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    5-(6) かいふく

 おとなたちの囲いの中から、どよめきが起こった。

「おうい! あの子が生き返ったでぇ! 息しとった!」

しげるたちが叫びながら、マリ子のうしろから休憩所へ追ってきた。

よかった、生きてた。マリ子は眠気におそわれながら、ぼんやりと思った。

おぶわれてきたマリ子を見て、おかあさんが飛び出してきた。

「マリちゃん、どうしたん!」

加奈子が説明した。
「おぼれとる子を助けたんじゃ」

おかあさんはマリ子を抱き取ると、女の子たちに指図した。

「君ちゃん、着がえ室から、マリ子の青い服を持って来て。加奈ちゃん、 熱いお茶を持って来て。静ちゃん、洋子ちゃん、大きいタオルをぎょうさん集めてくれん?」

「はいっ」
女の子たちはすぐに散った。

「おばさん、わしら、何すりゃええ?」
正太がさいそくした。おかあさんは張りつめた声で、すぐに言い返した。

「男の子は、あっちへ行って!  今、着がえをさせて、あっためて寝かせるけん」

「わかった、みんなじゃまじゃ、行こうで」

正太が、良二や俊雄の背中を押した。しげるはふりむいて言い残した。

「マリッペ、キャンデーはなし、でええで」

おかあさんはマリ子の水着を手早くぬがせながら、ぶつぶつ言った。

「何が、キャンデーじゃろか、こげん時に・・」


いい匂いがして、マリ子はうっすら目をさました。ずいぶん眠っていた  らしい。たくさんの人の気配と、食べている音がする。もうおべんとうの 時間になっていたのだ。

マリ子の頭も、首のまわりも体もタオルでくるまれていた。すずしい海風がふきぬけている。のき下に、水玉模様の赤い水着が、ゆれていた。記憶が ふいに戻って来た。

おぼれかかったんだ、わたし! 信じられない、泳ぎは自信があったのに。 そうだ、あのスカートのせいだ。

でも、でもあの子は、私のスカートにつかまったんだ・・。つかまるものがあったから、それで助かったんだ! おかあさんは、そんなことを予測したはずないのに。ほんとに 思いがけない事が起きることがあるんだ・・。

「あれ、マリちゃん、気がついとる!」
加奈子の声が、すぐそばで聞こえた。そんなに近くにいてくれたとは、  マリ子は知らなかった。思いがけなかった。

「マリ子、顔色がようなって・・、おなかすいたじゃろ?」

おかあさんがにじりよって、マリ子の体からタオルをはずしにかかった。 マリ子はきゅうに空腹を感じた。

「マリちゃん、ようやったのう」
川上のおじさんの太い声がして、あちこちからぱらぱらと拍手が起こった。

マリ子が身を起こしてみると、地区長が両手にスイカを、持ち上げてみせるところだった。

「マリちゃんのおかげで、わしらまでほれ見てみ、お礼じゃ言うて、5つももろうたで」

拍手がまた起こった。マリ子が眠っている間に、あの女の子の家族が、この休憩所を訪ねてきたのだって。

「すいか割りじゃ」
しげるの提案に、子どもたちは腰を浮かせて、賛成した。
マリ子は声を上げた。

「うちがおべんと終るまで待って!」
「ええで、待っちゃらあ」

良二がおばあちゃんのそばで、恩着せがましくさけんで、大笑いになった。

スイカ割りをするころには、マリ子はもうふだんのマリ子に戻って    いた。再び水着に着替えて、一番大きいスイカを割らせてもらった。

浜辺で女の子たちとかけまわったり、君子に泳ぎを教えたりした。この日 ほど、加奈子ともめずに遊べたことはなかった。

とびこみ台まで男の子たちと泳いで行って、とびこんだりもぐったりした。でも、だれかと競争したり、むきになってスピードを上げたりはしなかった。水の中では、ゆだんなく用心していなくてはならないことを、身をもって知ったのだった。

帰りのバスの中は、だれもかれも静かだった。ほとんどの人がつかれて  眠っているとき、おとらばあさんが、大きな声で言った。

「海はえかったのう。また行きてぇなあ」

みんなの気持ちを代表してくれていたけれど、だれも答える元気は    なかった。マリ子だけ大きくうなずいて、また目をつぶった。

おとらばあさんは、海の休憩所で、日がな1日横になって、手ぬぐいを  かぶって寝ていたのだった。海の風とオゾンをたっぷり受けて、まだまだ 長生きそうだった。

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