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【短編小説】積極的な彼女

#短編小説 #一次創作 #積極的な彼女

 僕には気になる女性がいる。僕の名前は板井達治いたいたつじ、25歳。職業は土木会社の現場代理人。とある女性と知り合ったのは、僕が行きつけのバーだ。と言ってもそんなに大きなバーではなく、こぢんまりとした造り。なので、落ち着く。疲れてバーに入ってジントニックを注文して少しずつ飲んでいると、女性がこちらを笑顔で見ていた。なんだろう? と思いながら呑んでいた。暫くの間、視線を感じながらちらりちらりと女性のほうを見ていたら、席を立ってこちらにやってきた。
「となり、いいかしら?」
「あ、はい」
「あなた、かわいい顔してるわね。あたしはね柏木順子かしわぎじゅんこっていうの、順子って呼んで。あなたの名前訊いていいかしら?」
「僕は板井といいます。板井達治」
「じゃあ、たっちゃんと呼ぶわね」
 ずいぶん積極的な人だなと思って、僕は黙っていた。初対面だというのに。
「このあとどうするの?」
 順子さんはにこにこしながら訊いてきた。
「帰って寝ますよ。疲れているんで」
 彼女は僕の顔をまじまじと見ながら、
「いいことしよ」
 そう言われ、僕は最初何のことだろうと思ったが、ニタニタした笑みを見て察しがついた。
「いいんですか? 僕たち知り合ったばかりですよ?」
「そんなの気にしない気にしない」
 順子さんは手を左右に振っている。
「いや、僕が気にするんですよ」
「何で?」
 明らかに不満げな顔付きだ。
「そんな会って間もない女性とできませんよ」
 彼女は高笑いした。
「たっちゃんは真面目ね。もう少しあそんでるかなと思ったけど。彼女はいるの?」
「いませんよ、どうしてですか?」
「いや、彼女がいるから抱いてくれないのかな? と思ったから」
「それにしても順子さんはずいぶん積極的ですね」
「そうかしら? あ! あたしの年齢知りたい?」
「教えてくれるのであれば聞きます」
順子さんは、
「あまり興味なさそうね」
「そんなこともないけれど」
「そう? 27よ。たっちゃんは?」
「僕は25です」
 彼女は驚いたような表情になった。
「年下なんだー、意外」
「そんなに老けて見えますか?」
「ちょっとね」
「ずいぶん、はっきり言うんですね。気にしてるのに」
「あら、そうだったの? それはごめんなさい」
「僕は先においとまします。では」
「あ! ちょっと! 連絡先交換しよう?」
 内心、面倒だなと思ったが、これも何かの縁だと思って電話番号とメールアドレスを交換した。
「では」
「はーい」
 あんな女性は初めてだ。会ったその日に、いいことしよ、だなんて言う女性は。でも、僕は自宅に着いてから気になっていた。僕はどちらかとい言うと消極的な性格なので、せっかく連絡先を教えてもらったけどメールをする勇気がない。なので、連絡がくるのを待つことにした。今は夜十時ころで明日は休みなので夜更かししようかな。趣味で描いているイラストや漫画を読んだりするかな。1時間くらい男女の絵を描いていたら、メールがきた。もしかして……。と思いメールを開くと柏木順子さんからで、やっぱりメールをしてきた。本文は、
<さっきはありがとう! 今、何してるの?>
<絵描いてますよ>
<え!? たっちゃんって画家なの?>
 僕は笑ってしまった。
<そんなわけないですよ。趣味です>
<それでも凄いじゃん!>
<ありがとうございます>
<あたしはね、人と話すのが好きでつい、いい男を見つけると声をかけちゃうの>
 尻軽女ってやつかな、そう思った。メールは続けてきた。
<しかも、お酒を呑みながらのお喋りは凄く楽しい!>
 活発な人だな、とも思った。僕はどちらかというとおとなしい方なのでうらやましい。僕ももっと元気にハキハキしていればなぁ、そしたら、モテるかもしれない。
<ねえ、たっちゃん! 明日も会おう?>
 何で僕なんだ。でも、誘われるのは気分は悪くない。
<明日、ですか。明日は用事があるんですよ>
 咄嗟に嘘をついた。本当は用事などない。ただ、少し怖いだけだ。初対面でグイグイ来られるのは苦手なのだ。男女問わず。
<そう。残念だなあ……。いつなら会える?>
<それはわからないですね。もし、よければ友人も連れてっていいですか?>
 少し間があった。連れてきてほしくないのかな?
