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【短編小説】友達と好きな人


#短編小説 #一次創作 #友達と好きな人

 今日は僕の誕生日。12月15日。クリスマスも近いけれど一緒にいてくれる女性がいない。そもそも、僕には友達がいない。だから友達や彼女のいる僕の弟が羨ましい。

 僕の名前は貝塚正弘かいづかまさひろ、21歳。性格は至って温厚
だが、暗い一面もある。体格は背が低く細い。今までに女性と交際したことがない。もちろん、童貞だ。

 弟の氏名は、貝塚智治かいづかともはる、19歳。彼は僕よりは生きるのが上手いように感じる。でも、僕の職場の人が言うには、
「生きるのが上手い人なんていないよ」
 と言っていた。

 その人は女性で僕より年上、職場でも先輩。だから、頭が上がらない。そんな彼女に僕は密かに憧れている。もちろん本人は僕がそういう気持ちを抱いているということは知らない。誰にも言ってないし。

 彼女の名前は上田公子うえだきみこ、25歳。僕は介護士で働きながら資格を取りに行っている。上田さんは同じ施設の介護士をしている。彼女は介護福祉士の資格を持っている。凄い!

 上田さんにカミングアウトする日は来るのだろうか? チャンスはあるのか? そもそも、上田さんは年下を相手にしてくれるのだろうか。訊いたことがないけれど。

 それと男女問わず友達が欲しい。年齢はなるべくなら僕と近い方がいい。弟の智治に紹介してもらおうかな。でも、弟の友達だから気を遣うなぁ。まあ、慣れたら気も遣わなくなるかもしれないけれど。

 そう思い、弟に話してみた。すると、
「兄貴が友達と一緒かぁ、なんかやりずらそう……」
 と言ってきた。それについて僕はこう言った。
「そう言わずに僕も仲間に入れてくれよ。年だって2つしか違わないんだし」
 
 智治は考えている様子。そして、こう発した。
「しかたねえなぁ、紹介してやるよ。やっぱ、女がいいのか?」
「いやぁ、どちらでもいいぞ」
「兄貴、女に興味ねえの?」
「あるに決まってんだろ」
「だよな」
 智治は苦笑いを浮かべた。まさか兄貴がゲイだとは思いたくないから。別にゲイを差別するわけではないけれど。

「男性を紹介してやるよ」
「お! マジか。サンキュ! 僕も友達の輪を広げたいからね」
「そりゃそうだ」
 そう言って2人して笑った。弟と2人して笑うのは久しぶりだ。楽しい。
 
「紹介するわ。会ってくれるか分からないけどね」
「会ってくれなかったら悲しいな」
 僕は苦笑いを浮かべた。
「まあ、その時は別の友達を紹介するよ」
「わかった」

 男の友達は山川敏やまかわとしという。年齢は智治と同じ19歳のようだ。弟が言うにはいい奴らしい。体格は柔道をしていただけのことがあってごつい。喧嘩したら負けそう。本当はそんな事思いたくないが。年上というのもあるし。

<今、山川にメールしてみるか?>
<ああ、そうだな。頼むわ>

 メールの内容を見せて貰った。
<オス! 山川。久しぶり。何してた? ちょっとお前に紹介したいやつがいるんだけど>
 1時間くらいしてメールが返ってきた。
<紹介したいやつ? 女か?> 
 智治はすぐに返信メールを送った。
<男だ。残念。その紹介したいやつというのはぼくの兄貴なんだ>
<え? マジ? 貝塚は気まずくないのか?>
 1通1通、弟は僕にメールを見せてくれた。
<気まずいっちゃ気まずい。でも、兄貴は友達がいなくて寂しいみたいで誰か紹介して欲しいと言われて山川ならいいやつだから友達になってくれるかな? と思ったからメールしたのさ>
<可笑しいな>
<何で笑うんだよ>
<寂しいからって弟の友達を紹介して欲しいって。なかなかいないぞ>

