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僕と彼女の関係性

 僕は仕事を転々としている。スーパーマーケットやコンビニ、工場の工員、障がい者のヘルパー、土木作業員、荷物の配達など、全て人間関係の不和と言っても過言ではない。
 僕の名前は田原水太郎たはらみずたろう、二十九歳。今は大学にいこうと考えており、看護師になるため勉強している。父親には反対された。
「どうせすぐ辞めるんだから、普通に就職しろ」
 と言われてしまった。何ていう言い草。言い返してはいないけれど、正直ムカついた。やる前から諦めていたら何も出来ないと思うから。母親は、
「自分の人生だから、好きなようにしなさい」
 さすがは母、理解のある発言をしてくれて嬉しい。僕のせいで夫婦喧嘩もした。
「奨学金を借りてもどうせ辞めてしまうんだからどうやって払うんだ! 最終的には俺らが払う事になるんだぞ!」
 と父親は怒鳴っていた。一概に否定は出来ない。今までの僕を見られているとそう言われるのも無理はない。でも、母親は、
「自分でそれがやりたくて大学にいくんだからがんばりなさい。小遣いはバイトして賄いなさいよ」
「うん、ありがとう! がんばるよ」
 父親は母親に、
「お前が甘やかすから水太郎はこんな人間になったんだぞ!」
「私だけのせい? あなただって水太郎が仕事を勝手に辞めてきても次がんばれよ、て言って甘いじゃない」
「だから、これからは厳しくするんだ!」
「もう三十にもなるのに親がああだこうだって言ったって始まらないわよ!」
 こういうふうに口論になるのが嫌なのだ。しかも僕のせいで。
 その代わりチャンスは一回。受験が不合格だったら仕事をする、という両親との約束をしてある。だから、必死になって勉強している。十代の時のように頭は柔らかくないと思うからハンデはあると思う。
 今に至るまでしたいことがなく、この年でようやくしたい事が見つかるんだから遅い。晩成型というやつだろう。でも、見つからないよりはいいと思う。
 たまに友達と遊びたいな、息抜きに。現在は二十九歳になっても親から小遣いを貰っている。収入がないから仕方ない。情けないかもしれないけれど。友達の名前は貝田美津子かいたみつこといい、年齢は三十歳で僕より一つ年上。たまには居酒屋にでも行ってお酒を呑んだり、焼き鳥や刺身など食べたい。美津子さんは既婚者。でも、旦那さんと上手くいっていないらしい。彼女はこの地域の学校の図書室の職員。訊いたところによると、図書館司書の資格を持っているらしい。だから、正社員の職員として働いているみたい。僕に打ち明けた話しの一部は、
「もし、離婚しても収入が安定しているから生活はできる」
 と強気の発言。さすがだなと思う。ちゃんと勉強して将来設計も立てていてその通りにいくかどうかはわからないけれど、計画はたててある。素晴らしい。美津子さんにメールを送った。
<こんばんは! お久しぶりです。元気ですか? 今度、一緒に食事にでもいきませんか? 居酒屋とかがいいんですが>
 メールは翌朝きた。
<おはよう! 久しぶりねえ。わたしは元気だよ。居酒屋! 最近行ってないわ。居酒屋に行こうか>
 僕はすぐにメールを送った。
<行きましょう! 実は僕今無職で大学いくために勉強中なんすよ。だから自分で注文した分しか払えないけどそれでもいいすか?>
<もちろんよ! 自分の分は自分で払いましょ。そんな気を遣わないで>
 美津子さんが笑っている姿を想像できる。
<いつなら都合がいいですか?>
 僕が訊くと、
<そうね、土曜日がいいかな。日曜日休みだから>
<今週の土曜日でも大丈夫ですか?>
<大丈夫よ。美津子さんは呑みますよね?>
<呑みたいなぁ>
<じゃあ、僕が運転しますね>
<いいの? 悪いわねえ>
<いや、いいんですよ。一緒に行ってくれるんですから。数少ない友達なので、美津子さんは貴重なんですよ>
 そう言うと彼女は(笑)というメールを送ってきた。そんなに面白かっただろうか。まあ、笑ってくれるならそれに越したことはない。
