見出し画像

【短編小説】あたしたちの紆余曲折な人生

#短編小説 #一次創作 #紆余曲折

 あたしは精神病を患っている。病名はよくわからない。症状は誰も居ないのに声が聞こえたり、誰かがあたしの悪口を言っているような気がしてならない。一体、何なんだろう。自分でネットで調べてみたら統合失調症という病名に辿りついた。でも、山内やまうち医師に伝えても微妙だね、と言う。それと、希死念慮もある。こんなに辛いのに薬はたったの一粒。安定剤のみ。なかなか良くならない。薬が
少な過ぎるのでは? と、思っても言い出しにくい。薬が多い方が良いと考える医師はどれくらいいるのだろう。あたしは薬が多くても調子が良ければ良いのではないか、と思う。だが、これも言いにくい。
 あたしの名前は、山原梢やまはらこずえ、二十四歳。太めの体型で、身長は百六十センチくらい。顔にニキビが沢山出来ている。最初は市販薬を使っていたが、最近では皮膚科に通っている。市販薬よりかはいくらか薬が効いているかもしれない。でも、完全に良くはならない、残念ながら。
 それから、苛々したり気持ちが不安定になると、自傷行為をしてしまう。リストカットやOD(オーバードーズ・大量服薬のこと)を。それをすると、ストレスが解消されたかのようにスッキリする。特にリストカットは。
 元カレに強制的に刺青いれずみを入れろと言われ、赤い鯉のそれがわたしの背中いっぱいに入っている。怖いから入れたくないと断ったが、聞いて貰えなかった。あたしに刺青を入れた男は確か二十代後半の男だったはず。あたしは上半身裸だったのでさり気なく背中を触っていた。気持ち悪かったが、刺青を入れ終わるまでの辛抱と思い、何も言わなかった。元カレと別れて、刺青を消す為に貯金している。こんなあたしでも仕事をしている。B型事業所でパソコン業務をしている。
名刺を作ったり、ハンドメイドの売上の入力などをしている。勿論、ハンドメイドもしている。ピアス、指輪、ネックレス、財布、ポーチ、イヤリングなどを作っている。楽しい。収入面に関しては、事業所のお給料と障害年金を貰っている。ちなみに二級。実家に住んでいるので、生活はしていける。でも、将来の事を考えると障害年金はもらえても、いつまでも働けるわけじゃない。となると、必然的に生活保護を貰う形になる。すると、車の免許は持っていても、車は持てない。仕方ないと言えばそれまでだが。
 あたしの友達は病院で知り合った患者さんと、高校には進学しなかったので中学生の頃に友達になった子達。男でも女でも友達。ちなみにあたしに彼氏はいない。今の所、欲しいとも思っていない。居なくても特に困らない。でも、いずれ、彼氏を作って、結婚をし、子どもも欲しいと思っている。出来れば三十歳までに。 
 患者同士で知り合ったのは加藤美咲かとうみさきという二十三歳のあたしより一つ年下の女。彼女はうつ病らしい。高校へ進学したものの、人間関係が上手くいかず、発病。最初は眠れなくて市販の睡眠薬を飲んでいたけれど、飲んでいる内に癖になったからなのか、効かなくなったらしい。出会った頃にそう言っていた。美咲とはたまに一緒にご飯を食べたり、カラオケに行ったりしている。彼女は歌が上手く、カラオケボックスでも採点したら九十点代はざらに出す。その点、あたしは歌が下手、でも歌うのは好き。だから下手なことは気にしていない。
 美咲は病はあるものの、スーパーマーケットで早朝七時から二時間程度、食品の品出しをしている。
 彼女は生と死について興味があるらしい。そういった事に関連のある本も買って読んでいる。それを読んだからと言って気持ちが暗く沈むわけではないように感じる。寧ろ、興味が湧いてワクワクしてくるようだ。死の世界はどういうものなのか? そこには何がいるのか? 誰がいるのか? ホラー映画では死に関した内容が沢山盛り込まれている。
美咲は素直で優しい。ただ、もう少し性格が明るければ凄く良い子なんだけどなぁ。そこだけ残念だ。
 今は父が健在の頃に買って貰った軽自動車に乗っている。父は肝臓癌でこの世を去った。優しく逞しい父だっただけに、凄く残念。通夜の晩は号泣した。入院していたから覚悟はしていたものの、やっぱりその時が来れば悲しい。
 明日は日中、あたしと美咲とで食事に行く約束をしている。何時頃行くかはまだ決めていない。お互いの調子次第だから未定にしてある。
 久しぶりに美咲と食事に行くから、心臓の鼓動が高鳴っている。あたしは彼女の事が好きだ。と言っても、恋愛感情ではない。一人の女性として見ていて好きなだけだ。なので、今夜はなかなか寝付けない。睡眠薬は規定量飲んだ。一時間くらい経っても寝付けないのでもう一日分飲んだ。三十分くらいして眠くなってきた。このまま、寝られたらいいなと思い目を瞑っていた。
翌日――。
 目覚めたのは朝九時過ぎだ。昨夜は何時頃眠ったのだろう。記憶にない。
 しかも今日は仕事の日だ。慌てて支度をし、スマートフォンを見ると着信が二件入っていた。見てみると、相手は事業所からだ。
「やばい!」
 と思い、すぐに折り返しかけ直した。電話はすぐに繋がった。
「もしもし、山原です。はい、すみません。すぐに支度して出ます。では、失礼します」
 丁重に言って電話を切り、まずはシャワーを浴びた。その後、髪を乾かしとかして背中まで伸びた茶髪をツインテールに縛った。赤いロングTシャツにジーンズを履いた。玄関に行き、黒いスニーカーをはいて家を出た。マイカーに急いで乗り、事業所に向かった。
十分くらい走り事業所に到着しいつもの席に座り、パソコンを起動させた。そこに若い女性スタッフがやって来た。そして、こう言った。
「山原さん、遅刻するなんて珍しいですね」
 山瀬景子やませけいこさんという名の綺麗なスタッフ。清潔感もあり黒髪のボブが似合っている。
「すみません」
 あたしは言い訳はせず、素直に謝った。
「あら。いつもより素直ですね」
「はい、ミスったのはあたしなので」
 山瀬さんは笑みを浮かべて言った。
「仕事の続きをしましょう」
「わかりました」
 あたしはUSBメモリーと資料を所定の位置から持って来た。最近始めたタイピング練習。自分でタイピングが遅いのが気になりスタッフに申し出た。伝えたスタッフは主任の山口勇やまぐちいさむさんだ。彼は優しく男らしいと思う。
以前、こんなことがあった。別の男性スタッフが気の荒い男性の利用者と別室で話していて、喧嘩になった。そこに丁度、山口主任が現れ喧嘩を止めたというエピソードがある。あたしは事の顛末を別室と席が近かったので見聞きしていたので格好良い! と絶賛した。それと同時に好意を持つようになった。でも、彼は結婚しており、子どもも二人いる。あたしの立ち入る隙がない。そもそも利用者とスタッフの交際は禁じられている。
残念だが仕方ない。諦めよう。そんなことがあった。でも、よくよく考えてみると、それで諦めるくらいだからそこまでの気持ちしかなかったのだろう。過去を振り返って考えてみると、そういうことだと思う。

