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3章-(3) 山口さんの流儀

さくら班は、1年生が直子、愛子、香織の3人、2年生が3人、3年生が  2人で、班長は2年生の本田早苗さんだった。引越しが終った日の夕食時、自己紹介をし合った。

山口愛子は国立大学を目指していて、クラブは英語部、趣味は読書だって。香織は志望校不明、クラブはワンゲル部、趣味は編み物と言うほかなかった。

3年生の原田さんがすぐに香織に言った。
「あなたのニットは趣味と言うより、もう専門家なみだわ。大学だって、  家政学とか選べて、ほんとに前途有望で、羨ましいわ。私はピアノが趣味  だけど、ピアニストにはなれないし、音楽の先生くらいかな」

へやに戻った時、山口さんは香織に言った。
「私のことアイって呼んでね。直子さんがあなたのことオリ、って呼んでるから、私もまねしていいでしょ?  山口さんて呼ばれるの、他人行儀だわ。それと、私、本気で東大受けるつもりなの。兄も姉も入ってるし」
「わあ、すごい。私、無口な方だから、安心してて・・。毎週、週末にB組の人が2人、あの額縁ニットの荷造りに来てくれるけど、なるべくお邪魔しないようにしますね」

「そんなに気にしなくてもいいのよ、私もあなたに負けないくらい、集中力あるの。 1Bのへやで、あなたが編み物してるの見てて、無我の境地でやってるのがわかった。一心不乱というか、あんなに打ち込めるものがあって、すばらしいと思う」

香織はわかってもらえて嬉しくなった。直子とは別な対し方で、うまくやれそうな気がした。

2人はさっそくそれぞれに自分の机に向かい、自分の課題に取り組み始めた。香織は、翌日の予習を3科目済ませてから、編み物をかかることに決めていた。

アイは分厚い参考書らしい本を、本箱から取り出し、ノートに書き写したり、まとめたりし始めた。口の中で小さく声にも出して集中している。

香織はふと野田圭子のことを思い出していた。圭子も一家そろって東大で、彼女はその期待に応えられず、いつも低空成績で、自信を無くしていたけど、最終的に都立の2次試験で入った高校で、自信を取り戻し、上位となって、今は大学を目指している。

アイは圭子のように、打ちひしがれることがなく、自分を信じて真っ直ぐに目的に向かおうとしている。ちょうど先日初めて会った、上田ますみさん  みたいな人なのかも。それなら、きっとますみさんのように希望の大学に  受かるわ、と香織は気持ちが明るくなった。

黙学時間のベルが鳴っても、アイはまったく動ぜず、同じペースでメモを  取り、つぶやき、ページをめくり続けていた。

香織はほぼ予習を終えたので、カレンダーに○をつけ、それから毛糸を取り出した。数段編んだ頃に、ドアがノックされた。

「笹野さん、電話です」
「ハーイ」
と、香織はすぐに部屋を出て、階段を下り、電話室に入った。

「ああ、香織、元気にしてるか?  今日は羽田に泊まりでね。ちょっと電話してみた」
「わっ、パパっ!  嬉しい!  今日はね、寮のへやの引越しの日だったの」
「それじゃ、疲れたろ。荷物を全部運ぶんだろ?」
「クラスの人が2人手伝いに来てくれて、直子も手伝ってくれたから、疲れてないよ」
「良かったな、いい友だちがいて、幸せだね。ところで、明日ぼくは休み なんだ。君たちは学校があるから、夕食時に前のように、直ちゃんとポールと結城君と、ウッドドールで食事しよう」
「嬉しーい! 今から連絡するね。何時がいいの?   私は5時過ぎなら散歩で行けるし、寮の夕食をストップしておけるの、直子も」
「じゃあ、5時半にウッドドールの前で逢おう。結城君たちがもっと遅い方がいいいか、訊くんだよ」
「ハーイ、後で、パパの携帯にTELする。そうだ、パパから私の携帯に  TELしないでね。同室の山口アイさんは、受験勉強に集中してる人だから・・」
「わかった、じゃ、連絡を頼むよ」  

すぐに結城君にTELを入れて、パパの誘いのことを話し、ポールにも伝えてと頼んだ。
「あのね、私の携帯に夜はTELしないでね。今日から同室になった人は、東大目指して勉強にすごい集中する人なの。携帯のベルはじゃまだと思うから、お願いね。それと、時間は5時半で大丈夫かなあ」
「そうだな、6時にしてもらえるといいな。部活は5時終了だけど、長引くこともあるし、着がえもあるしね」
「じゃあ、6時にしましょ。今から直子に伝えるわ」
「あのさ、夜の携帯できないとは、残念だな! ささやく代わりにメール     しようか」
「メールも届くと音がするでしょ?」
「サイレントにしておけばいいさ。だけど、時々ちゃんと見るんだぞ」

直子に伝えると、手を叩いて喜んだ。直子のルームメイトは大人しそうな  香山さんという人だった。

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