<じゃあ、兄貴に紹介は無理なのか?>
<いや、無理じゃないけど。いくつなの?>
<21だよ>
<割と近いな。もう少し離れてるかもしれないと思ったけれど>
 僕は山川君が驚いているのかなと想像した。それを弟の智治に言うとこう言った。
「若干は驚いたかもしれないけど、そんな大したことないよ思うよ」
「ならいいけど」

「兄貴はいつなら都合いいんだよ?」
「僕はいつでもいいよ。夕方4時以降であれば」
「そうか。じゃあ、山川の都合も訊いておくわ」
「わかった、よろしく」

 智治はまたメールを打ち出した。相手はきっと山川君だろう。弟はまたメールの内容を見せてくれた。律儀なやつだ。

<山川はいつなら都合がいいんだ?>
 彼からのメールはすぐにきた。
<夜ならいいぞ>
<そうか。兄貴は夕方4時以降であればいいと言っていたから>
<そうなんだ。ボクは五時半に業務を終えて、夜勤の職員と引き継ぎしたら帰れるわ>
<わかった。伝えとくわ>

 智治は僕にメールの経緯を教えてくれた。
「そうか、僕は今日でもいいけど。晩飯食いに行かないか? 3人で」
 弟は驚いた様子だ。
「今日か! 急だろ」
「そうかぁ、急かぁ。僕はいいんだけどな」
「兄貴がよくても山川の都合があるだろ!」
 智治は僕の突然の発言に怒っているようだ。
「まあ、そんなに怒るなよ。失言ってやつだ。確かに今の発言は自分本位だったな」

「気付いたか?」
 そんなに偉そうに言うなよ。俺はこれでも兄貴なんだからさ。
「まあ、確かにそうだな」

「飯の件は一応訊くだけ訊いてみてくれよ。僕、ラーメン食べたくて仕方がないんだ。どうせ食べるなら独りじゃないほうがいいだろ」
「そうか? ぼくは1人でもラーメン屋いくぞ」智治は言った。僕はというと、「え! 独りで行くのか! 寂しくないか?」
「いや、別に」弟はなかなか気が強いようだ。

「今、山川に訊いてやるよ。ダメ元だからな」
「わかってるよ、そんな言い方やめろ」
「またメール見せてくれ」
「ああ、わかった」
<山川、兄貴からの提案で今日ラーメン食いに行かないか? と言ってるけどどうだ? 急で悪いけど>

 今の時刻は午後5時45分頃。もうしばらくしたらメールの返事がくるだろう。もし、ラーメン食いに行くなら母に夕食断らないといけない。何を作るのか知らないけれど。

 約45分後の午後6時30分頃、山川からメールがきたと智治は言った。本文に何て書いてあるか訊いてみた。
<別にいいけど>
 というものだった。それを弟は僕に伝えてくれた。断られるかと思っていたから意外だ。それと共に嬉しい気持ちも湧いてきた。山川君が僕を受け入れてくれた。

<今から迎えに行っていいか?>智治はそう送った。
<ああ、いいぞ>
「兄さん、OKだから母さんに晩飯断らないと」
「そうだな、言ってくる」
 僕は言った。「車、アイドリングしといてくれ」と。
「ああ」と弟は言った。
 今は冬だからアイドリングは必須だ。しかも北海道だし。寒いまま走ったらエンジンによくない。

 母が僕と一緒に智治のもとに来て言った。
「山川君と遊ぶんだって? いいのかい? 正弘とは初対面でいきなりラーメン屋なんて」
「うーん、本人がいいって言ってるからいいんじゃね?」
「そう。それならいいけど」

 母は山川君に迷惑かけているんじゃないのか? とでも思ったのだろうか。迷惑をかけるなんていう気は毛頭ない。友達になってくれるのにいきなりイメージ悪かったら友達になってくれないだろう。そこは気を付けないといけない。

「じゃあ、行ってくるから」智治は言った。
「車は僕が出すよ」
「お! 珍しいな」
「こんなときくらいはね。慣れてきたら山川君や智治にも車出してもらうよ」一気に僕は言った。

