死に際のきみのこと。

死ぬ用意を進めている知人がいる。
実は数回しかやり取りしたことないから、他人っていう方が正しいかも。

死ぬ用意を進めているその人の近況を私は知っていて、それでもなお、「楽しめたらいいね」って思う。

死ぬことも、楽しめたらたぶん勝ちだよ。
そもそも、「負け」なんて概念はないのですけれど。

辛くなったら、死んだっていいじゃん。

軽率にそう思えるのもまた強さだ。
他者の正義や正論を割り込ませない強さだ。

良いとか悪いとか善とか偽善とか正しいとか間違っているとか、そんなのはどうだって良かったはずだよ。

私たち、生まれた時そんなの一つも知らなかったんだから。
勝手に生まれて、地球を汚して、また死んでいく。

人生に意味なんてありません。
それは感情が見せる幻。

なのにいつまで経っても人類は、意味を求めていて、その愚かさがふと愛おしくなる。
意味が欲しいから嘘を重ねて、嘘は物語になって、科学技術を発展させて。

必死に、この惑星にしがみついているんだ。
ふぅん、かわいいじゃん、人類。

まぁ、とにもかくにも。
死に際のきみのことって、結局人類そのもののことだったりもするし。

やっぱり死にたかったら死んでいいんだと思うよ。
私はきみのこと、たぶんそこまで興味もないし。

最期まで人類であることを楽しんでくれたらいいなって思う。

私、宇宙人だったら良かったのにな。
そしたら、本当の意味で人類のこと、地球人のこと、たぶんめちゃくちゃに愛せていたはずだから。

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