 本当は僕だって彼女は欲しい。でも、受験勉強に忙しいからバイトをしている時間がない。だから、母親から小遣いを貰っている。一ヶ月一万円。それしか小遣いがないから彼女にプレゼントも買ってやれないから作ることもできない。因みに母親は洋服屋の従業員。多分勤務して十年くらいは経過するかもしれない。凄い事だと思う、そんなに続けられるなんて。僕は一番長くて今のホテル清掃。約一年勤務している。この職場は優しい人が多い。だから続いているんだろう。いつまで続くかわからないが。
<何時に行きますか?>
 僕が質問すると暫く経過してからメールはきた。美津子さんからだ。
<夕方六時頃にする?>
<わかりました、それでもいいですよ>
<じゃあ、迎えに来る時メールちょうだい?>
<わかりました>
 こうして日程は調整した。楽しみだ。
 今、思ったけれど美津子さんは僕の事をどう思っているのだろう。僕は良き先輩と思っているけれど、恋愛感情はない。でも、大学に通うようになったら新しい出会いもあるはずだから、そこで彼女が出来るかもしれない。大学は図書館司書という資格をとるためにいく。それが一番の目的。彼女は二の次だ。
 まずは大学に進学して、司書の資格をとり、図書館で働く。そして彼女を作り、結婚するという計画。計画通りにいかせるためにがんばらないと。途中でやめる事のないように我慢も伴う。僕の父親が言うには、
「お前は我慢が足りない」
 と言われた事がある。確かにそうかもしれない。自分なりには頑張っているつもりだけれど。僕が我ままなのか、人間関係が上手くいかなくなると嫌になり辞めていた。まだ若いから仕事なんていくらでもあると高をくくっていたけれど、だんだんそうもいかなくなってきた。もう三十歳手前だから。求人も減ってくるだろう。だから、これからはすぐに仕事を辞めないで頑張らないと。でも、考えた通りいくかわからないけれど。
 翌日。今日は約束の土曜日。朝五時に目覚めた。何でそんな早くに目覚めたのか原因不明だ。久しぶりに居酒屋に行くから緊張してるのかな。どうなのかわからないけれど。もう一度寝ようと思ってベッドの上で目をつむり横になったけれど、眠れないから起きた。さて、何をしようか。読書でもするかな。読みかけの小説があるから。僕は恋愛小説とSFが好き。一ヶ月くらい前に買った恋愛小説。あと、今は冬なのでセーターやブルージーンズ、冬靴が欲しい。
 でも僕にはお金がない。どうしよう、親に買ってもらおうか。それともバイトして自分で買うか。時間ならある。そうだ! バイトをしよう。残った時間で受験勉強をする。でも、体力・気力、もつだろうか。自覚しているのは、体が弱いということ。何かの病気にかかっているわけではないが。でも、昔からよく学校は休んでいた。さぼって休んだこともあったけど、殆どが体調不良で休んでいた。さぼったわけじゃなく。父親は今になって厳しくなったが、それまでは甘かった。僕が、「具合い悪い」と言うと、
「無理するなよ、辛いなら学校休んでいいぞ」と言ってくれた。実に甘い。友達に話してみると、
「ちょっとくらい具合い悪くても学校へ行きなさい! 休み癖がついてしまうから」
 と言われたようだ。厳しい親だと思った。その友達とはたまに会っている。
 体が弱いところが共通しているから気も合う。お互いを言葉で癒し合える。
 その友達は浅里あさざとみゆき、二十九歳。同級生。一時期、彼女に好意を抱いていたが、今は特別な感情は殆どない。何かのきっかけでまた気持ちが再燃するかもしれないけれど。こればかりはわからない。
 時刻は午後四時三十分頃。そろそろ美津子さんと会う用意をしよう。約束の時間は午後六時。あと一時間半ある。まずはシャワーを浴びて、セーターとチノパンを身に着け、黒いダウンジャケットを羽織って外に出た。白い親の乗用車を借り、出かけた。
 美津子さんは農家の娘。本人は農家を手伝ってないが学校の図書室の職員をしている。まだ、独身。まあ、独身じゃなかったら僕と呑みに行かないだろう。まずはメールを送った。
<今から行きます>