 僕は運転席に乗り、智治は後ろに乗った。山川君も後ろだろう。
「智治、山川君の家まで案内してくれよ」
「ああ、わかってる」

 ゆっくり案内通りに走ったからか到着するまで15分くらいかかった。町内で15分もかかったら隣町に行ける。そんなことを思いながら僕は智治に訊いた。「到着したけど、どこに停めればいいんだ?」
「ああ。特に決まってないみたいだから、適当でいいんじゃね」
 そう言われたので僕は白い軽自動車の隣に駐車した。

 最初に智治が車から降りた。その後を追うように僕はついていった。そして山川君の部屋のチャイムを弟は鳴らした。
「はーい!」
 と、返事が聞こえた。その声は爽やかな青年のそれだった。
「来たぞー!」
 今度は智治が大きな声で言った。

 ドアが開いて若い男子が出て来た。弟は挨拶をした。
「よう!」
 山川君も同じようにした。
「おう! 久しぶりー!」
 僕はおずおずと声を出した。
「こんばんは、智治の兄の貝塚正弘です」
「あ、初めまして山川敏です。中にどうぞ」

 そう言われて先に智治が入り、次に僕が入った。彼は言った。
「いつものようにあまり綺麗にしている部屋じゃないんですが、ゆっくりしてって下さい」
「ありがとうございます」
 僕は思った。山川君は若いけれどしっかりした青年だな、と。弟の智治よりしっかりしていると思う。

 山川君は僕に質問した。
「何て呼んだらいいですか?」
「下の名前でいいよ。正弘さんで」
「そうですか。ではそう呼びますね」
 僕は彼の敬語に違和感があったので言った。
「山川君。別に敬語じゃなくていいよ。ため口でOKさ」
「え、でも年上だし……」
 真面目な青年だ、山川君は。
「そんなの気にしなくていいよ。でも、まあ喋りたいように話せばいいよ」
「わかりました」

 智治は言った。
「山川、腹減らねえか? 兄貴はどうよ?」
「ボクはまだ大丈夫だよ」山川君は言った。
「僕は少し減った」
「ぼくも少し減ったな」
「じゃあ、7時になったらラーメン食いに行く?」
 僕はそういうと2人は同意したようで、
「そうするか」と智治。
「そうしますか」と山川君。

 僕は考えた。そして喋った。
「どこのラーメン屋に行く? 味に寄って店も変わるけど」
「ボクはとんこつがいいですね」と山川君は言った。
「ぼくは北海道定番の味噌がいいな、できれば角煮が入ったラーメン」智治はそう言った。
「なるほどな、僕もとんこつがいい。意見が分かれたな」
「じゃあ、今度味噌ラーメン食いに行くでもいいよ」
「そうか。じゃあ、今回はとんこつラーメンにしよう」と僕。
 内心はとんこつは匂いがするけど、と思ったが言わなかった。

「智治、とんこつの旨い店知ってるか? 山川君でもいいけど」
「1軒はあるのは知ってるよ。赤い屋根が特徴のラーメン屋」
 僕は首をひねった。どこだろう? と思ったので、
「案内してくれ、わからんわ」
「なんだ、分からないのか。それでとんこつがいいってよく言えたな」
 僕は、苦笑いを浮かべた。
「そういう意地悪なこと言うなよ。前に親と札幌でとんこつラーメンを食べた時の味が忘れられなくて。旨かったわー!」
「親と札幌に行ったのか」
「ああ。小学6年の時だったかな。智治は確かあの時じいちゃんの家にいたはずだ」
 弟は言った「よく覚えてるな」と。僕は「いい思い出だからな」と言った。「そうか、兄貴にとっては嬉しい出来事だったんだな」僕は、
「まあな」と答えた。

 話しながら案内してもらったので道順が頭に入らなかった。この次来る時もまたナビをしてもらおう。文句を言われそうだが。

 僕の車は青い普通車。ラーメン屋の空いているスペースに停め車から降りた。いい匂いがする。とんこつのそれが。

 3人共車から降りたのを確認してから僕は鍵を閉めた。するとチラチラと粉雪が降ってきた。嫌な季節がまたきたと僕は思った。雪かきをしなくてはならないから。疲れるし、面倒だ。まあ、動くから寒さはそれ程気にはならないが。

