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(225) 置き去り

つり革につかまったまま陽子はうとうとしていました。ガタンと電車が揺れたひょうしにむき出しの腕が隣の人に触れて、陽子ははっと目を覚ましました。

「ドウモ」

金髪青い目の、同い年くらいの女の子が、首をすくめて笑いかけています。そう言えば、肌触りがどこか違っていました。陽子も、アイムソリと帰すと、また笑顔が返ってきました。

まだ大学一年とはいえ、英文科ですから、陽子にはいいチャンスでした。ちょうど英作文で悩んでいた一文があって、質問するのも難しく、汗だくになりながら、なんとか答をもらえました。

すると彼女の方も質問がある、と言い出しました。

「駅に近いわたしんちの前に、毎朝たくさんたくさん自転車が置き去りにされるの。皆どうやってあの中から、自分の自転車を見分けて、持ち帰るのか不思議、教えて」


置き去り


彼女は大真面目で、電車の外の柵の向こうもにも見えている、自転車の山を見ています。

不意のおかしな質問に、陽子は思わず笑い出して「名前を書いてあるし、色や型を覚えているの。鍵も目印つけてかけてあるのよ」と、当然という顔で答えました。

「ああ、そうなの」と笑う他意なさそうな彼女を見ながら、陽子はチクリと胸を刺されていました。八王子駅の近くに、その日も置いて来たのです。まるで習慣みたいに。誰かがこんな風に気にしていることにも気づかずに・・。

(最近では、駅近くに「自転車置き場」が設置されることが多くなっていて、以前ほど見かけられなくなりました。地下室へ入れる場合はどんな手続きをするのだろう、と知らないのですが・・)

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