小屋に出会う9「みかん畑の小屋とラジオとレモン」
こんにちは。
小屋の魅力について書いています。
前回は移動する小屋について書きました。
今回は神奈川県のみかん畑の小屋です。
新幹線の車窓から
東京駅から東海道新幹線に乗り、新横浜駅を出てしばらくするとトンネルが断続的に続きます。そのトンネルとトンネルのほんの少しの合間、車窓から目を凝らしていると、小屋が山肌にへばりつくように点在しているのが見えます。
スマホのGoogle Mapに場所を記憶させておき、後日訪ねました。
新幹線に乗っている時には具体的にどの辺りなのか位置が全くつかめなかったのですが、車で来てみると、Map上に落としたポイントは西湘バイパス沿いの山でした。
これまで車で何度も通ったことのある場所ですが、ここを新幹線が通っているとは全く知りませんでした。
同じ場所を通っていても、車と電車と移動手段が違うだけで、こんなにも見える風景が違うのかと、驚かされます。
狭い山道を登っていくと
小屋へと続く山道は、細く急な勾配やカーブも多く、場所によっては一度で曲がりきれずに切り返しながら、車を走らせます。後ろには車がついてきますし、対向車が来たらどうしようかと、ドキドキです。
しばらく登っていくと、ペンキを塗り直したばかりの小屋に出会いました。
黄色と青の塗り分けがいい感じです。
車を停めると、後ろの車も停まりました。咎められたらなんと説明しようかと思っていると、車から3人降りて、この小屋の中に入ろうとしています。
なんと、偶然にもこの小屋を所有している家族のようです!
こんなチャンスはないので、声を掛けました。
インスタグラムやホームページに掲載している小屋の写真を見せながら趣旨を説明します。もちろん名刺もお渡しして。
最初は怪訝な顔をされていましたが、一風変わった私の趣味(?)に理解を示してくださり、撮影を許可してくれました。
私が小屋の色がきれいですねというと、一番年配のおばあちゃんが、去年塗り直したばかりだと言い、嬉しそうに笑いました。
私が外観の写真を撮っている間、家族の皆さんは小屋の中で何か作業をしたり、みかん畑の方に登っていったりしています。
図々しいのは承知の上で、中を見させてもらえないかお願いしたところ、OKしてくださいました。
小屋の中に入れてもらう
屋根のひさしには昔に使っていたであろう木製のはしごが掛けられています。左下に置かれている現在の金属製のはしごと形状は一緒ですが、重さは金属製の方が格段軽いでしょう。
木箱は収穫用でしょうか。写真では分かりにくいのですが、4桁の同じ数字が全ての箱に書かれています。ひょっとしたら、この農家さんに割り振られた番号かもしれません。
中に入らせていただきます。お邪魔します。
収穫したみかんが保管されていました。
天井には竹カゴが収納されています。今は手前にあるプラスチックのカゴが使われているでしょうから、竹カゴに出番はないのでしょうが、こうして置かれているのを見ると、この小屋と家族の歴史が見えてくるようです。
今日は保管してあるオレンジを知り合いにあげようと思って、小屋に取りにきたとのことです。
写真左上に穴の空いた黄色い板が吊るされています。
「うんしゅうみかん規格版」と書かれていて、みかんのサイズを測って、分別するためのスケールです。2S〜4Lまで7つの大きさに分けられています。
さらにその奥にもう一つ部屋がありますね。入ってみました。
なんと! 床から天井まで箱がびっしりと整然と積まれていました。
この小屋は手前に作業スペース、奥に保管庫と両方を兼ねていました。
撮影したのは6月下旬で梅雨の合間の晴れた日でしたが、中はひんやりとしています。空調設備はなさそうでしたが温度調整ができるような作りになっているのでしょう。
山肌を這うモノレール
外に出て、みかん畑側から小屋を見てみます。
手前の黄色いカートのようなものはみかん畑と小屋をつなぐ収穫運搬用のモノレールです。
階段は一つ一つ石積み。この勾配の中を木製のはしごを運び上げ、竹カゴを背負いみかんを収穫をしていた先人の苦労が偲ばれます。
撮影させていただいたお礼を言って別れようとすると、お土産にと、オレンジをたくさんくださいました。写真を撮らせていただいた上にお土産までくださるなんて、本当に恐縮です。私は未だに何もお返しができていない。。。
軽トラを貸してくれた!
