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ツナギ4章(1)帰還

前号まで:大揺れと海からの大波を受け、野毛村12軒の人々を洞に迎えて、暮らしているツナギとじっちゃは、村オサや皆と相談し、20日後、ふた手に分かれ、塩と食糧入手に向かう。イカダ組は5人で海辺の村へ、ツナギたち5人は山越えして八木村で、米と布を入手するが、じっちゃは捻挫で、タヨ叔母宅へ残る。イカダ隊はまだ戻らず。

「まだだ、見えない!」

ツナギは首を振った。サブも伸び上がって川下を見つめていたが、肩を落とした。八木村から戻った翌日から、山崩れで埋もれた木を掘り出す仕事を手伝っていた。合間に、川辺に下りては、もうイカダ隊が海辺から戻るはず、と見張っているのだが・・。


ゲンたち5人がイカダで海辺の村へ出かけて、すでに14日が過ぎていた。ツナギはこっそり祭壇の後ろに、ある工夫をして、日にちを勘定していたのだ。3日分の弁当と、保存食を少し持っているだけで、とっくに戻っていいはずなのに、なぜ戻らない。

洞の中も外でも、不安と憶測が飛び交っていた。続く揺れのせいで、後ろに引いていた木材がからんで、イカダもろとも皆沈んだのでは・・。途中で何者かに襲われたか。海辺の村が壊滅していて、5人はさらに遠くへと向かっているのか・・。

ツナギとサブはうなだれたまま、作業の現場へと戻って行った。     大揺れで山崩れを起こした山すそには、大量に原木が埋まっていたが、掘り起こすのは大仕事だった。道具はじっちゃの木製のクワ、鋤 (すき)2本づつと、間に合わせの棍棒しかない。土をかき分け、地すべりで枝も木肌も落とされた裸の木の、泥落としにかかる。

大人たちと利き腕がまだ使えないシゲが、残った枝を根気よく石斧で落とす。カジヤが2本石斧を作りおいてくれたものの、じっちゃのと合わせて 3本しかない石斧とその他の道具では、掘り出して、交代で丸太に仕上げるには、1日3本か4本がやっとだった。

1のオリヤのジンは、小さい子たちと、水運びと森での焚き木拾いや、食糧探しを続けていた。ツナギやサブたち10歳から13歳の男子は、作業場で土を踏んで平らにならしたり、枝や木の皮を川水で洗って、洞の前の岩場へ運び、干す。これも冬場の燃料になるのだ。

ツナギの提案で、作業場から森を抜け、じっちゃのクリ林と竹林を通り抜けて、洞に達する近道ができていた。藪を踏み分けているうちに、新しい道となり、今では〈ツナギの近道〉と呼ばれていた。

ツナギたちの様子でオサは察して、暗い表情になった。

「雨になりそうだな」

オサは声に出すと、空を見上げた。一面の暗い雲だ。

「それまで、もうひとふんばり!」

今では掘り出しの中心となっているモッコヤのひと声で、ツナギたちも仕事に戻った。

そのうちに冷たい雨が降り出し、大人も子どもも枝や道具を抱えて、ツナギの近道から洞へと駈け戻った。その間も、ツナギは川下に目をこらさずにはいられなかった。

思いもかけない姿で、ゲンたちが戻ってきたのは、それから7日も経った日のことだった。イカダではなく、なんと古ぼけた船に乗ってきた。しかも、5人で出たのに、3人と塩のカメ2個だけを乗せて・・。

遠目に見つけたのは、ツナギだった。枝を持ったまま、川下を見やると、  遠く小船が見えた。以前シオヤが持っていた船に似ているが、背を向けて  櫂 (かい) を動かしているのは、ひとりしか見えない。誰だ?

サブも寄って来て目をこらすと、兄 (あん)ちゃんだ、と叫んだ。首に巻いたこげ茶の布に気づいたのだ。その声でオサを初め、男たちがばらばらと川辺に押し寄せて来た。

なるほど、櫂の手を止めて振り向いたのは、ゲンだった。やせて疲れきった顔で、サブやオサにやっとの笑みを浮かべてみせた。船の中には、シオヤの親父とヤマジがぎゅう詰めに縮こまって眠っていた。オサが声を上げた。

「話は後だ。疲れてるようだから、皆で支えて行こう。塩のカメと荷物は 2と3のカリヤに頼む」

「まかせとけって」

がっちり組のカリヤたち親子4人が、声をそろえて引き受けた。あの奥山での狩で、犬のモロと共に、固い棍棒で背後からオスクマの頭を狙って仕留めた猛者たちだ。冬眠前の太ったやつで、動きがのろかったという。担ぎ手の応援を呼びに、8歳の息子が駈け戻ったほど大物だったそうだ。

その後、イノシシもやっつけたし、木登りが得意な2のカリヤの息子は、ムササビを何度も捕まえて、毛皮と肉をもたらしている。モロは今では狩に出るカリヤたちを見ると、すっ飛んでついて行くのだった。

モッコヤが早速、杭(くい)を川辺に立てて船をつないだ。ヤマジとシオヤは半分眠った状態のまま、オサたちに支えられて、洞への近道を登って行く。ツナギとサブはゲンを支えて、後に続いた。ツナギは聞きたいことが口からとび出しそうで、固く口を結んでいた。シオヤの息子はどうしてるんだ? どうしてイカダが船に?

ゲンの腕が肩にめりこんでくる。歩きながら、眠っているのだ。

やっと洞に辿り着くと、3人を奥の広間に寝かせた。塩のカメ2つも大事に奥へしまった。炊事の女たちが、塩と3人が無事戻ったことを喜び合った。

ヤマジの母親のババサが、すぐに薬草を煮立て始めた。ヤエは眠りこんだゲンを覗いては嬉しそうだ。シオヤの妻は息子が戻らないのを、ひどく心配していた。


(画像は、すずかぜ彩月 作)

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