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7章-(6) 絆はつづく!

クラスの6人の支援者たちに、1枚ずつ〈アジサイニット〉を渡したのは、帰寮して翌週の月曜日だった。クラスの他の人たちに見られないように、  校庭に出てもらって、香織はそれぞれに希望した柄のを、お渡しした。

前田さんが封筒に入った物を、香織に差し出した。
「これね、材料費だけなんだけど、ミス・ニコルが文化祭の後に、計算していらしたでしょ。私、先生のなさり方を見ていて、だいたいこのくらいかな、と思えたから、皆にも話して、用意しておいたの。手間賃は入ってないから、申し訳ないけど、どうか受け取ってね」

香織は後ずさりして、
「そんなの頂けないわ。私の方こそ、お礼しなくちゃならないくらい、ずっとお世話になりっぱなしじゃないの。それにクリスマスプレゼントまで頂いたし、これは私のお返しプレゼントなの!お願いだから、そんなことしないで、おねがい!」
涙声になって、香織は言い続けた。

「そんなにおっしゃるのなら、頂くことにしましょうよ」
と、佐々木委員長がしまいに言い出した。

「ただし、条件を言いたいわ。オリはこれからも寮の3年生の人たちのを、編み続けるんでしょ。その他にも、希望者が続いてるそうだし、私たちの  B 組の人たちだって、欲しがってる。だから、これまでと同じように、週末のお手伝いをさせてほしいの。アイロンをかけて、きれいに額縁に入れて 包装紙で包むまでをね。もう郵便局には行くことはないけど」

横井さんが嬉しそうに続けて言った。
「それいいわ。お手伝いが終ってしまって、残念だったの。それやらせて、ね。2年生になって、まだ続いていたら、クラスが別になっても、続けたいよ。あたしたち、プロみたいに上手だよ」 
「アイロンは、私がやりたいな。よく使ってる小型のアイロンとアイロン台なの。オリのへやで使えると思う」
と言い出したのは、内田さんだった。

「みんな、額縁ニット作りのベテランよ! じゃ、今まで通り、2人ずつでおじゃましますからね」
と、松井委員長が宣言した。おとなしい芦田君子は、笑顔で頷いている。
香織は皆に頭を下げて言った。
「ありがとう! ほんとに助かります。でも、なるべく時間は短くしてね。 同室のアイさんは、猛勉強を続けてる人だから」
「わかった、30分くらいにしましょ!」
と、佐々木さんが締めくくった。

皆喜んで、大事そうに〈アジサイニット〉を抱えて教室に戻った。まるで、香織支援グループが、これからもずっと続く始まりの日のようだった。 


次の木曜日、ポールとの英会話のため、結城宅を訪れるとき、香織は3年生用に編んだニットのうち、1枚だけ自分でアイロンをかけ、額縁に入れて、大型ハンカチに包み、持参した。
結城君のママに、どうしても差し上げたい、と思っていたのだ。香織を応援するために、1万円も寄付してくださるなんて、もったいなさすぎて、お家を訪れるのも、気恥ずかしくなる。

出迎えてくれたママに、すぐにその包みをお渡しした。香織たちが勉強している間は、ママは台所で夕食作りにかかりきりになるから。
「まあ、ありがとね。これが欲しかったの。私が一番気に入ってた柄だわ」
「そうだったら、ほんと、嬉しいです。実は私もこれが一番好きで、最初に作ったのもこれだったんです。学長先生がとってもほめて下さって・・それでやる気が出て、他の柄のも作ったんです」
「同じのが好きなんて、嬉しいわ、さあ、お上がりになって」 

ポールは『台所のマリアさま』の本と、英語版とを並べて、一語ずつ日本語を読んでいるところだった。
「英語の方を全部読んだけど、何度読んでも感動するね。僕は読んだことがなくて、この本を選んでくれて、嬉しいよ」
と、ポールは言った。
「グレゴリーが少しずつ成長していって、人とつながっていくのがいいね。男の子の気持ちをよく描いているね」

香織も同じようなことを感じていたので、そのことを英語で伝えた。学校では今、The Doll's House を読み続けていて、難しいけど、これも感動的よ、と伝えると、ポールが、次はその本を読んでみよう。日本語と合わせてみると、日本語だとこういうのか、とわかってくるのが面白い、と言った。

「たとえば、out of things が〈仲間はずれ〉のことなんだね。keep oneself to oneself を〈何にも手を出さないのよ〉と、和訳してるけど、これでいいのかなあ」とポール。
「近藤先生は、そこのところ、〈人づきあいを避けてる〉と訳されたの、それとも〈ひきこもってる〉とも言うかな。私はその方がわかりやすいと思う」と香織。

2人の掛け合いを聞いていた結城君が、
「面白そうだね。オレも加わりたくなってきたよ。いいかい?」
「もちろんだよ、ほら、ここへ来いよ」
と、ポールが椅子を寄せて、招いた。
こんな風にして、3人の勉強会は続いている。結城君は香織の英語をから かったりはしなくなっていた。 

その後に、結城君のママの夕ご飯を、3人共に楽しみにしているのだった。

1月の最終日曜日に、ワンゲル部の登山の予定が入っていたが、香織は今回は欠席することにした。パパの病変が、一番の気がかりだったし、卒業式までの編み物の仕上げも気になるのだ。行き先は中央線の大月にある大蔵山という標高1003mの山梨百名山の1つで、山頂からの富士山が最高にきれいなのだそうだ。直子とポールと結城君には行ってもらって、香織は写真と土産話を楽しみにすることにしたのだった。

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