 十五分くらい走っただろうか。美津子さんの家に着いた。車から降りて家のチャイムを鳴らした。ピーンポーンという音が聴こえる。彼女の家には初めて来たわけじゃない。彼女の母親とは喋ったことはあるが、父親とは話したことはない。見たことはあるけれど。僕は、
「こんにちはー!」
 と大き目の声で言った。
「はーい!」
 彼女の母親だろう、返事が聞こえた。
「水太郎です!」
 言いながらドアをゆっくりと開けた。玄関を見てみると母親が立っていた。
「こんにちは」
 挨拶すると、
「あら、水太郎君。いらっしゃい! 寒いでしょう? 美津子ー! 水太郎君来てるよー」
 家の中から、
「今行くー!」
 そう聞えた。
 来るまで雪はなかったが、寒いのはたしか。母親は、
「ちょっと待っててね」
「はい」
 少しして、
「水太郎、お待たせー」
「いや、全然待ってないよー」
 美津子さんは、白と黒のボーダー柄カットソー、ベージュのパンツ、を身につけ白いロングコートを羽織っている。白いバッグも持っている。正直、綺麗だと思った。僕が美津子さんに見とれていたからか、
「どうしたの?」
 と言われてしまった。なので僕は、
「いやいや、何でもないっす」
 そう答えた。
「さ、行きますか」
「うん、行こうか」
 今の時刻はスマホを見てみると午後六時五分と表示されている。
 二人して外に出て車に乗った。美津子さんは助手席に乗った。僕は思っていた事を言った。
「何か雰囲気違いますね」
「そう? 服装のせいかな?」
「そうかもしれませんね」
 僕はエンジンをかけた。
「惚れちゃだめよ」
 笑いながら彼女は言った。
「からかわないで下さい」
「そっか、ごめんごめん」
「それより、どこの居酒屋いきますか? 僕、あまりわからないんですが」
「そうねえ、最近できたとこ行こうか」
「あ、じゃあナビお願いします」
「わかったよ」
 二十分くらい走って到着した。外観は、入り口がお寺のような造りになっていて、提灯が並んで吊るされている。今は冬なので、既に陽が暮れている。
「着きました」
 美津子さんは、
「寒い~」
 と言いながら外に出た。
 中に入ると店員の大きな声で、
「いらっしゃいませー!」
 という威勢の良い数人の男女の声が聞えた。女性の店員が近づいて来て、
「二名様ですか?」
 と訊いてきた。美津子さんは、
「そうだよ」
 そう答えた。
「お煙草は吸いますか?」
 美津子さんはこちらを向いた。そして僕が頷くと、
「吸います」
 と言った。
「では、こちらへどうぞー!」
 店員は案内してくれた。ちょうど、二人用の席があったのでそこに座った。
「お決まりになりましたら赤いボタンを押して下さい」
 と店員は言って去って行った。
 僕はメニュー表を美津子さんの方に向けて二人で見た。
「ありがと」
「いえいえ。何食べます? 飲み物から先に決めますか?」
「そうね! わたしはビールにする」
「じゃあ、僕はアップルジュースで。食べ物もまとめて注文しますか」
「その方がいいかもね」
 僕らはじっくりと見た。
「わたしは刺身と焼き鳥のアラカルト。とりあえずこれで」
「僕はも焼き鳥のアラカルトと、サイコロステーキにします」
 彼女は赤いボタンを押した。ピンポンピンポンと音が鳴った。店員は、
「はーい! ただいま参りまーす!」
 と叫んだ。
 来た店員は先程と同じ背が低く、茶髪の髪を背中でまとめている。なかなかかわいい。
 選んだメニューを美津子さんは伝えた。
 そこから二時間くらい楽しく喋った。
 今日は彼女と一緒に来れて本当によかった。楽しかった。久しぶりに居酒屋にも来たし。
「さあ、そろそろ帰りますか。今日は楽しかったです」
「それならよかった。わたしも楽しかったよ!」
 美津子さんはビールを三杯くらい飲んで少し酔っている様子。
「久しぶりにビール三杯も呑んだから変な気分」
「変な気分? どういう気分ですか?」
「うーん、何かムラムラする」
「え! マジですか」
「マジなのよ、それが」
「僕に何か出来る事ありますか?」
「抱いてよ」
「ええ? ごめんなさい、それは無理です。美津子さんをそういう目で見ていないので」
「わたしだって女なのよ! 女としてみてないの!?」
「すみません、性別は女性ですが性的な目ではみていません」
