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(61) 鈴の音

ベージュ色のカーテン越しに、もう朝日が射しこんでいました。日はたしかに日ごとに伸び、春めいています。

岡さんは起き出す前のひとときを、床の中でまどろんでいました。
すると、遠くから鈴の音が聞こえてきました。

音は近づくにつれ、力強くりんりんと鳴りひびいています。

おじさん、元気だったのね! 岡さんはじっとしていられなくて、跳ね起きました。

納豆売りのおじさんが、姿を見せなくなって、半年も経っていました。もしや・・、と気にしていたのです。


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店の少ないこの住宅団地には、いろいろな行商人がやってきます。リヤカーを引いたり、小型トラックでくる八百屋さん。さお売り、網戸売り、とぎ屋、灯油屋さん。中でも、心待ちにしていたのは、自転車の荷台に、魚箱を乗せてくる魚屋のおじさんでした。

道ばたでもらい水して、切り身や刺身を、たちまち作ってくれました。いつからか現れなくなって、魚さばきの苦手な岡さんには、どれほど頼みにしていたかを、思い知らされました。もう亡くなったのだと聞かされてのは、ずいぶん経ってからのことでした。

鈴の音は遠ざかっていきます。よかった、冬眠していただけね、おじさん!

明日からまた、塀の上に、目印の器を置いておきましょう。よかった!


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