 山口主任は今、事務仕事をしている。仕事をしている姿も格好良い。奥さんになった人が羨ましい。あたしにはこの先、山口主任以外に好きな人が現れるだろうか。あたしは今、二十四歳。まだまだ人生これからだと思う。でも、そう思えない時もある。それは希死念慮に襲われている時。なぜ、こんな気持ちになるのかは分からない。主治医にも言ったけど、人間誰しも死にたくなる時はありますよ、病気じゃなくてもねと言っていた。病気じゃないのに死にたくなる。うーん、例えば何だろう? 事業所で働いている中年の男性で泉山いずみやまさんという男性で自殺した。原因は腕の関節が痛く、何度も手術しても良くならないらしく、次にもう一度手術があるらしい。彼はそれに賭けていた。これで良くなればいいなと言っていた。手術は翌日らしい。泉山さんから聞いた話しではオペは午前九時半からだという。
 手術は三時間にも及んだ。オペは失敗に終わったらしい。腕の痛みは更に痛くなり、こんなに手術してこんなにも痛く辛い思いをするくらいなら、死んだ方が
マシだと思ったのか、山奥に行き首吊り自殺をしたらしい。身体の水分は全て体外に放出され、目は飛び出し、首は伸びきっていたという。遺書が彼の部屋にあったようだ。内容は詳しくは聞いてないが、生きるのに疲れました、とメモ紙に書かれていたらしい。最期に探さないで下さいと書かれてあったという。聞きたくない話しだが、お喋り好きな女性の
甘田里香あまたりか、二十五歳が興味本位で言っているように見える。あたしは率直に、良くないことだな、と思った。でも、彼女には何も言わず黙っていた。注意をして仲間外れにされるのが怖いから。
 