「なんだ、てっきりそのつもりでいたのかと思ったのに。じゃあ、わたしが水太郎君に悪戯してもいい?」
「まじっすか、うーん、いいですよ」
「じゃあ、今からラブホテル行くわよ!」
「はい。でも、ラブホテルの場所知らないんですよ」
「は? 水太郎くん、もしかして童貞?」
「いや、そういうわけではないですが……」
「そう、じゃあ案内するからその通りに行って」
「わかりました」
 僕は言われた通り運転した。そこは山の上の方にあった。
「車庫に車入れて」
「はい、バックでですか?」
「どっちでもいいから早く!」
 相当ムラムラしているんだなと思った。バックで入れるのは自信がないから前から入れた。車を駐車し、
「このドアから入るの!」
 詳しいな、頻繁にここに来ているのだろうか。そんなに好きものだったとは。部屋に入り彼女は僕を犯した。
「わたしの体触ってもいいのよ?」
 僕もだんだんその気になってきて、美津子さんを犯した。だが、僕は避妊具を付けるのを忘れてしまった。
「もし、赤ちゃん出来てたら責任とってね」
 僕は顔が真っ青になった。
「もし、子どもが出来ていたらいつわかりますか?」
「いつというか、生理がこなかったら妊娠してる可能性はあるわ。その時、婦人科に行って検査してみるのよ」
「もし、妊娠していたらおろす気はありますか?」
 そう言うと彼女の目つきが変わった。
「おろす気なんかあるわけないじゃない! わたし、水太郎君の子なら産みたい」
「でも、僕無職ですよ。養っていけないっす」
「わたしが働いて育てるからいいわよ。ていうか、まだ妊娠しているかどうかわからないから」
「そうですよね。気ばかり焦ってた」
「そうよ、焦り過ぎ」
 言いながら二人で笑っていた。
「実は僕、大学受験するんですよ。看護師になりたくて」
「え! そうなの? 凄いじゃない」
「いや、凄くはないですよ。まだ合格したわけじゃないし」
「そういう事じゃなくて、看護師になろうという気持ちが凄いのよ」
「なるほど、漠然とそういう気持ちになったんですよ」
「漠然と? そうなんだ。ちゃんとした理由はないんだ」
「はい、ないです」
 もし、妊娠していても自分で働いて育てるっていうし、妊娠していないかもしれないし。結果がどうであれ、僕は育てなくていいようだ。
 休憩で入ったので二時間で退室する。
「僕、ホテル代ないっすよ、すみません」
「いや、いいのよ。わたしから誘ったんだから」
 軽いノリで助かる。さすが先輩。頼りがいがある。
 それにしても尊敬している先輩と一線を越えてしまった。よかったのだろうか。そういうつもりで居酒屋に来たわけじゃないのだけれど。まあ、やってしまったものは仕方がない。今後はないように気をつけよう。
 ホテル代を支払って僕らは外へ出た。
「今日は楽しかったわ」
「僕もです」
「そうなんだ、よかった!」
「じゃあ、帰りますか」
「そうね」
 こうして僕達は帰宅した。
 僕が自宅に着いて間もなくして、同級生の浅里みゆきからメールがきた。
<こんにちは! たまに遊ばない?>
 彼女からメールがくるのは珍しい。たまにしか遊ばない相手だし。
<うん、いいよ~。何して遊ぶ?>
 考えているのか、暫くメールがこない。
<じゃあ、ランチを食べてゲームセンターに行こう?>
<いいねえ! でも、今、金欠病で……>
<そうなんだ、いつならお金ある?>
<来月かな、ごめんね>
<いや、謝らないで。あたしもそういう時あるから気持ちはわかる>
<そっか、ありがとう>
<いえいえ>
 僕の友達は少ないけれど、その代わり深みがあると思う。美津子さんに至っては体の関係までもってしまった。みゆきとは体の関係にはならないぞ。
 今は一月。二月までにまだ三日ある。二月一日になれば小遣いを母親から貰える。貰ったらみゆきと遊びに行く。
<来月の一日になればお金入るからそしたらメールするよ>
<わかった! 待ってるね>
 それでメールは終わった。