<いいよ、男?>
<そうですよ>
<わかった、メールはしてもいいんでしょ?>
<はい。今日はもう寝るのでメールは返せません>
<そっか、残念>
<すみません>
<いやいや、謝らないで>
 メールでは寝ると送ったが、今は23時過ぎ。まだ、寝ない。また、嘘をついた。別に順子さんのことが嫌いなわけじゃない。ただ、少し面倒なだけ。気にはなっているけど。
 寝る時間は深夜零時ころ。これからの時間は読書をしようと思う。僕の好きな作家で、ジャンルはホラー。毎日読書をしていて、だいたい二十ページくらいずつ読んでいる。一応、
<おやすみなさい>
 と送っておいた。順子さんからも、
<おやすみ>
 というメールがきた。
 僕が思うに順子さんは気性の荒い女性だと思う。こんなに誘ってくるくらいだから。
 今日は金曜日で土日が休み。きっと、順子さんも同じだろう、銀行員だから。銀行員って看護師並みにストレスがたまるのかな? 若いのもあるが初対面で、いいことしよ、という発言はなかなか言えない。そんなにしたいのか。それとももともと持ったさがなのか。かなり性欲が強いのは話していてわかる。でも、そういう女性に溺れるのも悪くはないかもしれない。
「煙草でも吸うか」
 僕はたまに吸う程度で一日に五~六本くらいだ。その代わり、ニコチンの多い煙草を吸っている。本を大切にしているのでキッチンの換気扇の下で吸っている。僕の部屋は二階だから臭い煙草の煙がいくことはないはずだ。
 さて、夜も更けてきたから寝ようかな。そう思い立ち、歯を磨きに洗面所に行った。実は虫歯があってときどき痛い。でも、歯医者に行く時間がないのだ。いいわけかもしれないが、いい口実だ。歯医者の治療する音が嫌いだ、好きな人は少ないと思うけど。
 煙草を吸い終えて冷蔵庫に入っているビールを二本持ってきた。何だか寂しい、何でだ?僕を好いてくれている柏木順子さんという女性もいるというのに。人間の心理って不思議だと思うし、興味深い。僕の職業は現場代理人だけれど、心理療法士になりたくなってきた。そっちのほうに興味があるし。資格とろうかな、通信教育で。そっちのほうを職業にしたいと思えてきた。たった一度の人生、好きなことをして生きていきたい。明日、本屋に行って心理療法士の書籍を見に行こう。明日は土曜日だから道路や店の中は混むかもしれない。日曜日ほどではないにしろ。そうだ、思い出した。順子さんと会うときに一緒に行ってもらおう。友人にメールを送らないと。誰がいいかな。スマートフォンの電話帳を見てみた。よし、この人にしよう。
末田明夫すえたあきお、26歳。僕のひとつ上の先輩。職業は、ビルなどの施設の警備員をしている。僕もだが、末田明夫さんも一人暮らしをしている。ちなみに彼は彼女がいる。だから、訊いてみないとわからない。明日の朝にでもメールをしてみよう、でも、もしかしたら仕事かもしれない。急いでいるわけじゃないから、返信は夜になってもいい。
翌朝。
<末田さん、こんばんは! 昨日、僕、いつものバーに行ったら知らない女性に声をかけられて、少し話したら、いいことしない? とか言われて驚いたんですよ。もちろん、断ったんですけどね。でも、話しの流れで今度会うことになったんですけど、一緒に会ってくれませんか?>
 夜になり末田さんからメールがきた。やはり、夜だった。
<オスッ! メール読んだよ。何だ、せっかくだから二人で会えばいいじゃないか。何で俺が行かなくちゃ行けないんだ。まあ、どうしてもと言うなら行くけどよ>
 僕は少し考えた。本当に彼に来て欲しいかどうかを。そして、
<末田さん、来て下さいよ。一人じゃ不安で……>
<何で不安なんだよ? 捕って食われるわけでもないのに>
<それはそうなんですけど、ホテルに誘われそうで>
<いいじゃないか! 抱いてこいよ。俺からしたらうらやましいぞ>
<そうですか~、わかりました。がんばってきます>
<その粋だ!>
