(152) 焼き物
「お元気ですか」
声をかけながら、星さんがふすまを開けると、
「おう、美奈ちゃんか」
おじいさんは嬉しそうな顔をして、テレビを消しました。
一人住まいの友人の老父を、週に二、三度見舞うようになって、もう半年経ちます。このひとも いつも〈美奈ちゃん〉と呼んでくれています。
星さんがエプロンを取り出すと、
「今日は何もしなくていいよ。きのう末の娘が横浜から来てくれて、掃除洗濯、買物もやってくれたんだ。まあ座って、お茶でも飲んで・・」
おじいさんは、こたつの上の茶道具を引き寄せました。
「それじゃ、お言葉に甘えて・・。後でごま豆腐をごちそうしますね」
星さんは出された湯飲みを手にして、ふと心を惹かれました。
「おじさん、これ何焼きなの?」
食器に凝る人でしたから、これも由緒ある品では、という気がしたのです。
おじいさんの目が、よくぞ聞いてくれました、という表情を見せました。
「備前焼だよ。八王子では手に入れ難いが、つてがあってね。これは20万はする」
え?20万?それを普段使いしているの? 星さんは声も出せず、大ぶりのぐい呑みといった感じの、地味な茶色の湯飲みを見つめました。
「ただし、これはタダ。友だちがこの色じゃ、茶がまずそうで気に入らん。使ってくれと置いてった。わしは見てすぐ気に入ってね。後で見たら、裏に人間国宝のT氏のマーク入りだったよ」
おじいさんは愉快そうに笑いました。
「焼き物は、好かれて使ってもらえて、初めて生きるのさ」