 今になって美津子さんと寝なければよかった。また居酒屋に行ったら求められそう。そもそも僕はあまり性欲が少ない。なぜかはわからないけれど。だから、今まであまり女性と交際に至らない。こちらから体を求めることはないから、相手も求めてこない。でも、美津子さんは違う。積極的に求めてくる。それが嫌ではないが、その気がないから少し困る。まあ、結局抱いてしまったが。それにしても久しぶりに女性と交わった。二十代前半に誘われて寝た以来。この時も自分から誘ってはいない。美津子さんのように酔って性欲が高まって誘われた感じ。僕はモテる男ではないと思うが、時たまそういうことがある。だからといって別に嬉しいわけでもない。個人差があると思うが、性交が好きじゃないなんてやっぱり僕は変わっているのかな。そこは自覚している。みゆきと会っても今まで誘われた事がないから大丈夫だろう。それに、ゲームセンターではお酒呑んだら駄目な筈だし。だから尚更大丈夫。
 さて、少し受験勉強するか。僕は自分の部屋に戻り、机に座って開始した。まずは国語から。僕は通信教育を受けているが難しい。親戚のおじさんは、自衛隊で働きながら大学受験に見事合格した。凄い人だ、尊敬している。そう本人に言うと、
「大したことじゃないよ。大学で勉強したいことがあったからな。だから、頑張れた」
 僕はなるほどと思った。
 おじさんに僕が大学に行く理由を言うと、
「それはそれで凄いじゃないか!」
 褒められて僕は嬉しかった。そのような事があった。でも、僕は精神的に疲れやすく、集中力もあまりない。だから、勉強がはかどらない。でも、やめる気はない。大学受験突破してやる! そう心に決めている。こういう僕は珍しいと自分でも思う。
 三日後の二月一日になり、僕は母親に小遣いを請求した。
「母さん、小遣いちょうだい」
「ちょっと待ってよ、まだおろしてないんだから」
「早くおろしてきて」
「何そんなに急いでるの?」
「友達と遊ぶんだ」
「また遊ぶの? この前だって帰って来たの夜中だったじゃない。勉強してる?」
 そう言われ、腹がたった。
「勉強は毎日してるよ! 変なこと言わないでくれ!」
 僕は怒鳴った。
「そう、今おろしに行かないとだめなの?」
「できれば」
「わかったよ、全く」
 僕はみゆきにメールを送った。
<今日、お金入るよ。今日、遊べるの?>
 だが、なかなかメールがこない。仕事中かな。
 時刻は午前十一時過ぎ。母親からは既に小遣いを貰ってある。今日は遊べなさそうだな、残念。
 昼の十二時ニ十分になり、メールがきた。相手はみゆきからだ。ようやくきた。
<メールありがとう! 今日は仕事だから遊ぶのは無理っぽい。明日ならいいよ。今、お昼休みなの>
 明日か、まあ、仕事なら仕方ない。
<じゃあ、明日にしよう。ランチしてゲームセンター行くんだよね? 何時頃迎えに行けばいい?>
<十二時頃でいいよ>
<わかった、何食べたい?>
<ラーメン食べたいな>
<ラーメンいいね! 行こう>
 一時期、彼女に好意を抱いていたが、今は特別な感情は殆どない。何かのきっかけでまた気持ちが再燃するかもしれないけれど。こればかりはわからない。特別可愛い顔をしているわけでもないし、スタイルだって中肉中背。でも、みゆきは優しい。あのふわりとした雰囲気が堪らなかった。今でもあの雰囲気は漂っているだろうか。場合に寄っちゃあまた惚れ直すかもしれない。明日が楽しみ。明日は何を着て行こう。美津子さんと会った時のようにセーターを着て行こうかな。色違いの。今日は白にしよう。清潔感を感じられるように。それと、ダメージジーンズを引き出しから取り、赤いスニーカーにした。僕は結構ファッションが好きで毎月安い服やズボンを見付けて買っている。
 翌日。僕は朝八時半頃目覚めた。いつもは七時には起きているが、今朝は昨夜なかなか寝付けなくて、遅くなってしまった。居間に行ってみると母親がいた。
「今日はずいぶんとのんびりね」
「うん、昨日の夜なかなか寝付けなくて」
「考え事でもしてたの?」
「ちょっとね」
 今日、みゆきと会う事を考えていたというのはもちろん言わない。内緒だ。遊びに行く事は行ってある。だから、母親にお昼ご飯はいらないと伝えた。
 まずは、朝ご飯を自分で温めて食べた。おかずは、焼き魚と味噌汁とライス。母親が、
「仕事行って来るからね」
