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私を構成する5つのマンガ

私を構成する漫画は、愛される、というところに、共通点があるかも。人とは違っても、貧乏でも、不器用でも、障害があっても、悲しいことがあっても、誰かを好きになり、誰かから愛されること、があるということを以下五冊の漫画から知り、これらの作品は今の自分の考えや行動を構成する一部となっています。

1冊目は高屋奈月先生の「フルーツバスケット」。確か中学~高校生くらいにはまっていた漫画。

この漫画は、女子高生の透という主人公と異性に抱きつかれると、十二支の動物に変化してしまうという呪いを持つ草摩家一族との交流を描いた物語。

草摩家の人たちは、特異な体質を持っていることで、特に異性との関わりが制限されている環境にある。また、古くから続く、「家」に縛られて、生きづらさを抱える人もいる。草摩家の血縁ではない主人公の透も、父親を幼いころに亡くし、シングルマザーだった母親も事故で亡くなるという、不遇な運命を背負っている。また彼女は人付き合いが得意ではなく、小学生のころ、フルーツバスケットという遊びで、「おにぎり」に割りあてられて、ずっと無視された経験を持ち、高校性になっても、メイングループからは外れた友人たちと、高校生活を送っている。

この文字だけ見ると、なんて大変な人たちなんだろう、と思うかもしれないけれど、主人公の透は、性格が底抜けに良い、お人よしで、はなちゃんとうおちゃんという大親友がいて、草摩家の人たちと、深いかかわりを作っている。ほかの草摩家の人達も自分たちの体質のせいで、困難を抱えるし、心に深く傷を負う人も、悲しみを抱える人もいるけれど、この特異な体質があっても、人を好きになること、愛することは、必ずあって、それが与える影響はとても大きいんだと、幼いながらに実感した。

2冊目は、種村有菜先生の「紳士同盟クロス♰」。中学生くらいに読んだ本

倒産寸前の過程の養女である乙宮灰音が超お金持ち学校の生徒会に入り、学園生活を送っていくというストーリー。

この漫画は、ストーリーも面白かったけれど、異性愛、女装、同性愛、年の差、など、自分が初めてジェンダーとか、LGBTQという概念にぶち当たった漫画。(ジェンダーという単語には、大学時代に出会う)カードキャプターさくらも、そういったことがたくさん描かれているけれど、私が物心ついた後に読んだこの漫画が、自分の中の女性像と男性像を揺らがすこととなった。好きになる、ことに性別は関係なくて、好きになった人が異性であったり、同性だったりする。好きになることと性別が自分と異なるか異ならないかというのは、もしかしたら逆なのかもしれないなと読みながら思った。

のちに大学で社会学を専攻し、ジェンダーについて学ぶようになったきっかけも、この漫画が発端だと思う。

3冊目は西 炯子先生の「娚の一生」これは高校生の時に読んだ本。

東京の大企業で働く、仕事ができる、でも恋愛はうまくいかないという主人公とつぐみと、一回りくらい離れた大学教授との恋愛を描いた作品。

気が利くし、仕事もできるし、一人で自立しているけれど、不倫で不毛な恋愛をしていた彼女が自分の親のほうが年が近い男性(未婚)と、また、恋愛をする。

どれだけ優秀な人で、職場ではだれにもまねできない仕事をしていても、人に惹かれると不倫してしまうこともあるし、それで深く傷つくこともある。また、年が離れていても、はぐくまれる愛情があるのだということを知った作品。

4冊目は、キヅナツキ先生の「リンクス」。ここから二冊はBL作品です。苦手な人は読まないでください。

この本は、私がBLにドはまりしたきっかけを作った漫画。ある意味人生180度変わった。でもそれだけではなくて、この漫画を読んで、自分が出会う人達を自分なりに、大事にしたい、と強く思うようになりました。

人と人の出会いは「偶然」であるけれども、その出会いの中から、互いに好きになり、付き合って別れて、でもまた出会って、を繰り返して、最期を迎えるんだな、というのが一冊でまとまっていて、感動して泣きました。

ある時にはこの人しかいない、と思っていても、その人が自分の隣から永遠に離れてしまって、それでもずっと忘れないでいよう、と思っても、次の人が現れて、別の愛情が生まれていく。また、亡くなった人がつなぐ奇妙な縁もあること。道やカフェで出会った人と、仲良くなって恋愛することだってあること。

人がかかわる、ということにおいて、その始まりがどれだけ衝撃的でも、そうでなくても、その人たちは、おそらく出会うべくして出会ったんだろうな、と読み終えてしみじみと思った作品です。

5冊目は文乃ゆき先生の「ひだまりが聴こえる」。これは現在読んでいるBL漫画です。

主人公は難聴であることから周囲から誤解を受け、それが原因で人との距離を取るようになってしまった航平が、はつらつとして、思ったことを何でもまっすぐに伝える太一に出会って、大学生活が変わっていくという物語。

難聴といっても、生まれた時から聞こえない人から、言語を習得した後に聴力を失った人まで様々な度合いがあります。主人公は中学三年生の時に聴力を失ったため、補聴器を使って聴力を補うことや、会話をすることもできます。ただ、早口だったり、ある音域で話されると聞こえにくいなど、まったく聞こえる状態よりも、少し困難を抱えている状態です。周囲からは一見して難聴であるとはわかりにくいからこそ、友人や同級生、大人たちとの関わりの中で、誤解が生じることが多々あり、人との関わりを避けるようになりました。

でも、同じ大学に通う太一は思ったことをしっかり伝える人で、航平を障がい者という色眼鏡を通さずに、航平、という一人の人としてとらえ、その人の思いや考えを引き出していく、大事にしていく人だった。その太一とかかわることで、航平は少しずつ変わっていく。そして、ひと時は失いかけていた信頼感を太一に抱き、それが愛情になっていく。

この漫画では、自分が障がいやそれでなくても、国とか性別とか、いろいろな要素から生み出される自分の中の偏見というフィルターが、ある人、を見る妨げになっているのかもしれない、ということに再び気づかされました。


これで私を構成する五冊の本の紹介は終わりますが、大小あれど、人を好きになる、ということや愛し愛されること、偶然や必然で人は出会い、どんな要素を持った人でも、恋愛や友情をはぐくんでいくことを学んだ、それぞれが私にとって大事な作品であると、私は思っています。

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