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ツナギ3章(6)手当て

泊まり先は、病人のいない家に限られた。はやり病ではと恐れたのだ。じっちゃはオサの妻の薬草の手当てを受けることになり、サブは野毛村オサの息子ゆえ、八木村オサ宅にと決まった。

運の強いシゲを泊めたいと名乗り出る者もあったが、じっちゃがシゲとツナギは、タヨ叔母の家に泊まると宣言した。オリヤの息子は、親たちがカラムシを取引していた、タヨ宅の隣の家で世話になることになった。

叔母宅の夕食は、ツナギには豪華すぎるほどだった。米に、豆、レンコン、キノコ、フキなどを刻みこんだ混ぜ飯に、汁物、おろした自然薯に、ツナギたちが届けた干し魚の小さなひと切れも添えてあった。

シゲが左手でさじを使うのを、ハナがちらちらとじれったそうに見ている。すると叔父が、先程のオサ宅で、じっちゃに聞いた話を、ハナに話して聞かせた。シゲは大水にのまれて生き残った運の強い男なのだと・・。

ハナはそうだったの、と目を輝かせたが、食事が終わるとさっそく、シゲの傍らに寄ってきた。

「その腕、そんな風にじっとしてたら、固まってしまうよ。痛くても、動かしなさいよ」

言うなり、シゲの右腕をわき腹から引っぺがそうとした。シゲは抵抗しかけたが、ハナは少し動いた腕の袖をぐいと引き上げて、赤黒くなっている傷跡に、自分の手を広げて押し当てた。それから、そうっと触れるか触れないほどに、やさしくなで始めた。

「私の脚、折れて絶望的だったけど、オサの奥さんにこうして手で温めて、なでてもらったの。それを続けて、少しづつ動かしていって、3年もかかったけど、なんとか歩けるようになったの。あきらめることないよ」

言いながらも、ハナはやさしくなで続けている。シゲは顔を赤らめうつむきながら、されるままになっていた。

ツナギはじっちゃが洞を出る前から、こうなると予想して、シゲを連れて きたのかもしれない、と思った。

叔父と叔母と長男の3人で、暗がりの中で、稲穂をもんだり叩いたりして、もみ米 (外皮のついたままの米) を作ってくれている。ミナは先に眠っていた。

その夜、隣のわらぶとんに眠るシゲの腕が、ガツンと顔に当たってツナギは目を覚ました。シゲが低く深くうなっていた。左腕を振り回しもがき、あえぎ、ツナギにしがみついて、うめいた。

眠ったまま大波とたたかってるのか? 昼間は静かにほめ言葉を受け止めていても、夢にうなされるほど、深い重いものを抱えていたのだ! ツナギがシゲの背中に手を当てそのままじっとしていると、やがて静かな寝息に戻った。


翌朝、オサの家の前に家長たちが荷を持って来た。大布でくるんだ大小の荷が15軒分集まると、かなりの量だ。

「誰かいっしょに行ってやれないか。まだ忙しい時だが・・」      とオサが問うと、病人を抱えた者、稲刈りが終わっていない者が多く、名乗り出たのはひとりだった。昨日じっちゃを背負ってくれたドウグヤだ。妹が野毛村のカジヤの妻となっており、今娘と2人でツナギの洞にいるのだ。

ツナギは嬉しくなった。シゲは頼もしいが、それでも大人がひとり加わってくれれば心強い。オサは続けた。

「野毛村では海辺の村へ塩を買いに出ているそうだ。手に入れば、分けてもらえるかもしれん。よその村の米も入手しておいたり、布を作って準備しておくとしよう」

じっちゃは入り口にもたれて、座ったまま聞いていたが、ツナギを手招きした。

「野毛村のオサに伝えてくれ。しばらく戻れんが、頼むと。八木村では米がうまくできてるし、家の被害だけで、水害も山崩れもない。いずれ避難させてくれるかもしれん、とな」

サブがその後ろで、オレもトトに言うよ、ここはいいよ、と小声で言った。じっちゃがからかうように小声で続けた。

「いい子いたもんな。よくしゃべり合って、似合いだよ」

ツナギはどきっとした。チノのこと? 急に惜しいものを失くしたような、奪われたような、そんな気がした。

日暮れまでには洞に着けるように、朝食をすませるとまもなく、一行は出発した。ドウグヤとシゲは大きな包みを背負っていた。ツナギとオリヤはもみ米がずっしり入った3重の袋を背負い、サブはカラムシともみ米をくるんだ、これも3重の布袋を背にしていた。

ハナが遠慮もなく声を張り上げて、シゲに言った。

「腕を温めて動かし続けるのよ。春にはよくなってるとこ、見せてよね!」


午後遅く、ツナギたちがようやく洞に辿り着くと、大騒ぎの大歓迎になった。米がこんなに届いた!縦長に縫い合わせた布が20枚を越えるほどある!カラムシの他に、かぼちゃや青菜を入れてくれた袋もあると・・。

夫が海辺へ出かけて心細がっていたカジヤの妻は、兄との再会を泣いて  喜んだ。

オサはじっちゃが戻れないのを残念がったが、八木村の家の修理が終われば、洞の何人かを迎えてくれるかも、という知らせは、皆に小さな希望をもたらしたのだった。

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