「わかった、いってらっしゃい」
 と言って家を出た。
 朝食をとった後、シャワーを浴びた。それから先ほど用意した衣類を身につけた。いつもの香水を服に吹き掛けた。歯をいつも以上に丁寧に磨き髪を乾かした。いつもはしない髪のセットをワックスをつけてした。いい香りがする。
 時刻は十一時三十分を回ったので、スマホと財布をポケットに入れた。
 父親がいるので父親の車を貸してもらおう。まだ、借りる話はしていない。
「父さん、ちょっと出かけてくるから車貸して?」
「どこに行くんだ?」
「友達のとこ」
「事故らないように気をつけて行けよ」
「うん、わかってる」
 父親から黒い軽自動車の鍵を借り、家を出た。
 もし、事故ったら父親に怒られるのでゆっくりと走った。
 車道は、お昼時だからか混雑していた。彼女の家に着いたのは、十一時五十五分。一軒家なので、家の前に駐車した。車から降り、家のチャイムを鳴らした。インターホンから音声が聴こえた。
「はい」
「あの、田原です。田原水太郎ですけど」
 この声はきっとみゆきのお母さんだろう。
「あ、水太郎君! 久しぶりね。玄関に入って来て」
「はい」
 言われた通り、ドアを開け玄関に入った。
 お母さんは笑顔で居間から出て来て、
「みゆきと約束してたんでしょ?」
「はい」
「みゆきー! 水太郎君来てるわよー」
 と呼んでくれた。みゆきと同様、お母さんも元気だ。彼女は二階の一室にいるようだ。前までは一階にいたけれど、暫く来ない間、部屋が変わったみたいだ。
「はーい! 今行くー!」
「ちょっと待っててね。すぐ来ると思うから」
「はい」
 そう言った後、お母さんは居間に戻った。
 五分程待っただろうか。階段から降りて来る足音が聞こえた。
 彼女は笑みを漏らしながら、
「おまたせー」
 と言った。
「いやあ、全然待ってないよ。じゃあ、いこうか。お腹空いたから」
「うん! あたしも空いた」
 その時、グーッとみゆきのお腹が鳴る音が聴こえた。僕は思わず笑ってしまった。
「笑わないで! 恥ずかしいんだから」
 そういうところは可愛いと思った。彼女も笑っている。
「よし! いくか」
「うん!」
 外に出てみゆきは後部座席に乗ろうとしたので、
「助手席に乗れば?」
 と言うと、
「うん、そうする」
 彼女は素直に助手席に乗った。
「何で後ろに乗ろうと思った?」
「知り合いに見られて、彼女と間違われたら迷惑かな、と思って」
「いやあ、迷惑じゃないよ」
「そうなの?」
 僕は頷いた。
「へー、意外」
 聞きながら発進した。そして話した。
「僕ね、大学にいこうと思ってるんだ」
「あ! そうなの?」
 みゆきは驚いている様子。
「うん、図書館司書の資格とりたくて」
「へえ、水太郎、本好きだっけ?」
「うん、割と好きだよ」
「そうなんだー。付き合いは長いけど知らなかったー」
「そうなんだな、もっと僕を見てよ」
「は?」
 僕は車の中で大笑いした。
「冗談だよ」
「びっくりしたー、水太郎もそういう冗談言うのね」
 そして、目的地のラーメン屋に着いた。
「ここは僕がたまに来る店なんだ」
「そうなんだ。あたしは初めて来た」
「結構、旨いぞ」
 言いながら僕達は車から降りた。駐車場には車が数台停まっていた。今日は天気が良い。陽射しが眩しい。これなら雪も少し溶けるだろう。
 赤い看板に店名が書かさっており、硝子の入り口だ。店内に入ると威勢のいい声が聞えてきた。
「いらっしゃいませー!」
 座席は半分くらいお客さんで埋まっていた。僕らのところに男性店員が来た。
「二名様ですか?」
「はい」
 僕は返事をした。
「カウンター席でもよろしいでしょうか?」
 僕はみゆきの方を見た。すると、彼女は頷いた。
「はい、いいですよ」
 男性店員は続けて言った。
「お決まりになりましたらお呼び下さい」
「わかりました」
 そう返事をすると男性店員は別の席に行った。
 僕とみゆきは傍にある椅子に隣り合わせになって座った。
「何にする?」
 僕はみゆきに訊いた。
「うーん、赤味噌ラーメンにするかな」
「じゃあ、僕は白味噌角煮の大盛りとライスの大盛りと餃子にするわ」