さて、車に乗ってさらに山の上に登っていくと、今度は畑で作業をしていた男性がいたので挨拶をしました。年齢は70代ぐらいでしょうか。
私が小屋の写真を撮っているというと、私の車をチラッと見て、「その車じゃ、ここから先は道が狭くていけないよ」と教えてくれました。
それでは引き返そうかと思っていると「そこに車を置いて、オレの軽トラ乗っていいよ」と言ってくれました。
「えぇ!! そんなことしていいんですか?」と私。
「車に鍵がついているから。勝手に使って」
恐縮ながら、せっかくのご好意を断る理由がありません。断ると逆に失礼な気もして、お言葉に甘えてお借りすることにしました。軽トラしかもマニュアル車。血が騒ぎます。
私の車の鍵を預けようとすると、そんなことしなくていいんだと男性は首を横に振りました。なんだかこの地域の皆さん、いい人たちだ。
軽トラで道をアップダウンしていると、今度は50台半ばの作業をしている男性に出会いました。
私が小屋の写真を撮っているというと、小屋の中を見せてあげるよと言い出してくれました。
向こうから小屋を見せてくれると言いだしたのは初めてなのでびっくりですが、ここでも断る理由は微塵もありません。
お話を伺うと、耕作放棄地になったみかん畑を最近借り始めたのだそうです。
農家の高齢化と後継者不足はここでも同じで、誰も手を入れないで山が荒れるよりも、ということで売られたり貸し出したりされている畑が結構多いのだそうです。この男性はそんな畑を借りている一人なのでした。
鉱石ラジオって知ってる?
「鉱石ラジオって知ってる?」と男性は唐突に聞いてきました。
名前ぐらいは聞いたことはありますが、どんなものなのかは知りません。
聞けばラジオが趣味で、これまで集めたラジオや無線機をこの小屋に置いているのだそうです。
先ほど撮影した小屋は平屋でしたが、こちらの小屋は2階建です。室内の急な階段を上ると真っ暗。先を行った男性の後ろ姿も見えません。「気軽についてきたけど、やばかったかなー」と思っていると、室内がぱっと明るくなりました。男性が窓を開けたのです。その瞬間、風がさあーっと入ってきました。遠くに太平洋と青い空が見えます。
「無茶苦茶いい眺めですね!! 風も気持ちいいです」と私がいうと、ニコッと笑いました。
「ほら、これが鉱石ラジオ。1920年代のアメリカ製。コイルは巻き直したけど、当時のまま。今も聴けるよ」と男性は言います。
「えーっと、電源は・・・?」
「ないよ。空気中の電波を検波するの。出力が小さいからイヤホンでしか聴けないけど、微弱でもちゃんと聴けるんだ」
色々と説明してくれましたが、機械音痴の私には全くわかりません。
「勉強が嫌いでね・・・」
「勉強が嫌いでね、子供の頃から」と男性が語り始めました。
「ラジオを聴くのが好きで、そのうち自分でラジオを組み立てたり、家の敷地内にアンテナを立てて何百キロも離れた外国の電波を拾ったり、通信したり。母親は何も言わなかったよ」
「本当にラジオが好きでさ、ラジオをゆっくり聴けるどこかいい場所がないか探していたら、ここに出会ったの。目の前に海が広がっているでしょ。検波するのにとてもいい場所なんだ」
「真夜中にこの部屋を暗くして窓を開けて、遠くのラジオ局の放送や微かな無線の声を聴くの。目の前の海をタンカーがゆっくり通り過ぎていくのを見たり、漁船の灯りが揺れているのを眺めながらね」
「人生楽しい時間を過ごさないと」と笑っています。
小屋の中に小宇宙が広がっていた
誰にも邪魔されない暗闇の中で、空気中を伝う電波を拾い、耳を傾ける男性の姿が目に浮かびます。
なんだかすごい世界にいきなり引きずり込まれました。
そろそろ現実に戻らないと、と思っていたところ、男性がいたずらっ子の顔でさらにすごいことを言いました。
「後ろにある無線機、一番右下にあるやつ、そう、それ、爆撃機のB-29に搭載されていたやつ。」
「えっ!?」
「どうやって手に入れたんですか?」と思わず聞き返しました。
「古いラジオなんかを販売する展示会があって、そこで売りに出ていたの。よく手に入りましたねって? もう仲間内で、あいつが買うだろうということで、誰も手を出さないでいてくれたの」
いやー、なんだか異世界にいきなり放り込まれてグルグル振り回されたようです。
貴重なものを見せていただき、お礼を言って引き上げようとすると、またまたここでもたくさんのオレンジをくれました。
軽トラを貸してくれた男性の畑に戻り、お礼をいうと、いきなりバケツとハサミを渡されました。
「レモンをあげるから、いくらでも持ってって。実がなり過ぎて困っちゃってさ」
なんていう一日なんだろう!
断る理由?
微塵もない!
「ありがとうございます。いただきます!」
2019.12.26