(122) 大事な器
その器を取り出した時、お咲さんの胸に一瞬、迷いがよぎりました。もったいないじゃないか、と。でも、思い切って盆にのせ、隣の嫁さんが、姑の葬儀であたふたしている台所へ届けました。
「お坊さんの払い膳にでも、使っとくれ」
「すみません、助かります」
嫁さんは深々と頭を下げました。
木の葉型のその皿は、菓子、おむすび、煮物など何にでも似合い、いかにもおいしそうに引き立ててくれます。
何年か前、お咲さんが元気だった亭主と二人で、能登へ旅した時に求めた、九谷焼の銘入りの皿でした。少し風変わりだけれど、気に入ってしまったものの、値が張りすぎて、5枚手に入れるのも大決心したものです。
客専用にして、めったに使わないでいた大事な皿を、その値打ちに気づいてくれるかどうかもわからない若い人に、貸す気になったのは、亡くなった人との、長い長い好誼のせいでした。親友のように、打ち明け合って過してきた人でしたから。
三日後、お咲さんのタバコ屋の店先に、恐縮した顔の隣の嫁さんが、盆の上に黄菊の花束をのせ、深々と頭を下げました。
「ほんとに申し訳ありません」
見ると、木の葉型の皿がほんの少しですが、欠けています。
「ごたごたで、傷をつけてしまって・・。弁償したいのですけど、同じ物が探せなくてすみません」
嫁さんは腰を二つに折るようにして、謝りました。
「いいんだよ、弁償なんて。割れることだってあるさ。それにほんのちょっぴりじゃないか」
毒舌家のお咲さんが、珍しくさっぱりと答えました。若いのにきちんと謝り方を知ってるじゃないの、と気がほぐれたのでした。それに、最近はめったに使う機会もなくなっていましたし、まだ四枚も残ってるのですから・・。
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