 あえなく断られてしまった。どうしよう? 大丈夫だろうか。心配だ。まあ、末田さんの言うように求められたら抱いてやればいい。そうしよう! 僕だって男だ。男らしさを見せてやる。
 翌日の夕方の六時――。
 柏木順子さんからメールがきた。案の定だ。
<こんばんは! 昨日ぶり。いつなら会える? ていうか、友達も来るんでしょ?>
<来てほしいと言ったんだけど二人で会えと言われたので、友達は来ませんよ>
 少し間を置いてからメールがきた。この間は何か意味はあるのかな。まあいいか。
<そうなんだ。残念ね、達治って呼び捨てでもいい?>
<あ、いいスけど、僕は順子さんと呼びますよ?>
<なんでもいいわよ、そのうち呼び捨てにしてね!>
 そう言われたが僕は黙っていた。
<それと電話にしよ? 文字をうつのもめんどいし、達治の声も聴きたい>
<うん、電話にしますか>
 僕の電話の着信音が鳴り、出た。
彼女に興味はあるが、近付くのが早すぎて付いていくのが大変。もう少しゆっくり距離を縮めたいというが本音。言わないけれど。でも、女の勘というのは鋭くて、電話越しだというのに、
『達治、あたしになにか言いたいことあるんじゃないの? メールしてて感じたけどさ』
 と言ってきた。
「いやあ、な、ないよ」
 ついどもってしまい、挙動不審になってしまった。
『あ、きょどってる! やっぱり何か言いたいんでしょ!』
 仕方ない、と思い言うことにした。
「あのね、僕は順子さんともう少しゆっくり距離を縮めたいのさ。急接近だから、ちょっと戸惑ってしまって」
『なんだ! そんなことか。それならそうと早く言ってよ。達治のペースにあわせるよ』
「ありがとう! そうしてもらえるとありがたいよ」
 僕のペースを言った。
「電話じゃなく、メールで話したい。んで、会うのは週に一回がいい」
 そう言うと彼女は黙ってしまった。やはり不満だろうか。でも、付き合っているわけでもないし、べつにいいと思う。
<メールにしたいからきるね>
 この話を順子さんからメールがくる前に友人の末田明夫さんにメールで送った。
<こんばんは、末田さん。僕、自分の気持ちをはっきり伝えたよ>
 メールは一時間後くらいにきた。
<自分の気持ち? こんばんは>
 僕はすぐにメールを送った。
<うん、連絡はメールでとって、会うのは週に一回>
<ていうか、お前ら付き合ってるのか?>
<そういう約束はしてないけど>
<そうなのか。じゃあ、なんで会うのを週に一回って決めるんだ?>
<それは向こうが頻繁に会いたがるから>
 順子さんからもメールがきた。
<仕方ないわね。それにしても会うのが週一ってずいぶんすくないわね>
 疲れるからと言いたかったけれど言わなかった。さすがに疲れる、と言ったら傷つくだろう。とりあえず明日は会うか。それ以降は一週間に一回のペースで会う、そう決めた。それをメールで伝えた。
<じゃあ、明日を楽しみにしてるわ。ちなみに何時に会う?>
<明日、夕ご飯一緒に食べない? 七時とかは?>
<わかった、そうしよう>
 順子さんは、
<どこかで待ち合わせする? それともあたしん家にくる?>
<そうだね。順子さんのアパートに行こうかな。なにか目印になるものある?>
 少し間があき、メールがきた。
<川沿いの近くにコンビニあるでしょ? そこまで来てもらえる? そしたらあたし行くから>
<わかったよ。ちなみに何食べたい?>
<お寿司食べたい!>
 順子さんは即答だった。よほど寿司を食べるのを我慢していたのかな。思わず吹き出してしまった。
<じゃあ、回転寿司に行こうか。回らない寿司屋は無理だから>
<そうだね、わかった、じゃあ、そういうことで>
 彼女はそう言い、とりあえずメールのやり取りは終わった。
 翌日の夕方5時半ころ、僕は出かける支度を始めた。シャワーを浴び、髪を乾かし、長袖の青いTシャツを着て、赤いカーゴパンツを履いた。その他に財布、スマートフォン、鍵、煙草をズボンのポケットに入れて部屋をでた。
 