 店内に入ると、「いらっしゃいませー!」と数人の男性店員の声が聞こえてきた。僕らのそばに金髪の若い女性がやって来た。そしてこう言った。
「3名様ですか?」
「そうですよ」僕は率先して答えた。この子、かわいい! と僕は思った。職場の先輩の、上田公子さんも上品で綺麗な女性と好みのタイプだが、こういう派手な女も悪くないと思った。

「席までご案内致しますのでこちらにどうぞ」
 そう促され僕らは着いて行った。
 店内は結構混んでいた。座れない程ではないが。
 僕らは4人用の席に案内された。
「ただいまメニュー表をお持ち致しますので少しお待ち下さい」

 再びさっきの店員がメニュー表を持ってやって来た。
「お決まりになりましたら、窓際にある黒いボタンを押して下さい。すぐに参りますので」

 僕に手渡されたので僕が最初に見ることになった。
「どれも美味しそうだ。うーん、よし! チャーシュー大盛りのとんこつラーメンにする」
 僕は山川君にメニュー表を渡した。
「ボクはこの町のとんこつラーメン屋に来るのは2回目。どれにしようかな。これにしよう、ボクは半熟玉子入りとんこつラーメン」
 次に山川君は智治にメニュー表を手渡しながら言った。
「美味しそうなラーメンばかりだぞ」
 弟は目を光らせながらそれを見ている。
「決めた、ぼくは、ごま味噌ラーメンにする」
 僕は思ったことを言った。
「やっぱりお前は味噌味が好きなんだな」
 智治は笑みを浮かべながら言った。
「そりゃあ、道民だし。味噌味は外せないよ」
「まあ、それも一理あるな」
 僕はそう言った。
 
 窓際に座った僕は店員に言われたように、黒いボタンを押した。それと同時に、ピンポーンと鳴った。店中に響き渡るような大きな音だった。
「ただいま参りまーす!」
 と、デカイ女性の声が聞こえた。

 注文を伝えたので、女性店員は去って行った。その店員はまたデカイ声で僕らの注文を復唱した。気持ちいいくらいの大きな声だ。

 僕は思った。この金髪の女性店員はいい女に見えるが、男関係に問題がありそう。派手な女性だから。実際のところはわからないけれど。

 10分くらいしてラーメンが運ばれてきてそれぞれの前に置かれていった。
「うっわ! 旨そう!」
 僕は自分の分の割りばしだけを取って食べ始めた。
「おい、兄貴。ぼくや山川の分の箸も取ってくれよ」
「あ! すまない、あまりにもラーメンが旨そうで忘れてた」
「どんだけだよ」
 智治や山川君は笑っていた。でも、そのことについて恥ずかしいとは思わなかった。僕は2人に1膳ずつ割りばしを謝りながら渡した。
「ごめんごめん」
 そこで山川君は、
「いやいや、謝らなくていいっすよ。気持ちは分かるんで」
「それならよかった」

 僕らは10分程で完食した。僕に至ってはスープも全部飲んだ。
「うん! 旨かった!!」
「確かに」
 弟も同感のようだ。
「まだ食べたいな、炒飯も頼べばよかった。今から注文していいっすか?」
 山川君は僕に訊いてきた。
「どうぞどうぞ! それは訊かなくてもいいよ」
「いや、待たせることになると思って」
「ああ、なるほど。それくらい待つよ。大したことじゃない」
「あ、そうなんだ。ありがとうございます」

 僕は黒いボタンを押して店員を再度呼んだ。そして、炒飯を注文した。
 混んでる割には運んで来るのが早い。5分くらいできた。とても美味しそうに見える。僕も注文しようか迷ったので、智治に訊いてみた。
「お前は炒飯注文しないのか?」
「うん、ぼくはお腹いっぱいだから」
「そうか。確かに腹はいっぱいだ。それでも食べたいから僕も注文するわ」
 智治はこちらをみている。どうしたのだろう。
「どうした?」と訊いてみた。
「兄貴、そんなに食べてお腹壊すぞ」
 なんだ、そんなことかと思い、言った。
「大丈夫だ。いらぬ心配だ」

