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4章-(1) ハトル家訪問日

お楽しみの日がやってきた。またまた暑い日で、服に迷ってしまう。夕べと同じ白のTシャツ、花柄のピンクグレーシャツ、紺ロングスカートに決め、スカートはウエストを2重折りにして、ミディの長さに変えて・・。ピンクのブラウスは好きではないのだが、衝動買いしてしまい、外国でなら恥ずかしくなく  着られるかも、と思って持って来た。着るたびに、洗っては干ししながら、これでもう3回着ることになる。薄手の上質木綿は有り難い。

朝の天気予報で、いずれ夕方には33度を超える暑さになりそう、と言っていたので、いずれ夕方には着替えなくては、夜の〈さよならパーテイ〉も あるのだ。そこで倉敷の幼なじみが、この旅の直前に送ってくれた〈赤紫の手染めレースバッグ〉に、サクラ模様のポリエステル混じりのワンピースを丸めて突っこみ、アンナ達への〈ハンカチの土産〉も5人分入れておいた。

ジュデイットはいつも黒のジーンズに、黄色かグリーンのTシャツを交代に着ているが、今日はさすがにクリーム色の半袖ブラウスを、いつものジーンズの上に着ていた。

エリサは半袖の木綿の花模様のロングワンピースに、きちんとストッキングをはき、頭にも花飾りのついた留め具で、黒ロングヘヤーをまとめていた。

アンナは黒袖なしTシャツに、黒字に白の大きなバラの花模様の、ロング スカート、胸には夫君に買ってもらったという、マジョリカ真珠ネックレスと金鎖を重ねている。やはり訪問の時はドレスアップするのだわ、と納得。

ウイルがりっぱな花束を買い整えてくれていた。訪問するときは、お菓子か花束の手土産が、礼儀らしかった。5人でお金を出し合う。ひとり4Gだった。たぶん端数をウイルがかぶってくれたのだろう。

ヴァール川の橋を越え、右へ曲がって川辺の道を少し行くと、ハトルの家があった。黒のTシャツ、しゃれたグレーズボンの彼女が迎えてくれた。

北側の玄関から居間に入ると窓とガラス戸の向こうに、緑の木々と庭、広い川の流れ、その向こう岸には、中心街の町並みと教会の尖塔がかすんで見えていて、すばらしい眺めだ。
「国立公園を庭に持ってるみたい!」
と、私が思わず感嘆して言うと、大げさすぎる、とハトルは苦笑していた。

私の手にしていた〈ピンク紫のバッグ〉が、ひとしきり話題の的になった。
「とても女っぽい」だって!

私は少々恥ずかしいけれど、友だちにプレゼントされたこと。その友だちも手造りを趣味にしている人からもらったけれど、使うチャンスがないので、私の方がパーテイなどで使えそう、と送ってくれた話をした。

色や形の好みのうるさいハトルが、私のブラウスにマッチしていて、きれいで見事な手造りだ、と無難なコメントをくれた。

居間のセラミックの床は、夏涼しく、冬は電気を入れて床暖房になる。台所と境をなす壁のような、1m四方の柱は、途中が80cmほどくりぬかれていて、何だろうと不思議がっていたら、これが暖炉だった。柱ではなく太い煙突が屋根に抜けていたのだ。薪を燃やす火は、台所と居間の両側から見えるように、設計されていた。

これは暖房目的ではなく、「目のご馳走のため、楽しむためのものよ」と、アンナが言うと、ハトルがその通りよ、と頷いた。  

間仕切りはないが、もうひとつのへやらしき一郭には、台の上に双眼鏡が
幾つも置いてある。見えるのは、ガラス窓の向こうの景色や、川を行き交う船だけでなく、ハトルが丹精こめている花畑や野菜畑、木々も見える。

背の低い私には届かないレンズの高さだったので、わざわざ台の上に上がって、小鳥を確かめた。
(そう言えば、どこへ行っても、鏡は背伸びしなくては自分の顔を見えないし、列車の椅子は足裏が床にきちんと着かない感じなのだ。夫も男子トイレが高くって・・と笑っていた。私たちはこびと族みたい)

外の木陰のテーブルとベンチに座り、ハトル手製の〈チェリーキッシュ〉と〈アプルパイ〉をご馳走になった。ハトルの兄上は、本職のケーキ屋というだけあって、本格的だった。

「どちらを食べたい?」
とハトルにきかれて、全員「両方!」と答えた。
甘い物苦手の私は、細めにカットしていただいた。すばらしくおいしかった。 

ハトルの話では、これまではステキな住環境だったのに、近くに大きな新興の町ができ、6000人もの人が増えて、橋の下を通る船の数が、橋の許容量を超えてしまった。その対策として、市が考えたのは、川を越えるケーブルを渡して、中心街と結ぶことだった。そうなると、今でさえ、川を行き交う船から聞こえる音楽や騒音が年々増しているのに、今度は空から見下ろされ、音や物が落ちてくる心配もあり、プライバシーが台なしになってしまう。

「私、怒ってるのよ!」
と、ハトルは薄い唇を、きっと結んで言った。I'm angry!  という言葉を、 これでもう3度聞いたな、と私は気づいた。ハトルは感情の波が大きく、 自分を強くもっている分、よく怒りもするのだ。  

 
(画像は、蘭紗理かざり作)

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