いて、ここからが5代前、次は4代前というふうに、印を続けたのだ。

10年無事が続くのは、珍しいことで、ほれ、4代前のここに煙の模様があるな。山火事だ。3代前のこっちには、横波の水が出てる。これは大雪や大雨が続いた後、上の方から大水が出て、野毛村がまた流されたのだ。小さい揺れも、ここにもここにも何回か起こっておる。ただ、海からの大水はドンじいの時だけだった。

ところで、ドンじいの家族の話に戻るが、野毛村の全員が流されて、この洞で両親と弟と妻子と7人だけになったのだが、大揺れの後の揺れも、長く何年も何度も続いてな。洞は無事だったが、食料には難儀したそうだ。

野毛村の人たちの米、イモやダイズなどと、山の物や竹細工品とを交換してもらって暮していたのが、できなくなったからな。森で採れる物は、実はもちろん葉も根っこも、茎も皮もすべて使ったそうだ。

大水が引いても塩の湿地になった野毛村には、長く人は誰も入らなかった。それでも、翌年の春から、草やヨシが生えだしてな。塩地にも何か生えると分かって、ドンじいは若い草を採って来て、食料にしたそうだ。ヨシは乾かして、敷物にした。菜の花が自然に生えてきたり、ダイズも塩地で育つとわかって、少しづつ種を増やしていったそうだ。

今回の大水の後にも、きっと何か生えてくるだろう。それも活用せんとな。わしらが今こうしていられるのは、先祖たちが災難にあっても、工夫して乗り越えて、なんとか生き延びてくれたからだ。大水に家はやられても、わしらは今、生きておる、その命を大事に、なんとしても生き延びねばな」

じっちゃが強く言って言葉を切ると、ツナギにも大きくうなずく頭がいくつも見えた。サブが松明を振って、ツナギに合図を寄こした。そうか、工夫して、考えて生き延びるんだ。ツナギはじっちゃの言葉を腹におさめた。それでも、胸の底では、流されたあのシゲとキクのことが重くくすぶっていた。

じっちゃは続けた。「ドンじいの弟は、嫁探しに、山の反対側の八木村へと降りて行った。そっちは揺れの被害が大きくて、死者も出ていたが、水の被害はなく、運よく年頃の娘を嫁にして戻ってきた。

その嫁の村は、米作りが盛んで、麻やカラムシで布を作るのも盛んで、嫁も修行中だったから、弟夫婦はそっちの村へ移って行き、以後つながりがずっと今も続いている。ドンじいの娘も、後にその村へ嫁入りしたそうだ。

実は、わしの妹も娘も八木村へ嫁いでおる。妹はとうに死んでしもうたが、子や孫はおる。この揺れで被害はあろうが、海の水は来ぬから、娘のタヨ 一家も無事のはずじゃ。近いうちに、様子を見に行ってみるつもりじゃ」

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