 なおも智治は僕を見ている。なのであえて目線をそらした。大丈夫、吐いたりはしない。

 もう1回黒いボタンを押し店員を呼び炒飯を注文した。またもや5分くらいいで運ばれてきた。周りを見るとお客さんの数も大分減っている。スマートフォンを見ると21時より少し手前だった。こんな時間だからお客さんも少ないのか、と思った。それともう1つ思ったことがあるので言った。

「山川君。LINE交換しない?」
 最初、断られるかと思った。
「いいっすよー」
 嬉しい結果だったのでよかった。
「兄貴、よかったじゃん!」
「ああ、そうだな」
 僕は笑みを浮かべている。

 LINEを交換したあと試しにスタンプを送ってみた。山川君のLINEを見てみるとちゃんと送らさっている。OKだ。

「山川君、今度また遊ぼう」
「そうっすね。連絡待ってます」
「山川君の方から連絡くれてもいいんだよ」
「そうっすか、じゃあ、今度LINE送りますね」
「ああ、待ってる」

 
 
 僕は不意に思い出した人物がいる。同じ職場の上田公子さんのことだ。以前から憧れていて、いずれカミングアウトしようと思っている。そのためにはもっと仲良くなる必要がある。プライベートで食事に行ったりカラオケなどに行ったり。そもそも上田さんには彼氏はいないのか? 問題はそこから。

 上田さんとは同じ職場だから連絡先は知っている。そこが強みだ。ラーメン屋から帰ってきたら彼女にLINEを送ってみようかな。普段、交流がなくていきなりLINEを送ったら驚くだろうか。でも、知らない相手じゃないから大丈夫だろう。

 山川君を送った後、僕は自宅のいつもの場所に車を駐車した。その頃には21時30分に近かった。この時間に上田さんに連絡するのはまずいかもしれない。明日、休憩時間にLINEを送ってみよう。確か明日、上田さんは休みのはずだ。

 僕は自分の部屋の壁に貼ってあるシフト表を見た。やっぱり彼女は休みだ。昼ご飯を食べて、食器洗いを終えたあとLINEを送ってみることにした。

 LINEの内容はこうだ。
<上田さん、お疲れさまです。何していますか?>
 15分くらい経過して彼女からLINEがきた。
<お疲れ様。今、ご飯食べ終わったところよ>
 僕はすぐにLINEを返した。
<そうですか。何を食べましたか? 施設では煮魚でした。美味しかったですよ>
 更に15分後くらいにLINEがきた。
<どうしたの? LINEをくれるのは珍しいわね>
 LINEを開始してから30分くらいは経つかな。
<そうですね。今度、食事でも一緒にどうですか?>
 今の時刻は12時55分。もうすぐ仕事再開だ。上田さんからのLINEは来ないまま仕事を再開するのは忍びないが仕方ない。やるか。

 もしかして、食事を誘ったのがまずかったかな? そんなことを考えながら仕事に取り組んだ。

 18時に仕事を終え、夜勤の職員を合わせて4人で打ち合わせを始めた。

 そして帰宅したのは18時30分頃。すぐにスマートフォンを観た。LINEが1通きていた。相手は上田公子さんからだ。お断りのLINEかな、と思ったがそうじゃなかった。
<私でよければ食事しようか>
 それを読んで僕は嬉しくなった。これは脈アリか? 諦めるのはまだ早いと思った。

<いつならいいですか?>
 僕が尋ねると彼女はこう言った。
<私は平日がいいな。土日は母のヘルパー来てくれないからさ>
 ヘルパー? 病気なのかな? それは訊かずに黙っていた。気にしているかもしれないから。
<実は私のお母さん、事故に巻き込まれて身体障がい者になっちゃって。それで平日はヘルパーさんが来て、面倒みてくれているの>
 上田さんは、訊いてないけど教えてくれた。もしかして僕は信頼されていいるのかな。そうだとしたら凄く嬉しい。