「山口主任は今回の事故を泉山さんの可哀想な事故はこれ以上、広めないように。本人の名誉にも関わるし、ご両親も尚更辛い思いさせてしまうからな」
 山口主任は皆の前でそう言ったが、誰も返事をしないのでこう言った。
「皆! 俺の話しをきいているか?」
「はい」や「うん」などと返事はまばらだ。すると、山口主任は言った。
「おい、皆。俺の話しをちゃんと真面目に聞いてくれよ。大事なことだから」
 あたしと甘田里香さんは「はい」と同時に返事をした。他の利用者はやはりバラバラに「はい」と言った。山口主任の表情がより一層険しくなった。
 あたしが思うに仲間が自殺したというのに悲しくないのかな。結局は自分さえ良ければ良いということかな。冷たいなぁ。こういう思いは里香さんには打ち明けたけど、他のメンバーには言っていない。里香さんはあたしの意見に対してこう言った。「確かに皆冷たい。薄情だわ。今まで一緒に働いてきたのに、面倒だからなのかは分からないけれど、居なくなったら知らんぷりだもんね。わたしは、四十九日過ぎる前にお参りに行こうと思っているよ。梢はお参り行く?」
「勿論行くよ! 一緒に行く?」
「うん、だけど里香さんは泉山さんの家わかる?」
「いや、分からないから山口主任に家を教えて貰おうと思っている」
「教えてくれるかな? 個人情報とか言われて教えて貰えないかもね」
「その時は諦めるよ」
「なるほど。そうだね。いつ行く?」
「あたしはいつでもいいよ。里香さんは?」
「時間はあるからわたしもいつでもいいのさ。来週にする?」
「そうだね、そうしよう」
 まずは泉山さんが住んでいた住所を山口主任に仕事が終わったら訊いてみよう。今はお昼休み。机に突っ伏して寝ている人もいれば、ゲームをやっている女子もいる。他には、お喋りをしている人もいる。様々だ。
 そして仕事を終え、掃除も終えた。あたしと里香さんは山口主任の所に行った。
「山口主任」
 声を掛けたのはあたしだ。
「うん? どうした。二人揃って」
 山口主任は不思議そうな顔をしている。
「里香さんとも話していたんですけど、泉山さんのお参りに行きたいので住所を教えてくれませんか?」
「お! そんなこと言うの君たちが初めてだぞ」
「だって、仲間だし」
「そうか。うーん、ちょっと待ってくれ。社長に確認してみる」
 どうやら山口主任一人では決めかねているようだ。 
 電話を終えた山口主任はこちらに向き直り話し始めた。
「今、確認してみたんだがやはり個人情報という理由で教えることはできない。
ただ、近い内に社長と俺で泉山さんの所にお参りに行くからその時にでも何か渡したいものがあれば渡すぞ?」
 やっぱり個人情報か。予想通りだ。
「はい、菓子折りを二人分届けて欲しくて」
「わかった、いいぞ」
「いつ行きますか?」
「来週かな、社長の都合で動くから何とも言えない」
「そうですか、分かりました」
「日程が決まり次第教えるよ」
「はい、よろしくお願いします」
 里香さんもお辞儀をしてお願いした。
 世の中には色々な人がいる。この狭い事業所の中でも様々だ。そして、心を病んで自分の命を絶つというようなメンバーはこの先出て欲しくない。当たり前
だが。そして、それぞれ夢や希望、目標があると思う。中には漠然と事業所に通って過ごしているメンバーもいるだろう。そういう人だって生きる権利があって生きているわけだし。それにいずれは何かしらしたいことや、しなければならない事を見付けて生きていくだろう。あたしも今はしたい事は特別ないけれど、何か見付かるといいな。まずは病気を改善させないと。そこからだ。頑張るしか道はない。
 
                              終

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?