 約束通り川沿いのコンビニに向かった。7時の約束が7時半になっても姿を現さない。なぜだろう? メールを送信してみた。
<順子さん、僕はもう川沿いのコンビニにいますよ。どうかしましたか?>
 メールもさらに30分くらい待ったがこない。ドタキャンか? それならそうと連絡してきてほしいなぁ。もしかして順子さんは時間にルーズなのか? 出会ってまだ間もないから、彼女のことをよくわかっていない。だんだん、腹が立ってきた。何でこない!? 畜生! 僕は騙されたのか? そりゃそうだよな、逢っていきなり、
「いいことしよ」
 なんて言う女は信用できない。一時でも信用した僕が馬鹿だったのか。なので帰ることにした。アパートに帰宅してから空腹を感じたので友人とラーメンでも食いに行こうとスマートフォンの電話帳を見た。誰なら行けそうかな。この時間帯だから、既婚者は無理だろう。
 こいつはどうだ。後輩の山際拓三やまぎわたくぞう、24歳。最近、会ってないが何をしているだろう? メールを送った。
<拓、こんばんは! ラーメン屋に行かないか?>
 少ししてメールがきた。
<達治さん、こんばんは。まだ食べてないけど、親に訊いたらもうすぐできるらしいんですよ。だから、また今度。すみません>
 山際拓三は実家が農家なので後継ぎらしい。ミニトマトと米を作っていると言っていた。肉体労働の割には太っている。身長も低く、いわゆる、ブ男というやつ。本人の前じゃ言えないけれど、いくら後輩とはいえ。拓もだめか……。独りで行くのも嫌だから仕方ないからコンビニ弁当を買いにいくか。それにしても順子さんの野郎! ふざけているな。常識がないというか。そう思っていると、メールが鳴った。見てみると、柏木順子と画面に表示されている。本文をすぐにみた。
<ごめんね、こんな時間になってしまって。実はね、元カレが突然やって来て、寄りを戻そう、と言われて断ってたんだけど、しつこくて断り続けたら襲われてしまってね……。力じゃ男にはかなわないからされるがままになってた。そしたら、こんな時間。ほんとごめんね。今からじゃだめよね?>
 そういうことだったのか。それは想定外だ。
<いや、まだご飯食べてないから行けるよ。できればラーメン屋がいいな>
<わかった、今から待ち合わせの場所に向かうね。あ、それと元カレに暴力をふるわれて泣いちゃったから目が充血してるけど気にしないでね>
マジか……と思い、
<わかった、僕も今から行くよ。訊きたいこともあるし>
<訊きたいこと?>
<うん、会ったら訊くから>
<わかった>
 メールでそういう会話を交わし、出かける準備をしてアパートをあとにした。
 車で川沿いのコンビニに来た。まだ、彼女は来ていない。もし、これで来なかったら本当にさよならだ。10分くらい待って僕の青い乗用車の右側に黄色い軽自動車が来た。この車が順子さんのか? 運転席を見てみると柏木順子さんだ。僕は笑顔で手を挙げた。彼女も笑みを浮かべながら手を振って車から降りて僕のほうに来た。
「こんばんは!」
「こんばんは~。順子さんの車はここに置いといて、僕の車で行きませんか?」
 僕はそう言うと、
「あ! いいの?」
「いいですよ! 乗って下さい。行きましょう」
 そう言うと助手席に乗った。
「ありがとね」
「いえいえ」
 順子さんは笑い出した。
「どうしたんです?」
 尋ねると、
「達治って真面目よね!」
「そうですか? 普通だと思うけど」
 そう言っても尚、笑っている。なんでそんなに面白いんだ。真面目でなにが悪い。これは言ってはいないけれど。
「だって、たくさん喋っているのに今でも敬語って」
「ああ、それは順子さんのほうが年上だからですよ」
「なるほどね! えらい! 年上を敬うなんて」
「それこそ普通ですよ」
 僕はそう言い返すと、
「あたしは年上の友達はいるけれど、タメ口よ」
「そうなんですね、まあ、僕は順子さんじゃないんで」
「たしかに」
 と言いながら笑っている。なんか失礼だなぁ、まあいいけれど。
「僕がたまに行くラーメン屋でもいい?」