<では、金曜日のランチはどうですか?>
 お母さんの世話をしているからなのか分からないけれど、すぐにLINEはこない。仕方ないけれど。ここで文句でも言ってみようものなら、嫌われるだろう。だから、絶対に言わない。

 上田さんからLINEがきたのは、約1時間程後のことだった。
<LINE遅くなってごめんね。母の体調が悪くて今、吐いたのよ。汚い話だけれど嘘じゃないからさ。金曜日のお昼でもいいよ>

 よし! まずは約束できた。後は僕のいいところを見せていこうと思う。趣味はなんだろう。僕は読書なんだけど。それも金曜日のランチの時に訊いてみよう。なんだかワクワクしてきた。僕にもこんな良いことあるんだなと思うと捨てたものじゃないなと思った。

 今日は木曜日だから、明日だ。清潔感が大事だから、行く前にシャワーを浴びて行こう。何を着て行こうかな。引き出しから青いセーターを出し、ブルージーンズを出した。爽やかにいこうと思った。ダウンジャケットは黒だが。

 翌日の朝9時頃、僕は目覚めた。休みなのでアラームはかけなかった。彼女の家はどこにあるのか分からないので、待ち合わせ場所を決めなくちゃいけない。そのことをLINEで送った。
<おはようございます! 今日、会う日だけど、どこで待ち合わせしますか?>
 
 上田さんは何かしているのだろうか。30分経った今もLINEがこない。時間はあるから焦る必要はないけれど。
 更に約30分が経過してようやく着信音が鳴った。すぐに見てみた。
<そういえばお互いの家の場所知らなかったね。私は川沿いの堤防の近くに住んでいるの。だから堤防の近くにある大きな駐車場に来て欲しいな>
 
 僕は、<わかりました。青い車に乗って待っていますので。0時くらいに行きますね! よろしくお願いします>と送り返した。上田さんも、
<こちらこそよろしくね!>ときた。

 今は10時過ぎなので支度を始めることにした。まずは、シャワーを浴びた。冬だから服や下着を脱ぐと寒いので、風邪を引かないように熱めのお湯を浴びた。洗髪して、体も洗って1時間くらいで上がった。いつもより入念に体を洗った。体臭がしても嫌だし。それと、何を期待してるんだか。自嘲した。スマートフォンを見ると11時を過ぎていた。寒いのもあってすぐに服やズボンを履いた。

 あまり時間がない。時計を見ると11時30分を過ぎていた。
「やばい! 遅れる!」
 僕は焦った。その拍子に右足の小指をドアにぶつけた。物凄く痛い。骨折したんじゃないかと思うくらいに。
 
 あまりにも痛さが半端じゃなかったので、靴下を脱いで確認してみた。すると見る間に右足の小指が紫色に腫れあがっている。これはやばい! 病院に行かないと! でも、上田さんも待っているしなぁ。一緒に病院に行ってもらおうかな。LINEはせずに、直接LINE通話で話した。
「こんにちは。ちょっと一緒に行って欲しいところがあるんだけどいいすか」
『どこに?』
「病院です」
『病院? どこか痛いの?』
「はい、さっき右足の小指をドアに思いっきりぶつけてしまって紫色に腫れてるんすよ。なので、これは病院に行かないとと思って」
『うん、いいわよ。どこの病院?』
「市立病院に行きます」
『それじゃあ、私も行くよ。現地集合でよくない?』
「そうですね、わかりました。今から病院に向かいます」
『ていうか、そんな足で運転できるの?』
「わからない、運転してみないと」
『危ないよ、迎えに行くから住所教えて?』
「え! 来てくれるんですか? そいつは有難いです」
『でしょ』
 こうして僕の部屋を上田さんに教えた。

