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 6章-(2) かよとおつる様

みさがあんちゃんの嫁となり、かよの義姉となり、〈秘密の友だち〉の関係は、ほんとうに仲のよい義姉妹に変わっていた。

父親同士も、かよのとうちゃんにとっては仕方なくだったとしても、作造が三の浦の家の造作まで請け負ってくれて、見事に小さな物置小屋を増やしてくれたことで、自然解消的に、わずかの酒を酌み交わす仲に変わっていた。

問題はおつる様だった。かよの胸に抱かれて、みさと秘密の場所で何度か  落ち合っている頃から、おつる様が歩き出して、手を繋いで会いにくる頃  まで、みさはくり返しこう言っていたのだ。

「おつる様、おねえちゃんに抱かれて、ええな」
「おつる様、おねえちゃんといっしょにおられて、えかったな」
「おつる様、この人、あんたのおねえちゃんよ、よう覚えとき」
「おつる様、おねえちゃんによう似とってじゃな。きょうだいじゃもんな」
「おつる様、おねえちゃんと、ずっといっしょじゃと、ええのにな」

おつる様はそう言われるたびに、かよを見上げて嬉しそうにほほえんだ。  この人がおねえちゃんなんだという思いは、心にすりこまれていたし、鏡の中で2人で顔を見あわせれば、自分はほんとにおねえちゃんにそっくり、と思えていた。同時に、そんなことを言われるのは、なぜ?という不安に似た気持ちもあった。自分はおつる様と呼ばれ、かよはかよのままだったから。

歩けるようになって、かよを探してパタパタと台所部屋まで行ってみると、かよがちょうど普段着の格子柄木綿の着物に着替えて、台所から学校へ出かけるところだったりした。
おねえちゃんと叫ぶのを、おトラさんが抱きとめて、                                   「かよさんは学校じゃ。おつる様はおねえちゃんと呼ぶんじゃのうて、かよさんと呼ばにゃ、おくさまががっかりされるで」と、そのたびに言うのだ。

フミおかあさまは、かよと呼びなさい、あなたはおつる様ですと言われる。なぜ?どうして?と、問い返すには、幼すぎて、何も言えなかった。かよがきれいな着物から、掃除をする下女の、おキヨと同じような服に着替えて、学校へ行くのも、ふしぎだった。

わからないながら、しだいに屋敷の中と門の外では違ってくるのを、おつる様は感じるようになった。階段をかよと手をつないで下りて、下りきる頃から、おつる様はあたりを見まわすようにして、見られていないことを確かめると、かよに身をすり寄せるようにして「おねえちゃん」と小声で呼ぶようになった。かよは嬉しそうにうなずいて、きゅっとおつるを抱きしめた。 それが2人にとっての〈秘密の時間・秘密の場所〉となった。

2人で地蔵堂の裏手に行くと、今ではみさがお手玉の代わりに、編み物をしたり、縫い物の仕上げをしながら待っていた。みさは自分の嫁入り道具を、家にあるものを、作り直したりしながら、準備しているのだった。作造が スイカでもうけた年に、買ってくれた着物地とネル地があって、それもみさは自分で縫い続けていた。

みさの前でも、おつる様は〈おねえちゃん〉を何度も言って、みさを喜ばせた。みさも〈秘密の仲間〉なのだ。みさはほんとの話を全部おつる様に聞かせたがったが、かよがもっと大きくなってからにして、と押しとどめた。  

おつる様は、5歳のある晩、フミお母様に添い寝されている時、質問した ことがある。                            「かよは、どうして月に1度、おらんのじゃろ。どこへ行っとるん?」

フミ様は、戸惑ってなんと応えようかと言いしぶった。旦那様はその夜は、商工会議所での会議とかで、帰りが遅くなる日だった。        「かよは帯江の三の割いう所に、おうちがあってな。とうちゃんや弟、妹とあんちゃん夫婦がおって、皆に会いに行っとるんじゃ」        と、嘘のつけないおくさまは、ありのままを話した。

おつる様は、ただ、ふうん、と言っただけだった。
でも、胸の中はさわいでいた。おねえちゃんには、弟、妹、あんちゃんが いて、とうちゃんがいるんだ。それなら、おねえちゃんの妹のうちは? いっしょに行ってもええのに、行きたいな、と。

その夜の想いから始まって、おつる様はぼんやりとだが、真実に近いものを感じとり始めていた。

そして、おくさまはおくさまで、かよとおつるが学校へ行った後、旦那様に話したのだった。                         「おつるは、かよが姉じゃと気づいとるんじゃろか。寝言でおねぇちゃん、かよねぇちゃんて、言うたことあって、どきっとしたんじゃ。夕べは、かよが月に1日泊まりに行くのは、どこ?て、聞かれて、三の割のこと、話してしもうたけんど、あの子が大きうなるにつれて、説明が難しゅうなるわ。 もらわれ子じゃと、わかっとるんかも」

旦那様はそれを聞いて、しばらく唸りながら考えていた。

「たしかに、つるははしこい子じゃけん、察するじゃろな。2人、よう似とるし。こうなったら、余平と話し合うてみるか。かよもうちの子にもらえんかと。かよは実にええ子じゃ。お水神さまのほこらを、1日も欠かさずきれぇにして、花も飾って、毎朝祈ってくれよる。この屋敷を守ってくれとるみてぇに。朝から台風がひでぇ日にも、濡れながら、ちゃんとほこらの手入れをしとってな。わしゃ、頭が下がる思いがしたんじゃ」

おくさまがすぐに乗り気になった                  「余平さんに頼んでくれりゃ、うちゃ、ほんまに嬉しいわ。かよは素直で 利発で、ほんまにええ子じゃし、2人ともうちの子にして欲しいわ。亡くした子らが戻ったとほんまにそう思えるわ。おキヌの話じゃ、かよのお蔭で、息子の保が字を覚えて、言葉も言えるようになって、台車に乗って動いとるそうで、かよ様には恩返しができんほどじゃて・・」

「そうじゃったか。かよに来てもろて、ほんまうちに運を連れてきてくれたようじゃな」

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