「うん、いいけど今度行くときは、あたしが行くラーメン屋でもいいでしょ?」
「いいですよ」
 今度行くとき、と順子さんは言った。今度はあるのだろうか、わからないけど。
 行ってみると目的地にあったラーメン屋はなくなっていて、更地になっていた。
「あれ? なくなってる! なんで?」
 その土地には看板が立っており、車を更地に停車した。
「ちょっと待ってて下さい」
 そう言って僕は車から降り、木製の看板を見に行った。するとこう書いてあった。
お客様へ。私どもの不注意で火事になり建物は全焼してしまいました。なので下記の住所に移転して営業していますのでよろしくお願いいたします。大変ご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございません。住所は……
 こういう文言が書かれていた。うんうん、あ、あそこか。住所を見て場所を特定した。自分の車に戻り助手席にいる女性に説明した。
「どうやら建物は火事で全焼してしまったらしです。けど、別の場所で営業してるみたいなので、そこに行きましょう」
「そうなんだ、わかった」
 だいたいの場所は見当がついたので行ってみると駐車場が狭い。ようやく1台駐車できるくらいだ。空いている1台分のスペースにとめ、車から降り目的のラーメン屋に向かった。
以前と同じデザインの建物で壁の色は赤がメイン暖簾のれんも新しくなっている。店内に入るとお客さんがたくさんいた。厨房のほうから男性の威勢のいい声が聞こえた。
カウンター席はいっぱいで小上がりは1席空いているようだ。若い茶髪の女店員が近づいてきて、
「いらっしゃいませ! 2名様ですか?」
 と言うので、
「はい」
 僕は答えた。
「こちらへどうぞ~」
 僕らを促してくれた。店員について行くとやはり、空いている席に案内してくれた。
「ご注文がお決まりになりましたらそちらにある赤いボタンを押して下さい」
「わかりました」
 僕が返事をすると、店員メニュー表を置いていった。
「こちら、ご覧ください。失礼します」
 そう言ったあと、店員はその場からいなくなった。
僕はメニュー表を開き、順子さんに向けて見せた。
「あ! ありがとう! 優しいのね」
「いえいえ、そんなことないですよ。レディーファーストですから」
「フフフッ」
と彼女は笑っている。そういえば順子さんに訊きたいことがある。
「順子さん」
「ん?」
 茶色がかった瞳を僕は見つめた。吸い込まれそうだ。
「元カレとは今現在どういう関係ですか?」
 彼女はうーん、と唸った。
「友達かな」
「そうですか、それと元カレに対してはどういう気持ちですか?」
「どういう気持ち? 別になんとも思ってないわよ」
「そうですか、わかりました」
「どうしたの? 急に」
「いや、順子さんが元カレと今どういう関係で、どう思っているか訊きたかっただけです」
話しに夢中になっていてメニューを注文していなかった。
「何にします?」
「あ、忘れてた! 再度メニュー表を2人で見た」
「あたしは、白味噌ラーメンにするわ」
彼女は僕を見た。
「僕は、白味噌角煮の大盛りにする」
「スゴッ……」
 僕は、
「へへん!」
 と得意気になって順子さんを見つめた。
「さすが男ね」
「これくらいは食べれますよ」
 彼女は感心しているようだった。
 僕は順子さんをまじまじと見ていると、笑みを浮かべて、
「うん?」
 と言った。
「いえ、ただ、綺麗だなと思って」
 彼女は笑い出した。
「また、そんなお世辞を言わなくてもいいのよ」
「いやぁ、それがお世辞じゃないんですよ」
 僕は思わず笑みを浮かべていた。
「またそんなかわいい笑顔を浮かべて。いい加減、抱いてよ」
 僕は笑った。そしてこう言った。
「順子さん、好きですね」
 すると僕から目線をそらした。僕は、
「付き合ったら抱きますよ。付き合ってもいないのに抱くことはできません」
「じゃあ、付き合ってよ」
 僕には疑問がある、それは、