 10分くらいしてから部屋のチャイムが鳴った。「ピンポーン」と。
 あ! 鍵を開けておくのを忘れてた。何とか立ち上がり、
「はーい!」
 と、返事をした。いやー、それにしても痛い! ズキズキする。
「今、開けますね」
 ガチャリと開錠するとドアが勢いよく開いた。
「大丈夫!?」
 片足で立っていたので彼女は尚更驚いた。
「それじゃあ、ランチに行けないじゃない!」
「すみません、僕の不注意でこんなことになってしまって」
「まあ、仕方ないわね。私がいなかったらどうやって病院に行くつもりだったの?」
「救急車を呼んでいたかもしれません」
「そんなことしたら、野次馬が沢山くるわよ」
「ですよね、でも仕方ないかと思います」

「全く、人騒がせな」
「すみません」
「いや、謝らなくてもいいけどね」
「でも、上田さんに迷惑かけてしまったから」
「別に迷惑ではないよ」
「そうですか? そう言ってもらえると嬉しいです」
「そりゃそうよ。大切な後輩だからね」
「そんなふうに思われているなんて光栄です」
「そんな、光栄だ、なんて。私は大したことしてないよ」

「いやいや、病院にも付いて行ってくれるし、わざわざ来てくれたし。本当はぼくが迎えに行くという話しだったのに」
「そんなこと気にしないで!」
 これじゃあ、いつになったらカミングアウトできるか分からない。でも、焦ってもだめだし。どうしよう。もし、骨折だったら仕事も少しの間いけないなぁ。そしたら上田さんとも会えなくなる。呼んだら来てくれるだろうか。ちくしょー! 
「まずは病院行くかな」
 僕がそう言うと
「肩貸そうか?」
 と、何とも優しい言葉。
「ありがとうございます」
 彼女と体を接近してみると凄くいい香りがした。これには参る。すると上田さんは、
「貝塚君、いい香りする」
「え! マジっすか? ボディーソープの匂いかな。上田さんもいい香りしますよ」
「ほんと? ありがとう!」
「テーブルの上に財布とかスマートフォン持って行かないと」
「取ってきてあげる。ここに座ってて?」
「わかりました。ありがとうございます」
 僕は好きな女性とこんなに接近していたので、気分は高揚している。その時だけ、足の小指の痛さは忘れられていた。

 僕は何とか左足で立った。
「あら! 立てるのね」
「右足じゃないので」
「はい、でもアパートの二階からの階段は肩を貸して欲しいです」
「ああ、いいわよ」
やましい気持ちではないので。すみません」
「いやいや、分かってる」

 怪我が僕と上田さんの間を縮めてくれるのは意外だ。こういうこともあるんだ。本当はカミングアウトしたかった。でも、タイミングは今じゃない。
もっとお互いのことを知り、相思相愛だということが実感できたら言う。
 でも、どういう状態になったら相思相愛ってわかるんだろう? 恋愛に疎い僕はそういうことが分からない。仕草だろうか? それとも目線? それかボディタッチの多さとか? 自分なりに感じたらカミングアウトする。何とかこの恋を成就させたい。

 病院に着いた。
「ちょっと待ってて」
 どうしたのだろう? 戻って来た彼女は車椅子を持って来てくれた。優しい。そうか、優しくされる頻度や内容でも僕に気があるかわかるな、なるほど。1つ気付けてよかった。

 車椅子に乗り移り、上田さんは押してくれた。優しいなぁ、もしかしてこれは脈アリ? それとも彼女なら、人として当然のことをしたまで、とか言いそう。正統派だから、上田さんは。でも、試しに言ってみよう。
「上田さんは、優しいですね」
「え? そう? 私としては普通だけど」
 やっぱりそうきたか。

 駐車場の中でも、舗装が割れてガタガタしているところもあり、そこに入り込んでしまい車椅子が身動き取れなくなってしまった。僕は左足で立ち、右手で車椅子を支えにした。
「車椅子、押してもらえますか?」
 僕は上田さんに頼んだ。
「うん、何か余計なことしちゃったかな……」
「いえいえ、そんなことはないですよ。気持ちだけでも嬉しいというのに」
「そう? ならよかった」

 車椅子を押してもらい、アスファルトの割れ目から脱出した。
「ありがとうございます。乗っていいですか?」
「うん、どうぞどうぞ。割れ目にはまらないように気を付けないとね」
「そうですね」

