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      1-(4) さかだち

おかあさんと町まで歩いて、買物に出かけられるのも、春休みの楽しみの ひとつだった。瀬戸のおじいちゃんのところにも、引越しの後かたづけに、おかあさんと行った。

それで、寺の階段の下に出て行ったのは、3日後のこと。
見ると、女の子たちが〈ゴムとび〉をやっているではないか! マリ子の得意技のひとつだ。

「うちも入れて!」と、マリ子はとんで行った。

静江と洋子が輪ゴムをつないだゴム紐を、耳に当てて両端に立っていた。
加奈子がスカートをたくし上げながら、冷たく言った。
「あんたは男子と遊ぶ方がええんじゃろ。しげるちゃんら、今日は山へ  行ったで」

「気にせんでええよ。うちは女子と遊ぶのも好きじゃけん」
「そっちが好きでも、うちらはいやじゃ!」
と、加奈子は口をつき出して言い放った。

「そげんこと言うとらんで、早うとんで」
と、寺の静江が加奈子をせかした。

加奈子はうしろへ下がって、はずみをつけると、つつつと走ってぱっと身をひるがえしてとんだ。ゴム紐が足にからまってピューンと伸びたと思うと、加奈子は見事に向こう側へとんでいた。得意そうに、加奈子はふりむいた。

マリ子はまだ揺れているその紐を、パーンととんだ。左足を前に右脚を後ろに、軽々と・・。加奈子はけわしい目をしてマリ子をにらむと、はげしい勢いでゴムひもをたぐり寄せた。

「これ、うちのじゃ。かってに使わんで!」
「かってに やめんで、加奈ちゃん。せっかく楽しう遊んどるのに」
と、静江は気強く言い返して、続けて言った。
「加奈ちゃん、あんた意地悪せんで、入れて上げて、続きをしようよ」

マリ子は加奈子と静江のあいだにわりこんだ。

「男子とか女子とかうちは気にしとらん。両方で遊べたら、2倍楽しいよ」

「ここじゃ、別々に遊ぶことになっとんじゃ」と加奈子。

「なんで? 頭、固いんなあ」
「ますます気に入らん。あっち行って!」
「加奈ちゃん、あんまり意地悪しとると、稚児行列に入れてあげんよ」

静江の、このひとことが効いた。加奈子はふくれ顔のまま、だまりこんだ。
花祭りがすむまでは、寺の娘の静江の方が強いらしかった。しぶしぶ加奈子は、ゴムひもを静江と洋子に返した。

「マリちゃん、とぶんなら、当番せにゃ」

静江がマリ子に、ゴムひもを差し出した。
「ええよ、やる」
とびつくように受け取って、マリ子は洋子に合わせて、ゴムひもを頭の上にのせた。これで仲間に入れてもらえたのだ。

小さい君子と光子は〈みそっかす〉らしく、ゴムを手でおさえてとんだ。 あとは、大きい4人の競争になった。

加奈子と静江は〈頭の上げんこつひとつ〉は無事とんだが、〈手延ばしいっぱい〉で静江が失敗して、洋子と当番交代した。洋子はすぐに失敗して、 マリ子からゴムひもを引きついだ。

最後の〈背伸び手延ばしいっぱい〉で、加奈子とマリ子の一騎打ちとなった。

加奈子は自信まんまんで、スカートをたくし上げ、助走しとび上がるようにして、片足を高くつきあげ、ゴムをひっかけようとした。が、わずかにそれて、空振りしてしまった。
「くやしいっ、とべたのにっ!」

加奈子は地団駄をふんだ。それから、静江からゴムひもをひったくると、マリ子がとべないように、せいいっぱい背伸びした。

マリ子はゴムひもの真下に近寄ると、運動靴をぬいで、ひょいとさかだちをした。マリ子の得意技はそれからだった。

さかだちが安定すると、ゆっくりつま先まで、まっすぐに足を伸ばし、手のひらをふくらませて、地面から身を浮かせていく。マリ子の体がぎりぎりの最長になったとき、足先でゴムを引っかけ、ゆっくりと向こう側へたおれ こんだ。ゴムが思いきりのびて、マリ子の足は着地した。

「わあ!すごーい!」

静江が目を丸くした。加奈子もおどろいたらしい。ゴムをおろしてうなる ように言った。
「ほんまに、ほんまの、はちまんじゃあ!」

それから負けん気を丸出しにして言った。
「学校が始まったら、学校でも競争しよう。ゴムとびは負けんで」
「ええよ」

マリ子はあっさりうなずいて、またひょいとさかだちした。すいすいと前進したり、後退したり、軽々と手で歩いてみせた。

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