「順子さんは僕に恋愛感情ありますか? 僕は今はまだ順子さんに恋愛感情はないですよ。そんな気持ちでは付き合うことはできません」
 はっきりと言い過ぎたかな? 彼女は悲しそうな顔つきになった。でも、ここで謝ると今僕が言ったことが無になってしまう。だから謝らない。
「あたしは……恋愛感情あるよ」
「ほんとですか?」
 そう言われ、僕は驚いた。
「もちろん!」
 そうなんだ、意外。僕はただやりたいからそんなことを言っているのかと思っていたが。そんなこと言えやしないし。
「僕にも順子さんに恋愛感情を持つようになったら付き合おう」
「わかった、いつになることやら」
 彼女は半ば呆れた様子だ。
「それはわからないよ、これからの僕らの接し方次第じゃないかな」
「そうね」
 順子さん、かなりガツガツしてるな。ちょっと苦手なタイプ。まあ、そのうち慣れると思うけれど。でも、出るところは出ていて、引き締まるところは引き締まっている。スタイルはいいのでそこは魅力的だから少なからずそそられる。でも、今、順子さんを抱くわけにはいかない。欲に負けてはいかん。

 そして約半年後――。
 週に1~2度会っているうちに徐々に僕は柏木順子さんに好意を寄せてライクからラヴに自然と変化していった。今日は土曜日でデートをする約束をしている。僕の提案で順子さんのアパートで家デート。ゆっくり話がしたいから。今は午後1時過ぎ。そろそろ順子さんの家に行こうかな。シャワーも浴びたし少し香水も服にまいた。清潔感のあるレモンスカッシュの香りがするもの。途中コンビニに寄りお菓子とジュースを買った。ジュースは1.5ℓのリンゴジュースを選んだ。いつもはコーヒーとかオレンジジュースだからあまり同じ飲み物がかぶらないように配慮した。アパートに着いて車を駐車場に停め玄関のドアに立ってチャイムを鳴らした。室内から、
「はーい!」
 高音で元気のいい声が聴こえてきた。順子さんだ。
「達治です」
 そう言うと鍵がガチャリという音とともに開いた。彼女は満面の笑みを浮かべてドアを開けてくれた。
「いらっしゃい」
「お! かわいい服装だね!」
 水色のワンピースを着ていた。
「ありがと! 嬉しい!」
 僕は、かわいいなぁと思いながら見つめていた。
「あがって!」
「うん、おじゃましまーす」
 家デートのときは大概僕のアパートだった。今日は順子さんが緊張し過ぎないようにと思い、彼女の部屋で家デートにした。女の子の部屋って感じでいい香りがする。それにきちんと整理整頓してある。さすが順子さん!
「どこでもいいから座って」
「ありがとう!」
 僕は座布団が置いてある場所に座った。
「綺麗にしてるね!」
 そう声をかけると、
「そうでもないよ」
 と言った。
「いや~、僕の部屋より綺麗だよ」
「まあ、一応、女の部屋だからさ」
「一応じゃないしょ、女の部屋でしょ」
「ありがと」
 僕は今、告白しようと思った。
「あの、順子さん」
「ん?」
「ちょっと話したいことがあって」
「なに? あたしと離れる話は嫌よ」
「そうじゃない。僕らは半年くらい交流もってきたよね。徐々に僕も順子さんに恋心をもつようになったのさ。だから付き合わない?」
「え! マジで!?」
 僕は首を縦に振った。
「嬉しい!!」
 彼女は目を爛々とさせていた。
「よろしくおねがいします」
 僕がそう言うと、順子さんも、
「よろしくね!」
 と言ってくれた。
 これからは2人で生きていく。正直、僕は半年間、順子さんに手を出していない。付き合ってからと決めていたから。だらしない真似はしたくないし。これからは本人がいいと言えばしたいと思う。彼女と自分のために働き、いずれは結婚したいな。それは言っていないが僕はそう思っている。これからが楽しみだ

                                    (終)

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