 なんとかスロープのあるところまでは無事着いた。そして、スロープも押してもらった。玄関まで行き、自動ドアが開いた。そこからも押してくれた。待合室の椅子にとりあえず座り、財布から保険証を抜き取った。上田さんは、「受付に出すよ?」と言った。「お願いします」と僕は言った。

 事務員がやって来て、クリップボードに用紙を置いてその上にボールペンが載っていた。
「貝塚さんですか?」
「はい、そうです」
「初診なのでこちらに記入してもらえますか?」
「わかりました」
 
 ゆっくり記入していったので15分くらいかかった。面倒なのもあるから余計に遅くなったというのもある。

 事務の方を見てみると、職員は患者さんの応対をしていた。奥の方にも職員はいたが、パソコンと睨めっこしている。大きな病院だというのに事務の職員の数が少ない。なぜだろう? 人件費削減のためか? 分からないけれど。周りの患者さんも結構待っている様子だ。若干苛々する。

 来てから1時間くらい経過した。いつまで待たせるつもりだ! 腹が立つので上田さんに後どれくらい待てばいいか訊いてもらうことにした。彼女も「結構待つね」と苦笑いを浮かべている。

 上田さんに事務に行ってもらい、訊いてもらった。
 戻ってきた彼女は、
「初診だからもう少し待たないといけないみたい」
「いくら初診だからってこんなに待たせるなんて。足も痛いのに!」
「まあ、もう少しだっていうからそんなに怒らないで待とう」
 
 流石、上田さん。大人だ。僕も見習わないと。
 更に30分くらい待って、ようやく呼ばれた。
「やっとだよー」
 とつい、口に出た。

 診察が終わり、医師に言われたのは歩けるようになるまでは2週間くらいかかるそう。「それまでは大事にして下さい」と言われてしまった。そんなに仕事にいけないのか、施設長に説明はするけれど「別な人を探す」と言われそう。やばいなぁ。とにかく話してみないと。

 上田さんと一緒に診察室に入ったので、彼女も話は聞いている。僕はいった。「2週間てやばいスよねえ……。クビになりそう」すると彼女は、
「それはないよ。遊んでて仕事休むわけじゃないんだから」
「まあ、それはそうですけど……」
「大丈夫! クビって言われたら、私も加勢するからさ」
「よろしくお願いします!」

 上田さんはこうも言ってくれた。
「歩けないから私が料理や身の回りの掃除など、してあげるよ」
 その話を聞いて驚いた。
「え! マジですか! 悪いですよ、そんな」
「いや、悪くないよ、全然。智治くん、可愛いから」
 彼女は照れ隠しのように笑っている。もしかして上田さんは僕に……。

 僕は彼女の車に乗って決意した。カミングアウトしようと。上田さんの車は出発した。そして、
「上田さん」
「ん?」
「あの、実は僕、上田さんのことが好きなんです。だから付き合ってください!」
 彼女は笑みを浮かべていた。
「私の気持ちに気付いたから、告白したの?」
「はい、実はそうなんです」
 僕は照れてしまった。
「いいわよ、私でよければ」
「もちろんですよ」
「それと、付き合うなら、その敬語やめてね。対等でいたいから」
「わかりま、あ、わかった」
 また上田さんは笑った。かわいい。

「僕は上田さんのことをなんて呼べばいいかな?」
「名前でいいよ。公子と呼び捨てで」
「いきなり呼び捨てか、慣れるまで時間がかかりそう」
「時間かけていいよ」
「わかった」
 
 僕は緊張している。それに気付いたのか公子はまた笑いだした。
「何で笑うの?」
 僕も笑ってしまった。
「智治、緊張してる。かわいい! あはは!」
「あー! 公子、僕を馬鹿にしてる!」
「いやいや、そんなことないよ。とりあえず私のアパートに着いたから入ろう。松葉杖、上手く使える?」
「うん、何とかね。車から降りないと」

 こうして僕らの交際はスタートした。公子のアプローチが結構強くて驚いた。これからも仲良くやっていきたいと思っている。
 

 

 

 
 


 

 


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