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3章-(2) 新ルームメイト

   今度同じへやになるルームメイトは、1年E組の山口愛子さんだと、瀬川春子班長に聞かされていた。クラスは別だし、けやき班からさくら班へ移ってくる人で、一度も話したことはなかった。でも、香織はふっと思い出した。新1年生が講堂に集まっていた入学式の日、〈1年生代表〉として名を呼ばれ、皆の前で〈決意表明〉を堂々と述べた人だ! きっと学年1番の優等生と同じへやなのだ!

朝食が終って、食器類を所定の棚へ返していると、かえで班のテーブルを 目指して、まっすぐにやって来た人が、
「笹野香織さんですか?」
と声をかけてきた。

「私、山口愛子です。今日さくら班10号室へ引っ越して、同じへやになります。どうぞよろしく」
と、にっこりした。

香織はドギマギして、頭を下げ、
「私こそよろしくお願いします」
とだけ、応えた。

山口さんは直子ほどは背丈はないが、それでも、香織よりは10cmは高そうだった。
「ベッドは、上の段と下の段とどちらがいいですか?」
と訊かれて、香織はすぐに答えた。
「上の段がいいです」
「よかった。私は今までも下の段だったので、助かります。では、この後、荷物を運んだら、すぐ、下の段に布団を入れておきますね」
と、山口さんは笑顔で言い、香織も笑顔で頷いた。

週番が香織を探しに食堂の入り口に来た。
「お客様です」

あ、横井さんだわと思い当たって、香織が玄関へ行ってみると、なんと横井さんだけでなく、佐々木委員長まで来てくれていた。
「まあ、ありがとう!  それほど荷物はないのに、申し訳ないわ」と香織。

「でも、あの額縁入りの箱とか毛糸材料の箱とか、あるじゃないの。私たちだって関係ありの品でしょ」
と、佐々木さんがおどけるように言って、さらに続けた。
「ほんとはね、寮のお引っ越しって、すごく興味があったのよ。面白そうだもの!」
「私もよ。楽しみで来てるんだから、オリはぜんぜん遠慮することないの」
と、横井さんはさっそく香織のへやへ、先に立って急ぎ足になった。

直子は香織の助っ人が2人も来てくれたことに、笑いながら、自分のふとんを運び出している。
「あたしは隣の部屋だから、ぜんぜんラクなんだから、後でオリを手伝うね。オリは指図するだけ!   わかった?」

香織は机まわりの細かいものを、バッグや紙袋に詰めるくらいで、後はすでに直子が荷造りしてくれていたし、それを佐々木さんと横井さんが、何度も2階の10号室へ運んでくれた。

香織がバッグと紙ぶくろを持って、2階へ行ってみると、山口さんがすでに布団を敷いて整えていた。
「机はどっちがいいですか?」
と山口さんに訊かれた。

香織は南窓なら今までと同じ景色が見えるけど、このへやには西窓がない。西側は壁にむかって、左手に細い窓が縦長にあり、机の上の三分の一は本棚と、その下に小引き出しが2つついている。

香織の表情を見て察したのか、山口さんは
「私、こっちがいいわ。勉強に集中できる気がする」
と西側の机を指さした。   

「ありがと。私、前のへやと同じ景色を見ていたかったの」                        と、香織は言った。
「そういうものなの?  私なら、変わる方が好きだわ。それに大学受験を    頑張るつもりだから、集中できる方がいいの。私は景色が見えないからいいの、これで。さあ、荷物を運んで片付けますよ」             と、山口さんは声に出して言うと、勢いをつけて、1階のけやき班のへやへ、荷物を取りに出て行った。

額縁入りの箱は、佐々木さんが香織の机の下の端に押しこんでくれた。香織の布団は、直子が運んで、上の段に敷いてくれた。横井さんはクローゼットに衣服を入れてくれたり、靴類を靴箱に収めたりしてくれている。

山口さんはせっせと荷物を運びながら、香織の荷物が収まっていくのを見て
「手伝ってくれる人が多いのね。文化祭で有名になったからなのね」
と、はっきりとそう言った。すると佐々木さんと横井さんがすぐに反論した。

「違うわ。私たちいっしょに特技展を計画して実行した仲間だからよ」  と、佐々木さんが言えば、横井さんが続けて言った。
「まだこれからも1月まで、笹野さんは注文を抱えていて、私たちの手伝いも続くのよ」
そこへ直子も加わった。
「香織は体が弱くて、布団や荷物を2階まで何度も運ぶなんて、ムリなのよ。あなたも同室なら、そのことを知っておいてほしいわ」
「失礼なこと言っちゃって、ごめんなさい。あの文化祭の1Bの賑わいが 凄かったし、作品も素晴らしかったから、その中心の人がルームメイトなんて、どう対応すればいいのか、悩んでたのよ」
と、山口さんは恥じらいながら言った。

直子はすぐにこう言った。
「ぜんぜん、悩むことなんかないの。元ルームメイトとして言いますけど、香織はドジで、忘れんぼで、のろまで、見てるとつい手伝いたくなる人なの。きっとそれも、貧血で体力のないせいでしょうけど、あなたは大学受験に頑張るんでしょ。この人、のろいけど自分の計画に従って、自分流に勉強したり散歩したり編み物してるから、放っておけばいいのよ」
それを聞いて、山口さんはほっとしたように、にっこりした。

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