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7章-(1) 電話ラッシュ

終業式が終ってから、佐々木さんと横井さんが3枚のニットを送り出しに  来てくれた。残りの3枚だけを香織が自分で送り出せば、注文分は年内で
終了ということになる。香織は肩の荷が下りるような気がして、気持ちが らくになっていた。

その日の夕方5時過ぎ、週番に呼ばれて電話室へ行くと、野田圭子からの TELだった。

「なんてお久しぶり!」
と、香織が声を上げた。ほんとに2ヶ月ほど間が開いていた。

「何言ってるのよ。最近2度電話したよ。でも、大阪に行って、留守って 言われたから、どうしたんだろう、って心配してたのよ。大阪で何かあったのなら、ご実家にTELするのも悪いかも、と気にしちゃって、TELできなかった。あたしね、面白いことになってるの。文化祭で劇に主役で出演 したでしょ。あれから、演じることがが大好きになっちゃって、もっとやりたくなっちゃって、演劇部に入ったのよ。遅れて入った新人だから、一から声出しなんて練習させられて、忙しかったの。でも、楽しくって!」

圭子らしいパワーあふれる声で、香織は受話器を少し遠ざけたほどだった。
「それはそうと、大阪で何があったのよ」
と、圭子はやっと本題に入ってくれた。

それで、香織は父の入院のこと、アメリカから志織姉が戻り、カナダから 貴史兄が駆けつけてきて、今もまだ大阪にいてくれてることも話した。
圭子は大変だったんだね、と驚きながら、野球選手だった貴史のファンだったので、懐かしそうに、帰国してるの、とつぶやいた。
「オリのパパは、そんなに大変な病気だったの? ガン? 心臓の病気?」
「くも膜下出血で入院して手術して、いったんはおさまったけど、再手術になって、今度は脳梗塞になってるの」

圭子はいっしゅん、黙りこんだ。

「どうして、オリは寮にいるのよ。傍にいなくていいの?」
「2度目の手術がうまくいったから、私だけ寮に帰って、貴史兄や志織姉が連絡し続けてくれているの。今の所は、順調らしいわ」
「心配だね。あたし、おじさんが直りますようにって、毎日お祈りしてる
からね。オリも元気でいてね」


そのすぐ後に、結城君からの電話もあった。
「今夜くらい、夜の校内散歩してもいいだろ。クリスマス・イブだもんな」
「あのね、寮の人たちで、校内をキャロル・シンギングしてまわるんだって。毎年そうしてるらしいの。チャペルや、ミス・キャロルのお家、外人 教師館、本館と2つの寮をめぐるそうよ」
「何時からだ?」
「9時過ぎよ。夕食の時には、お客様の先生が2人加わって、ご馳走が  出るんですって。どの先生がお見えになるのか、どんなご馳走になるのかは、教えてもらえないの。夕食後に、2年生が何か出し物を見せてくれる らしくて、直子の話だと、集会室や地下室で練習してるのを見たんだって。でも、見られたとわかると、すぐ止めたから、何やってるのかはわからな かったって」

「やっぱりミッション・スクールらしいね。夕食はいつもの6時なんだろ。8時から9時の間なら、会えるんじゃない? 寮の玄関前まで行くよ」
「ありがと、たぶん大丈夫。夜は寒いから、厚着しててね」
「じゃ、8時に!」

今度は5時半に、佐々木委員長からTELがあり、芦田君子も加えて、5人分のアジサイニットを見本通りに、5種類たのまれた。
「急がなくていいの。ムリしないでね。よいクリスマスと新年をお過ごしになってね。お父様のご回復を心から祈ってます。では、3学期にお会いできるまでシー・ユー!」

そして5時40分には志織姉のTELだった。香織は早口でお願いした。
「6時から、クリスマス・デイナーなのよ。直子がさっき、ビロードのワンピースを着て、おしゃれしてたから、私も大急ぎで準備しなくちゃ。たった今、圭子と結城君ともうひとりTELがあって、まだ着替えていないの」

「わかった。パパは大丈夫よ。リハビリが続いているし、おかゆだけど、 食事もできてる。今夜はうちでも、クリスマス・イブらしく、ご馳走する ことにしてるの。ターキーじゃなく、チキンだけどね。           オリ、服のことだけど、襟から胸元に真珠のいっぱいついてる、グレーの モヘヤのセーターがあったでしょ?  黒いビロードのスカートの上に、合わせるとすてきよ」
「ありがと、おねえちゃん、それなら、すぐ着替えられるわ」
「頭にバンダナかリボンを巻いても、いいんじゃない?それじゃ、楽しんでいてね、バイ、オリ」


     (画像は 蘭紗理かざり作) 

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