「さすが男子! 食べるねえ!」
「そりゃそうさ、腹も減ってるし。それにこれくらい食わないとこの大きな体を維持出来ないわ」
 僕は店員を呼んだ。
「はーい!」
 と返事をしながらさっきの男性店員がやって来た。そして伝票に僕が言ったメニューを書いているようだ。
「失礼します」
 と男性店員は言って、厨房の方に行った。
 十分くらい経過してからラーメンが二杯運ばれて来た。その後にライスと餃子も来た。僕は十分くらいで白味噌角煮ラーメンを完食した。
「早っ!」
 とみゆきは驚いていた。続きは炒飯と餃子も十分くらいで完食した。
「ちゃんと噛んでる?」
「あんまり噛んでない」
 僕は言いながら苦笑いを浮かべた。彼女は心配そうな表情で僕を見ている。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、でも、ありがとね」
 彼女は首を左右に振った。
「何だか心配でね、同級生だしさ」
「まあ、確かに。でも、そんなに心配してくれるなんて有難いよ」
「そう? なら、よかった」
「今後のあたし達、どうなるんだろうね?」
「え?」
 みゆきは顔を赤らめて言った。
「いや、あたし達、今日久しぶりに会ったじゃん? それで思ったの。水太郎、前より男らしくなってかっこいいなって」
「それを言うならみゆきだって、前よりいい女になってるじゃん」
「マジで?」
「うん」
「何か、あたし達、良い感じだね」
「そうだな。とりあえず車に戻ろう」
 僕はそう言った。
 会計をそれぞれ済ませ、僕の車に戻った。
「どうしたんだよ? 急にしっとりして」
「……ん。なんかね。何となくそんな気分」
 僕は彼女が言う意味がよくわからなかった。僕が黙っていると、
「どうして何も言わないの?」
「いや、別に」
「そう」
 僕らに沈黙が訪れた。なので、
「ゲームセンターに行こうか」
「そうね」
 そして発車させた。十分くらい走って到着した。駐車場には結構車が停められていた。
それにしてもさっきのみゆきの発言は何だったんだろう。意味深だ。もしかして……、いや、それはないな。僕は一人で想像を膨らませていた。
 一時間くらい遊んだだろうか。みゆきにUFOキャッチャーで大きいぬいぐるみを三つとってやった。とても喜んでいた。こっちまで嬉しくなるくらいに。その姿はとても可愛かった。
「さあ、帰ろうか」
「え、もう少し遊ぼ?」
「うん、いいけど僕お金ないよ」
「あたしが出すから」
「それは悪いよー」
「大丈夫! 大きいぬいぐるみ三つもとってくれたじゃん!」
「まあ、そうだけど」
「カラオケに行こう?」
「うん、じゃあ行こうか」
 二人で三時間いた。歌ったたり、喋ったり。楽しかった。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「いやいや、楽しかったから大丈夫」
「ならよかった」
 みゆきは笑みを浮かべている。それから、
「何だかずっと水太郎と一緒にいたい」
「そうなの?」
「うん」
 僕らの間に沈黙が訪れた。
「あの」
 と同時に喋り出してしまった。
「あ、ごめん。水太郎からしゃべって?」
「いや、みゆきからでいいよ」
「ん。水太郎と一ヶ月くらい会わないで今日会ったら何だか心変わりしちゃって」
「心変わり? どんな?」
「水太郎はあたしの事どう思ってる?」
「どうって、大切な友達だと思ってるよ」
「友達、か。まあ、そうだよね。あたしはね……水太郎のことが……好きよ」
「マジで?」
 みゆきは頷いた。
「マジよ、大マジ」
「知らなかった」
「そりゃそうよね、言ってなかったから」
 これからの僕達はどうなっていくのだろう。みゆきは僕の事が好き。僕はみゆきのことは友達として見ている。もう少し会う頻度をあげてみよう。そしたら僕も見方が変わるかもしれない。彼女の期待に添えられたらいいが、こればっかりは気持ちの問題だから何とも言えない。今後、僕の気持ちと、僕とみゆきの関係がどうかわっていくかを期待している。
 了

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